8・「王子様」が迎えに来るまで(3)
茉莉花の父親、高野原和真は彼女が十四歳の時に、事故で急逝した。
母親の藤倉茉莉也の墓参りはその時まで和真と咲也と彼女の三人で行っていたが、彼が亡くなってからは代わりに腹違いの兄――真斗が同行している。
茉莉也の墓がある公営墓地へ行くには車が必要だった。
そこは仙台市の北西部にある奥羽山脈の船形連峰のひとつ、泉ヶ岳の裾野にある。
自宅からは車で約四十分ほどの距離だ。
墓地へ向かう公共交通機関は、最寄の泉中央駅から出ている一日二往復だけ出ているバスのみ。
だがこの路線は盆と彼岸の時期だけの臨時便なので期間を過ぎた今は運行されていない。
車も運転免許も持っていない未成年の茉莉花と咲也だけでは行くことが出来ないので、やむを得ず真斗に車を出してもらっている。
茉莉花と咲也は所謂「シークレットベビー」だ。
何らかの事情があり相手の男に妊娠をしたことを伝えないまま別れて、その後に女手ひとつで育てられた。
キラキラした表現だが要するに「隠し子」である。
しかも母の茉莉也が妊娠したのは父の和真の妻――真斗と彗斗の母親がまだ存命だった頃。
茉莉花と咲也は二人の不倫関係の末にこの世に生まれた。
――本当に「カス」だよな……。
茉莉花は和真を本当の父親として受け入れ、親子仲も良く、何不自由なく育ててくれた恩もあるがその点だけは許していない。
どうしようもない「カス」な男だ。
母の茉莉也のことはほとんど覚えていない。慰謝料や養育費とかせびれば良かったのに母はどうして「弁えた女」として身を引いたのか理解できなかった。
何らかの事情があったとはいえ、一発ぶん殴るくらいすれば良かったのに――気の強い茉莉花は納得していなかった。
会ったこともない父親の不倫相手の墓参りに、その不倫相手が産んだ腹違いの妹と弟を連れて行く。
真斗の心境を考えると茉莉花も咲也も気が重かった。
同じ腹違いでも「後妻との間に生まれた子」だったら大分違っていたはずだ。
助手席に座る茉莉花は車窓を流れる景色をぼんやりと見つめながらそう思っていた。
昭和四十年代に開発された十三丁目まである古い住宅地を抜けると、左手に高校のグラウンドが見えて来た。
咲也と九郎が通う共学の県立高校だ。自宅から車で十分ほどの距離を彼らは徒歩三十分かけて通っている。
去年もこの辺りで同じようなことを考えていた。
咲也は後ろのシートに座ってスマホを見ていた。
音楽を聴いているのか動画を見ているのか、左耳にだけワイヤレスイヤホンを付けている。
運転をしている真斗はいつもと変わらぬ仏頂面でハンドルを握っている。
真斗の彫りが深く精悍な顔立ちは父親似で茉莉花と咲也の花のような美貌は母親似だ。
見た目からは全く血の繋がりを感じない。
色々複雑な関係ではあるが、十年一緒に暮らして来たので彼女たちの間には「きょうだい」らしい関係は確実に築かれていた。
家を出てからこの三人に会話らしい会話はなかった。
真斗が無口なのは普段と変わらないが、彼が黙っていても勝手に喋っている茉莉花と咲也が今日は目に見えてテンションが低い。
カーナビから聞こえるテレビの音声だけが車内に流れている。
バラエティ番組の賑やかしの声が、薄っすら気まずい車内の間をどうにか持たせているようだった。
「――あんたんとこの学祭、行ってみようかな」
茉莉花が車窓から高校の校舎を流し見ながら呟いた。
「来んな」
咲也はスマホに視線を落としたまま即答する。
「共学の「青春」ってやつを見てみたいんだよね」
「ねぇよそんなの。絶対来んな。めんど臭え事になる」
「身元明かさずお忍びで行くからさ」
「そのツラが身元明かしてるもんだろ」
咲也は学校の生徒には茉莉花の存在を隠している。
年の離れた兄と姉がいるとは言っているが、彼らが異母きょうだいだと言うことも面倒なので公言していない。
同じ学年にいる九郎が「同じ年の養子の弟」であることは校内に知れ渡っている。そのことは別に構わない。
