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8・「王子様」が迎えに来るまで(2)

 茉莉花(まりか)は冷蔵庫を開けて食材を物色する。


 トーストとヨーグルトだけでは物足りない。


 ご飯が一膳分残っているが、これは咲也がお茶漬けにして食べるだろう。


 昨日ドーナツ店で買ったウインナーのパイがあるが、これは彗斗(けいと)が今日食べる分として残しておいたものだ。


 ドアポケットを見ると卵が五個残っていた。


「ココットエッグ作るけど、いる?」


 冷蔵庫を覗きながら茉莉花はダイニングにいる真斗(まなと)と九郎に尋ねる。


「「いる」」


 同じタイミング、同じ抑揚、同じ音量で返答する真斗と九郎に対し、茉莉花は「双子か」と鼻で笑った。


 二人とも図体がデカく、仏頂面と無表情。性格も顔立ちも全く違うが、妙に似ているところがある。


 丁度人数分の卵があるので茉莉花はココットエッグを五個作ることにした。


 彗斗も咲也も作ってあれば食べるだろう。


 材料を入れてレンジで加熱するだけなので、三人分作るのも五人分作るのも手間的にはたいして変わらない。


 卵と他に必要な食材と、食器棚から出したココット皿を調理台に並べる。


 ココット皿に薄くバターを塗り冷凍のほうれん草と角切りベーコンを入れ胡椒をふりかけ、その上に割った卵を入れる。


 レンジの中で卵が爆発しないように卵黄に数カ所爪楊枝(つまようじ)で穴を開け、ピザ用チーズをひとつまみのせてから四十秒加熱して完成。


 包丁も火も使わない、皿以外の洗い物を出さない。眠気が抜けきれないままでも作れる「ズボラ飯」だ。


 朝食を済ませた後に洗濯機を回す。洗い終えたものは今日は彗斗が干してくれる。


 いつもよりのんびりとしたペースで家事をこなし、十一時を過ぎてから茉莉花は自室に戻り身支度をする。


 クローゼットから取り出したのは黒のギンガムチェックのマキシ丈のギャザーワンピース。


 オフショルダーで肩が出るデザインだが太めの黒いリボンのストラップが付いているので露出は控えめだ。


 スカートにスリットが入っているが膝までの浅いもので脚が見えても下品にならない。


 少し大胆な造りだが「セクシー」と言うよりも「可愛らしい」印象を与える服だ。


 パジャマからワンピースに着替えてからベッドに腰掛け、サイドテーブルの鏡に向かう。


 顔に日焼け止めを塗りパウダーをはたき、眉を整えビューラーで睫毛を上げ透明のマスカラを付ける。


 チェリーレッドのリップグロスを手に取ったが、少し派手すぎるなと思い、控えめな艶と発色のクリアレッドのリップクリームを唇に塗った。


 今日は外にいる時間が長いので髪を結んだ方がいいので、「よそゆき」の服に合わせて「よそゆき」のヘアアレンジ――編み込みのサイドテールにした。


 身支度を終えて居間へ戻ると早々に着替えを終えた真斗と咲也がテレビを見ていた。


 華やかで「可愛い」デザインの服を着た茉莉花の姿を目にした真斗は渋い顔をする。


「何?「保護者同伴のお出かけ」ならいいでしょ?このお洋服可愛いのに、こんな時じゃないと着れないんだから」


 茉莉花は鼻を鳴らしてそう言い、裾を摘んで見せつけるようにスカートをひらつかせた。


 ひと月前、駅前の商業施設のセールで買ったこのワンピースを着て友人と街に遊びに行こうとした時、玄関で苦り切った表情をした真斗にこう(とが)められた。


「何だその格好は」


 彼は肩の露出とスリットが気に入らないようだった。


 そんな「はしたない」身なりをして街に出たらまた変な男が寄り付いてくる。


 女同士で出掛けるならもっと「普通」の服に着替えてから行けと言う。


 家を出る直前だったタイミングの悪さも重なり、一瞬で気色(けしき)ばんだ茉莉花は下駄箱から出したサンダルを土間に投げつけ真斗を(にら)んだ。


「この程度の露出で「はしたない」とか昭和か?!昭和の「童貞」か?!」


 ブチ切れた茉莉花から暴言を投げつけられた真斗は額に青筋を浮かべ、それをフルスイングで打ち返す。


「女が「童貞」とか言うな!!」


 これはそんな一悶着がありしばらく着ていなかった「(いわ)く付き」のワンピースである。


 一カ月ぶり二度目。またこのワンピース絡みで小競り合いが始まるのかと咲也は閉口し、リモコンでテレビの音声のボリュームを上げる。


