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8・「王子様」が迎えに来るまで(13)

 自宅で行われた面談は顔合わせ的なもので終始和やかなものだった。


 スーツ姿の「国の偉い人」たちが持って来た手土産は当時人気だった「バターサンド」と有名ホテルの焼き菓子の詰め合わせ。


 今後の動向については、この場では具体的な内容は知らされなかった。


 茉莉花の処遇が決定したのはそれから一週間後。


 東京で行われた会合を終え帰宅した和真は玄関に荷物を置くと、そのまま階段を上り茉莉花の自室を訪れた。


 ベッドに座る茉莉花の前に椅子を移動させ腰を下ろした和真は、決定した概要を彼女に告げた。


(つるぎ)益荒男(ますらお)」は天津の成人男性から候補者を数人選別し、その中から「(さや)処女(おとめ)」である茉莉花が選ぶことになった。


 選別は彼女が高校生になってから行われる予定らしい。


 茉莉花は以前に読んだファンタジー小説を思い出した。


 描かれていたのは架空の皇国が舞台の皇太子の后選び。


 家の威信を背負った姫君たちが繰り広げる、陰謀と愛憎が渦巻く宮中ミステリー。


 物語の佳境で聡明な皇太子は清楚で愛らしいが腹黒い「地雷女」ではなく、誠実で芯の強い「努力家」のヒロインを后に選んだ。


 自分が置かれた状況はその「性別逆転バージョン」のようなものだ。


 ――いざ選ぶ立場になると結構面倒そうだな……男を見る目を養わなきゃ……。


 そう思ったが正直まだ実感がなく、ふわふわと雲の上から「物語」を傍観しているような心持ちだった。


 自分が選んだ「剣の益荒男」の元へ行き務めを果たすのは務めを果たすのは高校卒業後。


 それまでは今まで通りこの家で生活できると聞き、そこでようやく鉛のように重かった心が解け、茉莉花は安堵の笑みを浮かべた。


 ――十八歳まではここで暮らせる。良かった……大丈夫、時間がたてば色々気持ちの整理も付くだろうし……。


 もちろん今まで通りと言うわけには行かない。様々な制限が課せられる。


 高校卒業後は「剣の益荒男」の元へ行くので大学などへの進学や就職は出来ない。


 身内以外の男性との接触は極力避ける。当然「彼氏」を作るのは厳禁。


 付き合っている友人、塾や学校の教員は身辺調査対象になるので蛇台原麗虎を通じて内閣府に報告。


 可能な限り単独では出歩かない。最低でも友人と同行。


 通学や友人と遊ぶ時の服装や髪型はなるべく「地味」なものにする。お洒落をするのは家族と一緒にいる時のみ。


 写真は身辺調査済みの友人のみ撮らせても良いがSNSやネット上には載せないように伝える。


 ヨモツ祓除(ふつじょ)の能力を封じられていることを知られないように、身内以外の天津人との接触は避ける――他にも細々とした制限がある。


 中学生になったら演劇部か合唱部に入部し、ダンスも習ってみたいと思っていたがそう言った「目立つ」ような行動も禁止になった。


 密かに抱いていた「ミュージカル女優」になる夢も絶たれた。


「諦めなければならないことがたくさんあるけれど、茉莉花が果たさなければならないことは、茉莉花にしか出来ないことだ」

「うん」

「色々制限があって不自由かも知れないけど、十八まではこの家で普段通りに暮らせる。家族みんなで茉莉花を守るから、茉莉花も自分をしっかり守って軽率な行動をしないように心がけないとな」