互いに義理の兄弟だと言うことは隠す必要はないし、隠しようもない。
同級生たちからは咲也が「兄」、九郎が「弟」と雑なあだ名で呼ばれている。
茉莉花の存在を消しているのは彼女を守るためだったが、九郎が妙な目で見られないようにするためでもあった。
彼に血の繋がっていない同じ年の姉がいるとなるときっと周りが騒然となる。
しかも「美少年」の咲也の双子の姉だ。
そんな「美少女」と一つ屋根の下で暮らしてるとなるとあることないこと冷やかされるのは間違いない。
男子からは何も起こらないのに過剰に羨ましがられ、女子からは何もしていないのに薄っすら軽蔑されるだろう。
「そっか……」
茉莉花は別に本気で学祭に行きたい訳ではなかった。
何か話のネタにしようと思っていたら、たまたま学祭のポスターが目に入ったからそう言っただけだった。
どうにか始まった話も尻すぼみになって終わった。
車内にまた微妙に澱んだ空気が流れる。
咲也たちが通う高校を通り過ぎ、その先の交差点を抜けると車窓の雰囲気が一変した。
古びた住宅地から緑の色濃い整然とした街並みが広がる。
手入れの行き届いた街路樹、洗練されたデザインの区画の案内表示。
この辺りは大手民間企業が五十年にわたり開発を手がけた日本最大級のニュータウンで、その面積は東京都千代田区と同じと言われている。
富裕層が多く住む高級住宅地でゴルフ場やリゾートホテル、アウトレットモールなどもある。
三人を乗せたミニバンはこの高級住宅地の南端を縁取る道を走り、街の中心部にある大きな交差点を左折する。
「――昼飯、どうするか?」
珍しく真斗の方から口を開き、二人に話を振ってきた。
墓参りを終えてから外で昼食をとる予定だった。どの店で食べるかはまだ決めていない。
茉莉花はその話題にすぐに飛びつき車内の重い空気を一掃しようと明るい声で運転席に真斗に返す。
「館にね、いい感じのお店があるんだけど――」
彼女が提案した外食先の候補は先程通過した所とは違う、これからの道中で見えてくる別の高級住宅地にあるカフェ。
南仏の田舎風のお洒落でアンティークな外観と内装。
高台から緑に囲まれた閑静な住宅街と泉ヶ岳を望むテラス席もある。
咲也はブラウザを開いて検索すると、トップにそれらしき店が出て来たので「ここか?」と茉莉花にスマホを翳して見せる。
「うん、そこ。前にお姉ちゃんとパフェ食べて来たけど良かったよ。ランチも美味しそうで気になってたんだ」
「俺らの知らねぇうちに色々行ってんだな……」
「あー、でも兄さん連れてくのは厳しいか。女子向けのお洒落カフェ。ははっ」
茉莉花はからかうように鼻で笑った。
「――栗のパフェだろ?美味かったな、あれ」
独り言にしてはハッキリと、敢えて助手席に座る小生意気な妹に聞こえるように真斗は呟いた。
茉莉花は訝しげに眉根を寄せ、顰めっ面でハンドルを握る真斗を一瞥する。
――えっ?何で栗って知ってんの……?つーか行ってる?えっ?何で「昭和の男」に無縁そうな女子ウケ要素の高いカフェに……怖っ。
後ろのシートで咲也も怪訝そうに口を「への字」に結んだ。
自分を小馬鹿にする茉莉花を詰めるように淡々と真斗は続ける。
「野菜が沢山乗ったパンのランチプレート。スープカレーもあったな」
ああ、そうか。彼女と行ったってことか――茉莉花と咲也はほぼ同時にそう察し、閉口して宙を仰いだ。
「そこにするか?」
真斗は「舐めるな」とでも言いたげに鼻を鳴らす。
「あー……土曜だし、ずっと混んでると思うから今日はいいや……」
「……他にどっかねぇの?」
車内に重い空気とは違う、微妙な気まずさが漂い茉莉花と咲也は口籠る。
真斗に恋人がいることは茉莉花も咲也も、きょうだい全員が知っている。
知っているどころか今年の三月に自宅に招いてきょうだい全員に紹介済みだ。
真斗の恋人の名前は桂瞳子。
彼より二歳年下で現在二十四歳。彼女も天津人だ。




