8・「王子様」が迎えに来るまで(4)
真斗の恋人の名前は桂瞳子。
彼より二歳年下で現在二十四歳。彼女も天津人だ。
二人は昨年の秋に出会って十一月から付き合い始めたと言う。
出身は仙台から二十キロ程離れた場所にある奥州街道沿いの宿場町があった町だ。
彼女は昔から周辺地域の天津人を取りまとめている「地元の名士」桂家の長女で現在は実家を出て仙台市内で一人暮らしをしている会社員。
お淑やかで気立ての良い、温厚で落ち着いた「癒し系お姉さん」タイプの美人。
「実家には男きょうだいしかいないし、職場にも私より若い子がいないから、年下の女の子たちとお話が出来て嬉しいわ」
瞳子は野に咲く花を撫でる風のような穏やかな声色でそう言うと、緊張した面持ちを解いて茉莉花と彗斗に微笑んだ。
黒髪のワンレングスでふんわりとしたミディアムヘア。身長は茉莉花と彗斗と同じくらいなので一六〇センチはある。
オフホワイトのニットにモカブラウンのフレアスカート。アクセサリーは小さなパールが付いたネックレスのみ。
シンプルな身なりだが「野暮ったさ」を感じさせない。
清楚で少し古風な感じから「昭和の銀幕のヒロイン」のように見えた。
女らしい服装が様になる「しっとり」とした体つき。
枝をしならせたわわに実った果実のような「圧倒的質量の母性」を感じさせる豊満な胸――同性の茉莉花でも思わず息を飲むくらいの「巨乳」だった。
――これは「ガチ」だな……。
美人でお淑やかで家柄も良く、しかも巨乳。
ガチで嫁にしようと囲い込んでる――居合わせたきょうだい全員が一目で察した。
口数が少ない「亭主関白」そうな昭和の美丈夫と、その男の「三歩後ろを歩く」柔和な昭和の美女。
二人が並んだ様は正にお似合いのカップルだった。
きょうだいたちがいる手前、恋人がいる手前、真斗は家長らしく「カッコつけ」て振る舞っていたが、瞳子に向ける視線や口ぶりからその「べた惚れ」ぶりがだだ漏れで微妙に空回っていた。
本人は上手く取り繕っていると思っているが、きょうだい達にはその姿は見ている方が恥ずかしく、見ている方が穴があったら入りたい、とにかく見るに堪えないものだった。
垂れた目元がいつもより下がり気味になっているのに、鋭い三白眼は獲物を前にした獣のようにギラギラとしている。
恋人の前で「男」になりかけている真斗を見るのはかなりきつかった。
ヤキモチなどではない。ただただ気持ち悪い。茉莉花は何度も粟立つ肌を摩っていた。
「真斗さんは私にはもったいないくらい素敵な人で……」
睫毛を伏せてはにかむ瞳子に対し、茉莉花は思わず目を剥いて「こいつが……?」と言いかけて口を押さえた。
彗斗と二人で台所でコーヒーを淹れている時に茉莉花は小声で彼女に尋ねた。
「瞳子さん、あの空回ってるデレ丸出しの兄さん見て幻滅しないのかな……恋の盲目フィルターかかってるから見えてないのかな……」
「まぁ、あれを「可愛い」って思ってたら「本物」だよ」
「そう言うもんなの……?」
「男こそ「可愛げ」じゃん。部外者にはきっっついけど」
「きっっついよ……勘弁して……」
茉莉花はシンクに両手を付いて項垂れた。
瞳子は自分を天津屈指の名家の「スパダリ」に何故か見初められた「田舎育ちの地味な事務職の女」だと思っているようだが、茉莉花は逆だと感じていた。
――こんな出来たお嬢さん、兄さんにはもったいない……。
むしろ「堅物の昭和の男」の真斗が「天然記念物の大和撫子」かつ「おっとり巨乳美女」の瞳子から何故か溺愛されて骨抜きにされている。
――こんな綺麗で優しいお姉さん、私の方が嫁にしたいくらいだわ……胸をジロジロ見る男どもを片っ端から引っ叩いて守ってあげないと………。
真斗に対して嫉妬心すら覚えていた。
瞳子の麗らかな春の日差しのような柔らかい物腰に、茉莉花は安心して被っていた「猫」を自ら一枚、また一枚と脱ぎ心地良く彼女と打ち解けることが出来た。
アンティーク風や大正浪漫風の小物や文房具が好きで、本もよく読むと言っていたので趣味も合いそうだ。
瞳子に対しては良い印象しかない。真斗抜きで二人だけで話をしたいくらいだった。
気の早い茉莉花は瞳子に対して、彗斗とはタイプが違う「もう一人のお姉ちゃん」になってくれたら嬉しいなと思っていた。
瞳子を市内の自宅まで送ると彼女を連れて真斗が玄関から出て行った後、彗斗は苦笑いしながら髪を掻きむしり、茉莉花は脱力して床に突っ伏し、咲也は壁に手を付きえづくように息を吐き、九郎は呆然と天井を仰いでいた。
「女」に対しマイルドに性欲を滲ませ「男」になりかけている身内を見続けるのはかなりキツい。
「兄さん「大きい」のが好きだったのか……」
真斗のあの為体を目の当たりにした九郎は、彼に対して抱いていた「硬派な益荒男」のイメージを崩され愕然としていた。
咲也は驚いてはいないが辟易した顔で首を掻き、落胆している九郎に向かって小声で呟く。
「それは全然想定内だろ。元々むっつりスケベの片鱗はあったし……大体「デカい」の嫌いな男はいな――」
瞳子が下劣な「男子トーク」の餌食になっていると察知した茉莉花は目の色を変えて咲也と九郎の頭をスリッパで引っ叩き、歯軋りをしながら睨みを効かせこう言った。
「……これだから男どもは」
この一件を思い出して茉莉花と咲也はシートに頭を沈め、同じ顔で「死んだ目」をしている。
ただでさえ身内の「色恋」を垣間見るのは何となく「ぞわぞわ」して居心地が悪い。
そして二人の頭の中に真っ先に浮かぶの瞳子の笑顔ではなく、瞳子の大きな胸ではなく、彼女に骨抜きにされ空回っている兄の姿――かなりきつい。
真斗は前を向いて運転をしながらさらに続ける。
「根白石にもあるぞ。女子が好きそうな店」
そこも瞳子さんと行ったってことだろうな――二人は「勘弁してくれ」と何とも言えないむず痒さに身を捩る。
「あー、もうちょっと考えさせて……」
「墓参り終わってから決めっから……」
それからまた会話が途切れた。
重い空気はなくなったが、代わりに生温い微妙な空気が車内に漂う。
煩い妹に一矢報いたとでも思っているのか、真斗は少し清々とした目をして車を走らせている。
三人が乗ったミニバンは高級住宅地を抜け、両側を青々とした夏草に覆われた片側一車線の県道に入った。




