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8・「王子様」が迎えに来るまで(8)

 和真(かずま)茉莉也(まりや)の間に生まれた双子の姉弟(きょうだい)は、仙台市の南隣にある名取市の児童養護施設で暮らしている。


 昨年の夏から和真はこの施設に足を運び双子たちと面会を重ねて来た。


 和真は自分の子供たちと一緒に、同じ施設にいる身寄りのない同じ年の男の子も養子として迎えたいと真斗(まなと)に告げた。


 その男の子は施設で双子たちと「三つ子のきょうだい」のように育って来た。


 施設を訪れ三人と接しているうちに、双子たちと男の子を引き離すのが心苦しく思えて来たと言う。


 釈然としない真斗は渋い顔をする。


「ついでにもう一人って……そんな犬でも飼うようなノリで引き取るなよ……」

「その子は「天津片生(あまつかたおい)」だ。しかも高天原から降りて来た「一世」だ」

「今時、引き取って育てる家なんてほとんど――」

「カタオイの子を育てるのは天津人として――「五家」の家としての義務だと思っている。大人しくて可愛い「オオカミ」の子だよ」

「……だから、ペットみたいに言うな」

「彼は「高天原(たかまがはら)からの神使(しんし)」だ。天津人の守り神――茉莉花と咲也を、そしてこの「家」も守ってくれる」


 小さな子供にそんな重荷を背をわせるなと、真斗は長嘆息(ちょうたんそく)を吐き和真を睨んだ。


 真斗と彗斗(けいと)が和真と共に施設へ行き、「腹違いのきょうだい」たちと対面したのはその年の五月。


 玄関ホールで職員と一緒に真斗たちを出迎えたのは、子犬のような小さな子供たち。


 水色のゴムで髪を二つに結っている女の子が双子の姉の藤倉茉莉花(ふじくらまりか)


 同じ顔をしたやんちゃそうな表情をしている男の子が双子の弟の藤倉咲也(さくや)


 母親の茉莉也と同じ琥珀色の瞳。ふわふわした栗色の癖っ毛がキャバリアの子犬を彷彿とさせた。


 そして養子として迎えることになっている高舘九郎(たかだてくろう)と言う名の「高天原からの神使」――天津片生の男の子。


 九郎は半分「オオカミ」だが、黒目がちな優しい目をしていて黒柴の子犬のように見えた。

 

 職員と和真を介し互いに挨拶を交わした後、真斗は茉莉花の前で膝を付き、彼女に目線を合わせて微笑んだ。

 

「本を読むのが好きだって聞いてたよ」

「……うん」


 茉莉花はちらりと真斗の顔を見た後、恥ずかしそうに少し身を(よじ)り下を向いた。


 まだ幼く、茉莉也の面影はハッキリと浮かんではいないが、栗色の髪と琥珀色の瞳は紛れもなく茉莉也がこの娘に残したものだ。


 真斗の胸に懐かしさと切なさが込み上げる。


「俺と妹が小学生の頃に読んでいた本が家にたくさん残っているんだ。全部三人にあげるよ。どんな本を読みたい?」


 彼の問いかけに食指が動いたのか、茉莉花は琥珀色の瞳を輝かせ顔を上げた。


「魔法使いが出てくる本」

「魔法使いの話……あったかな?帰ったら探してみるよ」


 はにかんで唇を噛んだ後、茉莉花は嬉しそうに顔をほころばせ真斗の目を見て大きく(うなず)いた。


 帰宅後、真斗は物置きで「魔法使い」が出て来る本を探しながら、三人の子供たちを和真から守らなければならないと考えていた。

 