 薄っすら険悪な空気が流れる居間にメイクを済ませ巻いた髪をポニーテールにした彗斗が入ってきた。


 ダイニングから小競り合いの気配を察していた彼女は、しかめっ面の真斗を軽い口調でたしなめる。


「いいじゃん、可愛く育ちましたって報告しに行くようなもんだし。おめかししてかないと、ねぇ?」


「……うん」


 彗斗の言葉に茉莉花は少し戸惑いを滲ませ頷いた。


 これから行く「墓参り」に対しての彗斗の気遣いが心苦しかった。自分の方が気を遣わないといけない立場なのに、彼女の方がこちらを気遣ってくれている。


 俯いてスカートの裾を摘んでため息を吐いていると廊下側の戸が開いた。


 入って来た静かな気配に鼻先をくすぐられ顔を上げると九郎がいた。


 一番最後に身支度を終え居間に来た九郎は、ちらりと茉莉花の顔を見るとすぐに視線を逸らした。


「よそゆき」の服を着て、手の込んだまとめ髪にし、マスカラで睫毛を上げて色つきのリップで唇に色艶を加えている――普段よりも「可愛く」おめかしをしている彼女の姿を見ても全く反応なし。


 茉莉花は不服そうに顔を曇らせる。


 外出するための「おめかし」を口実に、九郎にいつもより少し「可愛く」している自分を見せたかった。


 どうせ結ばれないなら、せめて「可愛い」とか、ほんの少しでいいから心を揺さぶられて欲しい。


 そんなささやかな「乙女心」を全く知らない九郎はデフォルトの無表情のままだった。眉一つ動いていない。

 

 一カ月前にも九郎はこのワンピースを着た茉莉花の姿見ている。


 その時も反応は「無」に近いくらい薄かった。


 可愛い服を着たところで彼はせいぜい「よそゆき」の服だとしか感じていない。


 可愛いデザインのワンピースを着たところで九郎はスカートが長いか短いか、半袖か長袖か、無地か柄物か、その違いを認識するだけで特に何も思う事はない。


 髪型の変化の気付きも下ろしているか結んでいるかだけだろう。


 服や髪の変化に対する反応がこれなら、睫毛や唇の変化など気付く訳がない。


 ――男が女のファッションやメイクに目敏いのも何かキモいし……まぁ、別にいいんだけどさ。


 盛大に空振りしてしまったような気恥ずかしさを、負け惜しみで誤魔化しながら茉莉花はつんと顔を上げた。


 恨めし気に九郎の背中を軽く睨むと、右肘に貼られた絆創膏が目に留まった。


 昨日の昼間には貼られていなかった。


 怪我だとしたら走っていた時に何かあったのだろう。玄関で顔を合わせた時には暗くて気付かなかった。


 その傷どうしたの?と尋ねたかったが、可愛い身なりの自分に無反応だったことが(しゃく)だったので見ないふりをした。


「そろそろ行くぞ」


 真斗は茉莉花と咲也にそう言って立ち上がり、ガレージから車を出すために先に外へ出た。


「お前、どうする?」


 一緒に行くか?と袖を引くように咲也は九郎に尋ねる。


「俺はいい。マリと兄さんで行ってこいよ」

「……だよな」

「九郎は姉ちゃんと外で飯食って買い物に行くからな」


 九郎の背後から顔を覗かせ彗斗は咲也にニヤリと笑った。


 彗斗と九郎は三人とは別行動で、自宅から車で二十分ほどの距離にある会員制の海外資本の大型ディスカウントストアに行くと言う。


 巨大な倉庫型店舗で家電や衣料品、生活消耗品や食料品などを販売している。


 洗剤も調味料も惣菜も大容量の物を販売していて、輸入品の菓子やホールサイズのケーキなども扱っている。


「今日の晩御飯私が作るから食材そこで買ってきていい?」

「うん。丁度お肉やお魚残ってなかったし、あそこに行くならサーモンが食べたいなぁ」

「あと何かいる?」

「パン食べたい!パン・オ・ショコラ!」


 もう少し経ってから出発する彗斗と九郎に見送られ、茉莉花と咲也は居間を出て玄関で靴を履く。


 引き戸を開くと、目の前にミニバンが停車していた。


 二人は少し緊張した面持ちで目配せをし(うなず)いてから、日盛(ひざか)りの戸外(こがい)へ踏み出した。

 

 これから真斗が運転する車に乗り、茉莉花と咲也の母親、藤倉茉莉也(ふじくらまりや)の墓参りに行く。


 二人の腹違いの兄と姉――真斗と彗斗にとって彼女は父親、高野原和真(たかのはらかずま)の「不倫相手」だった。

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