「うん、そうする。どうしょうもないことだもん。それに天津の「ハイスペ」見繕ってもらえるんでしょ?」

「ははっ、こんな状況でもちゃっかりしてるなぁ」


 どうにもならない「運命」を受け入れるのだから、通せるワガママは通してやると、茉莉花は鼻を鳴らし背伸びをした物言いをする。


「お国のために人生捧げるんだから、やっぱそれくらいはしてもらわないとね」


 最早この図太さは才能だなと和真は口元をほころばせた。


「能力や家柄とか色々あると思うが、茉莉花が一番と思う「王子様」を選べばいいさ」


「王子様」――茉莉花の胸に真斗の姿が(よぎ)った時、枕元に置いてあったスマホが鳴った。


 家族と連絡を取るために持たされていたもので、画面を見ると数人しか登録していない家族以外からの着信――内閣府の官僚の蛇台原麗虎(じゃだいはられいこ)からだった。


麗虎(れいこ)先生からだ」

「お土産買って来たから。通話が終わったら居間に降りておいで」


 そう言うと和真は座っていた椅子を机の前に戻し部屋を後にした。


 麗虎との通話の内容は和真から聞いた話とほぼ同じだった。


 茉莉花が思い詰めたりしないように、彼女は砕けた「女子トーク」の体で今後の大まかな流れを伝えた。


「剣の益荒男」の選考に関する話題に移ったとき、麗虎の口から再び茉莉花の心を突く名称が出た。


『でも中々難儀なことになりそうよ。茉莉花ちゃんの身近に完璧な「王子様」がいるじゃない?』

「ええっ?!」

『あの真斗くんがお兄ちゃんでしょ?目が肥えてるから並のイケメンじゃときめかないだろうし』

「やだなぁ……そんなこと――」

『あの子は天津屈指の「イケメン」だし、茉莉花ちゃんじゃない娘が「処女(おとめ)」だったら、真斗くんを候補に上げてたわ』


 麗虎との通話を終えてから、茉莉花はベッドに寝そべったまましばらく動けなかった。


 彼女の言う通りだ。どんな「ハイスペのイケメン」を連れて来ても、きっと「王子様」と比べてしまう。


 茉莉花はまだ「恋」を知らない。


 小説や漫画、映画やアニメを通してどんなものかはわかってはいたが「当事者」になったことはない。


 学校でモテる男子や、塾で女子から密かに「イケメン」だと囁かれている若い男性講師、クラスの女子たちが夢中になっているアイドル。


 魅力的と言われる異性を見ても茉莉花の心は動かなかった。


 それはまるで「王子様」以外の男を受け入れられない「呪い」のようだった。


 茉莉花の真斗に対する感情は「ブラコン」の範疇で「恋」とは違うと思っているが、彼を超える魅力的な異性はいない。


 一番間近に居るのにもかかわらず、一番夢を見させてくれる存在だった。


「王子様」がいるから別に「恋」なんてしなくてもいい。


 そう思っていたが高校生になったら「王子様」から卒業しなければならない。


 ため息を吐き、壁側に寝返りをうつと枕元に置いていたキャバリアの子犬のぬいぐるみと目が合った。


 これは茉莉花が高野原家で暮らし始めてひと月ほど経った頃に真斗から貰ったものだ。


 ふわふわとした毛並みの長い垂れ耳が、二つに結った彼女の栗色の癖っ毛に似ていると彼が笑って言ったことを今も覚えている。


 茉莉花はぬいぐるみを手に取り、胸に抱えながら目を閉じた。


 ――私、ちゃんと「剣の益荒男」を好きになれるのかな……。


 すると、不安とは違う胸を締め付けるような切なさが込み上げて来た。


 ――お嫁に行く時、この子を連れて行こう。


「王子様」の代わりに――茉莉花はぬいぐるみに鼻先を寄せると、少し寂しそうに睫毛を伏せたまま笑った。


 枕元に戻したぬいぐるみを撫で、茉莉花はベッドから身を起こして部屋を出た。


 和真が土産を買って来たと言っていたことを思い出し、階段を駆け降りて居間へ向かう。


 階段を降りた先に真斗がいた。


 目が合った時、また切なさが込み上げ胸がつんと痛んだ。


 茉莉花は揺れる心の内を隠すように、大袈裟に口角を上げニヤリと笑った。


麗虎(れいこ)先生が電話でね「剣の益荒男」候補は「王子様」みたいな人ばかりだから心配するなって言ってた」


 戯けた口調でそう言うと、真斗は困ったように眉尻を下げる。


「何だよ「王子様」って」


 何って、お兄ちゃんのことだよ――再び滲んで来た寂しさを打ち消すように茉莉花は微笑んだ。

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