第三十六章 その一
床谷での戦いで、また一段と体が大きくなったあゆみ。もう信國を見下ろす程になっていた。
今は多久頭魂神社の拝殿となっている豆酘観音堂の中を見回し、信國と安國に話しかけた。
「ここは、豆酘御寺と呼ばれてたんだね。佐須の観音堂や他の観音堂と同じように、たくさんの人達がお参りに来てたんだろうね」
「おそらくそうでしょう! 特にここは龍良の森に繋がる場所で、天仁法師様との繋がりが深い神社でもありますし」
信國も拝殿となった観音堂を見回しながら感慨深げに言った。
「豆酘御寺はおそらくこの側にあったのでございましょう」
あゆみは、何か思い出すかのような表情で話し出した。
「私がタイムスリップした時は、そうだったような気がする。この多久頭魂神社には元々、拝殿は無くて。そう、佐護の天神多久頭魂神社がそうであるように、ここにも拝殿はなかったわ。そして、すぐ側にこの観音堂が建っていて、中には祭壇があり観音様も置かれてた。
その観音堂の中で、天仁法師様は私に日神の装束と冠、そして剣をお与えになり、様々な術をお教え下さいました。あの頃は、おそらくこの地の皆さんの心の拠り所であったのでしょう。きっとここには多くの方がお参りに来ていたはず」
あゆみを見ながら信國が続けた。
「そして、昭和の時代になって観音様が焼けてしまう惨事が起きた。檀家の火の不始末と言われておりますが、そうではございません。この世を悪の魔王の支配下におこうとする企ての一つでありました。我らの先祖達もその度に、天仁法師様の末裔の一族や、太陽の神々を祀る神域を守る為に戦ってきたと聞いております。残念なことに豆酘と三根の観音様をお守りする事はできませんでした。
しかし観音様の形は無くなっても、人々は焼けぼっくりになった炭の仏に真のお姿を見抜き、拝み続けたのです。
三根の観音像がそうであったように、観音様は生き続けておられるのです」
「そう。ずっと長い間、悪の大魔王はチャンスを狙い続けてたの。倒されても倒されても諦めず。そして今も、どこかで狙っているはずよ。
信國、安國。奴らが来る前に結界を張り終えよう」
「はっ。かしこまりました」
信國と安國はすぐに結界をはるための用意を始めた。
観音堂の周りでは魔魅達が敵の襲来に備えて見張りをしている。ここは天仁法師が弟子達と共に修行したたてら山の裾野にあたる地。悪の大魔王でも、おいそれと近づくことはできないと思われた。
だが、追い詰められた者は、時に予想を超えた行動に出るものである。
豆酘の観音堂にも刻一刻と、その時が近づいていた。




