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8・「王子様」が迎えに来るまで(9)

 合掌を解き、目を開くと隣で双子たちが所在なさげにふらふらと体を揺らしていた。


「ちゃんと母さんに一年の報告したか?」


 真斗は眉間の皺を深くし、双子たちを見据える。


「はいはい」

「ちゃんとしました」


 咲也と茉莉花は口うるさい兄に対し、うんざりとした顔を向け雑に返事をする。

 

 茉莉花はそのまま真斗からつんと目を逸らし、気怠そうに風に乱された前髪をつまんで直していた。


 現在の真斗は彼女にとって兄であり父――保護者でもある。


 真斗は二年前に和真が急逝してから、本来なら父親が受けるはずだった「反抗期の娘」のギスギスした言動を毎日のように浴びせられている。


 その状況は彼にとって好都合だった。この調子で「反抗期」のままこの家から、自分から離れて行けばいい。


 真斗は茉莉花に「好かれない」ように神経を尖らせている。


 妹を大切に思う故に、真斗はあえて彼女に煙たがられるような「口うるさい、男尊女卑の古臭い昭和の男」になっていた。

 

 彼がそうなったのは五年前。「血」に呑まれたあの夜から一週間ほど経ってからのこと。


 茉莉花と番う相手の選別方法などを決める会議に参加するため、和真は単身で東京へ向かった。


 和真が土産の「メープルクッキー」と「芋羊羹」を片手に帰宅した後、真斗は書斎で彼から二日にわたる協議の末に決定した今後の流れを伝えられた。


 その内容は真斗が想定していたものと少し違っていた。


剣比古(つるぎひこ)」の候補に当たる「(つるぎ)益荒男(ますらお)」は数人選別し、その候補者から「(さや)処女(おとめ)」――茉莉花が相手を選ぶ。


 茉莉花が「剣の益荒男」の元へ行き「契り」を交わすのは高校を卒業後。

 

 状況によっては前倒しになるが「契り」――性行為をするのは法律に則り、可能な限り十八歳になってからとする。


 本に書かれた物語の「剣彦と花鞘姫」は運命的な出会いをし恋に落ちたとされているが、モチーフとなっている太古から続くこの慣わしは、選ばれた天津の強者男性のために特殊な力を持つ少女を連れて来てあてがうもの。


 現実で繰り返されてきた「剣比古と花鞘比売(はなさやひめ)」の出会いは「物語」とは違い情緒の欠片もないものだった。


 それが今回は「女」が「男」を選ぶ運びとなった。


 しかも法律に従い、結婚もセックスも成人になってからすると言う。


「随分と「軽く」なったな……国が選別した「剣の益荒男」が決まり次第、すぐにでも番わせるのかと思ってた」

「女性と未成年の尊厳と人権を守るためだよ。この慣わしは「大災厄」に対抗するために避けては通れないもの。だが、今となっては女の子を「人柱」にするような「因習」だ。これからも続けるためには、可能な限り人権を守るように配慮しなければならない」


 選別される相手はおそらく自分以外の「天津五家(あまつごけ)」やそれ以外の能力が高い血筋の有力者の子息。


 真斗が知る年の近い「候補」になりそうな男に、見た目も人柄も何となく「悪くなさそう」な者は何人かいる。


「そうだな、せめて茉莉花が良いと思う相手を選べるなら――」


 普通の「お見合い」に近いもの。さらに務めを果たすまでの猶予期間も六年ほどある。


 茉莉花の精神的な負担もだいぶ軽くなると真斗は愁眉(しゅうび)を開き息をついた。


 和真は椅子から腰を上げながら、くすりと笑った。


「茉莉花は、きっとお前を選ぶよ」


 彼の軽口を耳にした真斗は凍りついた。緩んだ口元が一瞬でこわばる。


「何言ってんだ」


 真に受けて動揺を見せたら思う壺だと警戒し、真斗は鼻先で軽くあしらう。


「身内贔屓もあるが、正直、茉莉花にとって真斗以上の「王子様」はいないからな。昔から「王子様」と一緒に暮らして来たんだ。目が肥えて他の男が霞んで見えると思うよ。実際、歌劇団の女性の男役に熱を上げても、男性アイドルには見向きもしない」


 和真は揶揄(からか)うように真斗に目配せをし、困ったもんだなと目尻(まじり)を下げる。


 彼は冗談で言ったつもりでも、それは真斗の胸を(えぐ)るようなものだった。


 自宅での面談を控えたあの夜――真斗は「血」に呑まれ茉莉花を犯しそうになった。


 真斗に流れる「血」は彼の意に反し、茉莉花と――「鞘の処女」と番うことを渇望している。


 そのことに対する罪悪感は抜けない棘のように彼の胸に残り、また「血」に呑まれるのではないかと言う不安が澱のように漂い続けている。


「他の娘が「鞘の処女」だったら、真斗は間違いなく「候補」に上がっていた。本当に茉莉花がお前を選んでも、スペックは「剣の益荒男」として申し分ない」


 冗談にしては話が広がりすぎる――真斗は更に険しく眉をひそめる。


「近親者とか論外だろ」

「異母兄妹同士の交わりは「禁忌」には当たらない。忌避されるようになったのは長い歴史の中では最近のことだよ」


 彼に刺さった棘を悪戯に揺するように、彼の身に潜む「血」を煽るように和真はさらに話を続けた。


「法律で「結婚」することが出来ないだけだ。成人していて合意があれば罰せられることもない。それにこの国を産んだ「夫婦神」――伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)は兄妹と言われている。その二柱の間に生まれた大山津見神(おおやまつみのかみ)鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)同胞(はらから)の兄妹で夫婦になっている」