 真斗は和真を信用していない。


 高校卒業後は東京の大学に進学することも考えていたが、妹の彗斗と幼い双子たちと養子の九郎を置いて家を出るわけにはいかないと思った。


 ――俺がいない時に、あいつがきょうだいたちに何をするかわからない。


 具体的に「何」をするのかはわからないが、あの男は「良くない」ことを企んでいる。そんな気がした。


 数回の面談を経てから「三つ子」たちは高野原家で暮らし始めた。


 真斗と彗斗の和真に対する感情は冷え切っていたが、二人は「三つ子」たちの前では可能な限りそれを表に出さないように心がけていた。


 自分や彗斗が和真に憤りや不信感をぶつける姿を見たら、幼い子供たちはきっと怯えて萎縮するだろう。


 ギスギスとして冷え切った空気の中で生活するのは「三つ子」たちにとっては地獄のようなものだ。


 施設で暮らしていた頃の方が良かったと感じるかもしれない。


 和真は「妻子持ちで不倫をしていたカス」だ。


 この小さなきょうだいたちも年を重ねるうちに、その薄汚さを理解するようになる。


 忌まわしく思う気持ちはこちらから植え付けるものではない。自分で感じ、自分で折り合いをつけるものだ。


 茉莉花と咲也はいずれ自分たちが「不倫相手の子」だと言うことに嫌悪感や罪悪感を持つだろう。


 その時は自分と彗斗は和真の不義を恨んでも、生まれて来た茉莉花と咲也を憎んではいはないと伝える。


 受け止めきれず苦しむようなことがあれば自分が支えてやる。


 真斗は高校生なりに考えた結果、それが最善だと思った。


 和真の父――真斗の祖父の高野原真澄(ますみ)は生前、県獣撃隊(じゅうげきたい)本部長(トップ)だった。


 真斗が後に獣撃隊に入隊したのは祖父の影響もある。


 曽祖父も戦前、国の直轄組織だった「大日本帝国獣撃隊」の士官。高野原家は代々ヨモツ討伐の最前線にいた。


 和真は彼等とは違う進路を選び、地元の私立大学の教員になった。


 保守的な考えを持つ者が多い天津人にも関わらず、比較的リベラルな信条を持つ学者肌だった。彼は周りにこう言っていた。


「予備員として「お役目」を果たす条件で、好きにさせてもらっているよ」


「予備員」とは緊急時に獣撃隊と合流する非正規の隊員――「予備自衛官」のような存在である。


 妻の遥香(はるか)が体が弱かったこともあり、昔から家事や子育ても自ら率先してこなして来た。


 勤め先のキャンパスが自宅から徒歩で通える距離だったこともあり、妻と死別し父子家庭になってからは、食事はほぼ毎日彼が作っていた。


 以前から高野原家の人間と接する機会が多かった内閣府の官僚の蛇台原麗虎(じゃだいはられいこ)は「昔は「プレイボーイ」でエグい「モテ男」だったけど、すっかり「イクメン」になっちゃって」と彼を冷やかしていた。


 妻子がある身で不倫をしたことを除けば、和真は模範的な「良き夫」で「良き父親」だった。


 茉莉花と咲也にとっても「良い父親」だった。


 血の繋がりがない養子の九郎に対しても「本当の親子」のように接していた。


「三つ子」たちと和真の関係は良好だった。


 真斗は「良い父親」面をしている和真が腹立たしくてたまらなかったが三人のために黙っていた。


 幼いきょうだいたちを迎えたことにより、崩壊しかけた「家族」が上辺だけではあるが持ち直すことが出来た。


「あの子たちがいるから、この家でどうにかやっていけるよ」


 彗斗は真斗にそう言っていた。

 

