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7話 おかしな2人組

「おいおい! 大変だよダミアン兄ちゃん!」

深い森の中、一匹の悪魔が慌ただしく走る。黒猫のような尻尾についたリボンを忙しなく揺らしながら。

「ん? どうしたんだ、デイビー。そんなに慌てて」

ダミアン兄ちゃん、と呼ばれたもう一匹の悪魔が大きくあくびをして起き上がる。"兄ちゃん"の言葉に相応しく、二人の青肌は瓜二つだ。

「変な奴らがこの森に入ってきたんだ!」

「へえ、そりゃあ珍しいな」

ダミアンは興味なさげに欠伸をする。くたびれた尻尾を垂らし、木の上に寝転がっていた。

「それもただの変な奴らじゃない。魔法使いなんだ!」

デイビーはさらに声を張り上げる。背は高いが、声はまだ声変わりしていない少年のようだ。森のどんな動物よりも大きいデイビーの声にも、ダミアンは動じない。

「どうせインチキ野郎だろ。ほっといて鳥の餌にでもしちまえ」

ダミアンはつまらなさそうに寝返りを打つ。スペクターはその様子を見て、鼻息を荒くする。

「んなあ~! 兄ちゃんは全くやる気がないんだから! あいつらを成敗しないと、この先に行っちゃうじゃないか!」

デイビーはダミアンの尻尾を引っ張る。ダミアンはやれやれと白い髪を搔き、尻尾でデイビーを掴んだ。

「わかった、わかった。奴らの寝こみとかを襲えばいいんだろ?」

「その調子だよ兄ちゃん。この森に来たからには、アイツらを生きては帰さないのさ!」

暗い森の中に二人の悪巧みが風に乗って流れていく。こうして、二人の奇妙な作戦は始まったのだった。


「い……今何か変な声が聞こえなかった?」

森の中、レオナが肩をすくめる。不安げな面持ちで、レオナは木々に視線を移動させていた。夜風に帽子を撫でられ、ブルっと身震いする。森は薄暗く、頼りになるのは真上から照らす青白い月明かりだけだ。

「気のせいだろ。このプルパの森は滅多に人が来ないからな」

「えー、なんでそんなところ通るのぉ」

レオナはグリフの尻尾を掴む。師匠のお伽話の中に、暗い森の話があった。お化けが住む暗い森。静かにゆっくりと話す師匠の話は、聞くだけで震え上がり、夜も眠れない時もあったのだ。レオナは筆箒を両手に抱える。

「全く。ドラゴンに立ち向かったお前はどこに行ったんだ。今日はもう遅いから、ここで野宿するぞ」

「ノジュクって、一体何するのさ?」

レオナは不満げに頬を膨らませる。暖かいベッドの上でしか寝た事のないレオナは、グリフの尻尾を引っ張った。

「ゴチャゴチャ言うな。いいから薪を拾いに行くぞ」

グリフはきっぱりとレオナに言う。レオナはし渋々と森の奥に進む。グリフも暗闇の中に入って行くレオナについて行った。


 薪を集め終わり、レオナは切り株の上に腰掛ける。太い枝を両手いっぱいに抱え、レオナの頬には汗が垂れた。枝を地面にぶち撒け、レオナは地面に転がる。グリフも咥えた枝を下ろした。

「よし、魔法で火を起こしてみるんだ」

「火って……僕、魔法で火なんか起こした事ないよ」

レオナは困惑する。火の魔法なんか、使った事もない。ましては出し方も知らない。レオナは筆箒を両腕で包む。

「魔法は使用者の意思に応える。ドレイクと戦った時、お前は人を守りたいと思った。それに答えて守りの魔法が発動したのだろう? それと同じで、燃える炎をイメージすれば火の魔法も発動できるはずだ」

グリフの言葉を聞き、レオナは仕方なく目をつぶる。燃える炎……。揺らめく橙色の炎。ドレイクが吐いていた様な荒々しい炎。レオナが念じると、筆先が輝き始めた。あの時と同じだ。盾が出てきたあの時と。筆先に赤く変色した絵の具が現れ、熱を帯びる。そうだ、その調子だ。もっと激しく、もっと猛々しく……。

「うわわわわわっ! お前っ、この森を火の海にする気かっ!」

グリフの声に、レオナはハッとして目を開ける。筆箒から炎が火炎放射器のように吹き出ていた。荒れ狂う炎は、薪を一瞬で焼き焦がす。レオナは慌てて筆から手を放す。筆箒はしばらく発熱していたが、やがて鎮まるように炎を収めた。

「加減を覚えろ。魔法は時として危険なのだぞ」

レオナ冷や汗をかきながら、筆箒を手に取った。まだ手に火の余韻が残り、レオナの動悸は激しいままだ。燃え盛る炎を出したにも関わらず、筆箒は新品のように毛が白い。だが、薪があった所には焦げ跡がありありと残っていた。