 本に綴られた「物語」を読み上げるように流暢に語る和真を見ているうちに、彼の真意が見えて来た。


 茉莉花が「鞘の処女」だと判明した時、深刻そうな面持ちで自分やきょうだいたち、国の官僚らに事情を説明していた裏で、和真は始めからこうするために策を練っていたのだろう。


「人草では「禁忌」である同胞の兄妹婚も「神」であればその範疇から外れるのだから、まま()まま(いも)の交わりなど――」


 真斗と同じく処女(おとめ)に焦がれ「剣」を欲してきた「血」が流れる和真は新たな夫婦神(めおとかみ)の「物語」を紡ぎ、そこに同じ「血」を引く息子と「鞘の処女」となった娘を並べ番わせようとしている。


「血」の「化け物」が同じ「化け物」の息子に、何も知らない妹を――結論にたどり着いた瞬間、(はげ)しい憤りが胸を貫いた。


 真斗は和真の胸ぐらを掴み、気色(けしき)ばった目で睨み据える。

 

「そこまでして「処女(おとめ)」を家のモノにしたいのか……!」


 母屋にいるきょうだいたちに聞こえないよう押し殺した声で一喝し、和真の身を激しく揺さぶった、


「俺が「処女(おとめ)」と番ったところでなるのは「剣比古」なんかじゃねぇ……妹を犯して異物を孕ませた「畜生」だ……!そんな汚い男が国の「災厄」を祓うとか……」


 涼しげな黒翡翠(くろひすい)の瞳を怒りで震わせる真斗に対し、和真は泰然自若(たいぜんじじゃく)とした面持ちを崩していない。


「――「神」になれば汚いも何もない」


 真斗と同じ黒翡翠(くろひすい)の瞳を鋭く光らせ、和真は不敵に微笑んだ。


 話の通じない「化け物」め――きょうだいたちが萎縮するので殴るわけにもいかず、歯軋りをし憎悪を滲ませ睨むことしか出来ない。


「――もう、付き合ってられねぇよ」


 真斗は投げ捨てるように和真から手を離した。


「俺は家を出るからな。今からでも東京かどっかの職探して、大学出て就職したらすぐに女と子供作って籍を入れる。妻子持ちの男は「剣の益荒男」から外れるからな。あんたにも茉莉花にも会わない。俺に一切関わるな」


 低い声で捲し立てる真斗から目を逸らし、和真は乱れた襟元を整えながら渋い顔をして溜め息を吐く。


「そんな女性をモノみたいに……男がデキ婚狙いとか関心しないな」

「関心しないって……不倫して孕ませたカスが。どの面下げてそんなこと言ってんだ」


 真斗は目も合わせず吐き捨てると、そのまま(きびす)を返し書斎から出て行く。


「真斗が何と言おうと選ぶのは茉莉花だ。俺も国も彼女の意思を尊重する方向だよ」


 背後から呼びかける和真の声を振り払うように、ドアを強く閉めた。


 離れからダイニングに入ると、隣の居間から咲也と九郎の声が聞こえて来た。おそらくテレビでも見ているのだろう。


 彗斗はバイトに行っている。勤め先は自宅から近い、バイパス沿いにあるファミリーレストランだ。


 真斗はダイニングテーブルに手を付き、上がった息を整えてから台所を抜け廊下へ出て、二階にある自室に向かった。


 この頃、彼の自室は母屋の二階にあった。


 二階には彼と彗斗と茉莉花の自室があり、咲也と九郎は離れの二階にある広めの一室を二人部屋にしていた。


 玄関前で階段を降りて来た茉莉花と出くわした。


 彼女は真斗を見るなり肩を揺らし含み笑いを浮かべる。


麗虎(れいこ)先生が電話でね「剣の益荒男」候補は「王子様」みたいな人ばかりだから心配するなって言ってた」


「王子様」――彼女の口からその言葉が出た瞬間、真斗の身に再び冷たい緊張が走った。


「何だよ「王子様」って」


 胸の内を探られないよう真斗は笑みを取り繕う。


「ウケるよね。今どき「王子様」とか。子供じゃあるまいし」

「茉莉花もまだ子供だろ」


 茉莉花は発育が良く、身長は既に一六〇センチ近くあった。


 同じ年齢の女子よりも少し大人びた風貌で、芸能事務所からスカウトが来たこともあった。


 趣味の読書も児童書や少女小説を早々に卒業して、最近は太宰治や三島由紀夫、谷崎潤一郎などの近現代の文芸を好んで読んでいる。そのせいなのか言動も「ませて」いた。


 とは言え身長が一八九センチあり、二十一歳の大学四年生の真斗から見ればまだ「小さな子供」だ。


「子供じゃないもん」


 茉莉花が発した言葉に胸が騒いだ。


 これはただの「胸騒ぎ」ではない。「血」の疼きだ。


 何も知らない茉莉花は無邪気に彼の顔を覗き込むように背伸びをし、上目遣いで意味深に微笑む。


「本当に「王子様」なのかなぁ?会ったらきっと「本物」の「王子様」と比べちゃうよ」

 

 ふふっと鼻を鳴らして笑い目を逸らし、真斗の横を擦り抜けると、そのまま小走りで居間に入って行った。


 真斗は立ちすくんだまま動けずにいた。


 茉莉花の笑顔に、眼差しに「あってはならない」ものを見た気がした。


 それは自分に気がある女から向けられる「媚び」を含んだ視線に似ていた。


 書斎で和真が揶揄うように発した言葉が凍りついた胸に()ぎる。


「茉莉花は、きっとお前を選ぶよ」


 真斗は震える手で額から流れる汗を押さえた。


 茉莉花は自覚がないまま、和真の思惑通りに動いている――自分を愛するように仕込まれている。


 後はお前だけだ。お前が認めてしまえば全て上手く行く――「血」がそう囁いた。

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