 父の不倫が発覚してから荒れに荒れて「優等生」から「ギャル」化した彗斗だが、小さなきょうだいたちと一緒に過ごすことで「不良」にはならずに済んでいた。


 小学生三人との生活は想像以上に手が掛かったが、家の空気は以前よりもずっと明るくなっていた。


 きょうだいたちとの賑やかな暮らしは、五年後に一変した。


 茉莉花が十二歳になり初潮を迎えた時、彼女の体に三つの薄紅の痣が現れた。


 それは「花鞘比売(はなさやひめ)」になる娘――「(さや)処女(おとめ)」である証の痣だ。


 この件に関する国の官僚との面談を明日に控えた日の夜、真斗は灯りを落とした母屋の階段の前で(うずくま)る茉莉花の姿を見た。


 入浴を済ませパジャマに着替え部屋に戻る途中だったのだろうか。真斗は彼女の隣に歩み寄り、膝を付いて腰を下ろした。


 いつもきちんと乾かしている髪は生乾きだった。明日の面談が不安で、ドライヤーをかける気力もなかったのだろう。


 自宅で行われるとは言え、顔見知りの蛇台原の上司にあたる国の「偉い人」や天津人の有識者などが数人来る。


 体に痣が現れた日から、和真と真斗が張り詰めた表情で話し合う姿を多く目にするようになり、先週は北仙台にある総合病院で大掛かりな身体検査も受けた。


 周りの人間が険しい表情で忙しく動く中、ついに明日「国の偉い人」が来る――茉莉花は怖気(おじけ)付いていた。


 真斗は静かな声で(なだ)めるように、膝に顔を埋める茉莉花に言葉をかける。


「大丈夫だ。麗虎さんも来るし、俺も一緒に話を聞く。いつもより人数が多いだけだ」

「……うん」

「菓子折りの一つや二つ持ってくるだろうな。東京土産、何だろうな?」

「……メープルクッキーと芋羊羹がいい」

「こんな時でもちゃっかりしてるなぁ」


 気落ちしているにも関わらず「図太い」物言いをする妹に真斗は苦笑し、励ましの意味を込め彼女の頭を撫でるように軽く叩いた。


「――私、どうしたらいいんだろう?」

「どうしたらって……それは……」


 茉莉花が――「鞘の処女」がすることは「天津の益荒男(ますらお)」と契りを交わし、夫婦(めおと)神となり「剣」を産むこと。


 それが彼女が果たさなければならない使命だが、真斗は口にするのを躊躇(ためら)った。


 露骨に言えば「天津の強い男とセックスをして、人間ではない異物を出産する」ことだ。


 本人も薄っすらわかってはいるが、男きょうだいの口からそれを言われたくはないだろう。


 茉莉花が欲しい答えはおそらく他のものだが、真斗には全く見当が付かない。


 黙り込む真斗を歯痒(はがゆ)く思ったのか、茉莉花は顔を上げ憂いを滲ませた眼差しを彼に向ける。


「どうしたらいいの?」




 ――ずっとここに居ればいい。




 茉莉花の問いかけに答えたのは、内に響いた自分の声。


 だがそれは(おのれ)胸中(きょうちゅう)にあったものではない。


 これは「血」の声だ――そう察した瞬間、真斗の意識は「血」に呑まれた。


「お兄ちゃん?」


 激しい耳鳴りの中で茉莉花が呼ぶ声が聞こえた。


 辛うじて自我を保っているが、彼は既に「血」の濁流の中にいる。


「……焦らなくていい。明日、麗虎さんたちの話を聞いてから一緒に考えよう」


 真斗は荒くなりそうな息を押さえながらそう答えると、逃げるように視線を逸らした。


「うん、そうする」


 茉莉花は(うなず)くと、そのまま真斗の胸に額をあて深く息を吐いた。


 彼女は昔から落ち込むことや嫌なことがあった時、気持ちを落ち着かせるためにこうして真斗の胸を借りていた。


 身を預けている兄が、自分に対する激しい執着を持つ「血」の「化け物」になりかけていることに茉莉花は気付いていない。

 

 その顔を見たらきっとその(おぞ)ましさに凍りつくだろう。もうそこには「兄」はいない。


 今、真斗の胸に顔を埋めている茉莉花は「鞘の処女」だ。彼に流れる「血」がずっと求めていた「処女(おとめ)」が、飢えた体にその身を寄せている。


 口の中が渇き、舌舐めずりをするように体がうずく。


 なんて意地汚い「血」だ。これは腹違いとは言え兄が妹に対して、二十一歳の男が十二歳の少女に対して抱くような衝動ではない。


 自分の意を介さない邪悪とも言える、獣じみた劣情に真斗は顔を歪める。


 茉莉花は羽を休めていた蝶がふわりと飛んで行くように、真斗の胸から額を離した。


 また、自分の手を離れ遠くに飛んで行ってしまう――心当たりのない記憶と感情が「血」を通して真斗の中に走る。


 ああ、またか。また、離れて行くのか――胸を裂かれるような痛哭(つうこく)の思いと身が焼けるような憤怒(ふんぬ)の念が嵐のように駆け巡る。







 ――お前は俺のものだ。何処にも行かせない。







 そう叫ぶ「血」が離れようとする「処女(おとめ)」の腕を掴み、押し倒して組み敷き、今すぐにでも(まじ)われと真斗の身を(あお)る。


 逃すな。逃すものか。逃げ出す前にものにしろ。


 彼は歯を食い縛り「血」に(あらが)った。出来るわけがないだろ。茉莉花は妹で十二歳の子供だ。


 ――俺にそんな真似をさせるな……!卑しい「血」め……!


「――大丈夫だよ茉莉花」


 廊下の奥から聞こえた声が真斗の意識と「血」の思念を引き離した。


 糸が切れたように正気に戻った真斗が顔を向けると、薄闇の中に立つ和真がいた。


「茉莉花には真斗がいる。何も心配することはないよ」


 先程までの二人のやり取りを聞いていたのか、和真は穏やかな声でそう言うと、床に並んで座っている息子と娘に向かって微笑んだ。


 茉莉花には真斗がいる――真斗が聞き流したこの言葉は、彼が後に知る「和真が描いていた物語」の伏線だった。


 それは新たな「剣彦と花鞘姫」の物語。


 和真は藤倉茉莉也に「処女(おとめ)」の幻影を見て彼女と関係を持った訳ではなかった。


 彼の思惑はもっと深いところにあり、その「血」の執念が運をも引き寄せたのか、茉莉也が産んだ女の子が「鞘の処女」だった。


 高野原家は「天津五家(あまつごけ)」でありながら一度も「剣比古神(つるぎひこのかみ)」となる男を送り出していない。


 家の男を「神」にする「鞘の処女」を渇望して来た高野原家が、娘として生まれた彼女を果たして他の男の元へ大人しく送り出すことが出来るだろうか。


 和真は茉莉花を手放すつもりなどなかった。


 真斗の「血」もこう言った――お前は俺のものだ。


 茉莉花は和真が育てた高野原家の「天津の益荒男(ますらお)」――真斗のために用意された「鞘の処女」


 茉莉花は真斗と番うために生まれ、この家に迎え入れられた。


 母が眠る墓前で手を合わせる彼女は、そのことを知らない。

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