「さあ、もう一度薪を取りに行くぞ」

グリフに促され、レオナは立ち上がる。消えない炎の感覚に怯えながら、レオナはグリフの後をついて行った。


 再び薪を抱え、レオナは乾いた地面に薪を置く。レオナは恐る恐る筆箒を握った。震える筆先が、薪に向けられる。

「落ち着け。お前なら魔法を制することができるはずだ」

「う……うん」

グリフの目配せに、レオナは相槌を打つ。レオナは目を閉じ、筆先に意識を集中させる。火が灯り、大きく揺らめく。橙色の光が、木々を彩る。火は薪に燃え移り、どんどん大きくなった。

「よくやったな。成功だぞ」

グリフは口の端を上げ、レオナの筆箒を降ろさせる。レオナはゆっくりと目を開けた。穏やかな炎が、薪の中で燻っている。レオナは炎の暖かさに触れ、安堵した。瞳に映る炎は、師匠がスープを作る暖炉を思い起こさせる。しばらくの間、レオナは師匠との思い出の中にいた。


 夜も更け、冷たい風が森の木の葉をさらっていく。レオナにも今日の疲れが波のように押し寄せ、眠りに誘われていく。レオナはふらつき、グリフの腹に身を預ける。

「こ、こら! 吾輩をベッド代わりにするつもりか?」

「あっ……ご、ごめん」

グリフが首を持ち上げ、レオナは不意を突かれてお腹からずり落ちる。グリフは神経質そうに、羽根を折り畳んだ。グリフの声に、レオナの視界は冴え渡る。

「ねぇ、グリフさんはどうして魔法の使い方を知ってるの?」

「昔少しかじっていただけだ。今は全く使えない」

グリフは面倒くさそうにレオナを見る。レオナに一抹の期待が浮かんだ。もしかしたらグリフにもっと魔法を教えてもらえるかもしれない。そんな期待がレオナに芽生える。

「僕、もっと魔法を使えるようになりたい。師匠みたいに、魔法をいっぱい使いたいんだ」

「今、沢山魔法を覚えてどうするつもりだ。そう焦らずとも、お前がその魔法を必要とすれば自ずと覚えていくものだ」

グリフは急に鋭い口調になる。その横顔に、レオナは師匠の面影を見出した。

「師匠も同じことを言ってたな……」

「お前はずっと師匠と暮らしていたのか?」

グリフの問いに、レオナは夢現で炎を見る。この火のような暖炉を、レオナと師匠は何回も囲んできた。

「うん。師匠が言ってた。僕は小さい頃に、雪山で独りぼっちだったんだって。赤ん坊だった僕を、師匠は育ててくれたんだ」

「…………」

グリフは懐かしげに語るレオナを静かに見守る。師との思い出を語るレオナの姿は、一段と輝いて見えた。瞼の裏に涙を溜めながら、レオナは話し続ける。次第にレオナの瞼は重くなった。

「ほら、早く寝なさい。夜更かしなぞするものではないぞ」

「う……うん」

グリフに諭され、レオナは眠気に身を委ねる。以前の彼と比べて、柔らかな口調になった。レオナにはそう感じられた。感じただけかもしれないが。それでも、いつかグリフは心を開いてくれるかもしれないとレオナは思った。心躍る気持ちを抑えて、レオナは目を閉じる。明日待っているのはどんな冒険だろうか。レオナの中には不安と期待が入り交じっていた。


「兄ちゃん、あいつらもう寝たみたいだよ」

木々の隙間から、デイビーが二人を覗き見ていた。焚き火に照らされた二人は、森の中では嫌というほど目立つ。ダミアンは木の上で気持ちよさそうな寝息を立てていた。

「……って兄ちゃん! なんで兄ちゃんまで寝てるんだよ」

デイビーは木を激しく揺さぶる。ダミアンは目を開け、眠たげにあくびをした。

「いや~あまりにも天気がいいんで、つい寝ちまったんだ」

「天気もなにも、今は真っ暗な夜じゃないか。全く、兄ちゃんは寝てばかりなんだから」

鼻息を荒くするデイビーをよそに、ダミアンは軽々と木から降りる。寝起きのせいか、ダミアンの白い髪はあらぬ方向にはねている。

「アイツを氷漬けにしてやるんだよ。体も頭もフリーズして、アイツらここで終わりさ!」

デイビーはポケットから缶ジュースを取り出し、一気に飲み干す。小さくゲップをし、デイビーは両手を絡めた。すると、手から冷気が溢れ、小さな氷の玉ができる。

「ほう、そりゃあなんとも、チリーだな」

「でしょ? 兄ちゃんはどんな作戦を考えているの?」

デイビーは期待の視線を兄に向ける。背丈こそ大きいが、兄を見る姿は幼い弟そのものだ。

「俺は何もしないぜ。何もしないで、楽に奴らを打ち負かしてやるよ」

「おお! さすが兄ちゃん! 兄ちゃんの術は一流だもんな!」

デイビーは背中の小さな翼を仕切りに動かす。

「そうと決まったら作戦開始だ! あいつらに目にものを見せてやる!」

デイビーは兄にタッチを求める。ダミアンは飄々と尻尾だけを動かし、デイビーにハイタッチした。嬉しさに飛び上がりながら、デイビーは枝を掻き分けて森の奥へと進む。ダミアンはしばらくその様子を見ていたが、やがて口元をほころばせる。

「ヘッ……。こりゃあおちおち眠ってられないな」


 

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