8話 デビリッシュブラザーズ
焚き火の火を吹き消し、デイビーが草むらから二人の前に現れる。レオナは寝ぼけ眼でデイビーを見た。目の前には、人影のようなものが立っている。白い髪をオールバックにしているが、一房だけ前髪が跳ねていた。赤いベストにネクタイ姿と、どこかの貴族のようだ。だが、背中に生えた翼と、不気味に揺らぐ尻尾を見るなり、レオナは驚いて立ち上がった。悪魔のような姿に、グリフも姿勢を低くし身構える。暗闇の中、デイビーの青白い肌が不気味に浮き出た。
「き……君は……」
「よく聞け人間! オレ様はデイビー! お前達はオレ様に倒されるのだぁ!」
デイビーは腕を組み、誇らしげに胸を張る。レオナはきょとんとした顔で、口を閉じるのを忘れていた。
「どうだぁ!? オレ様のすごさに驚いているな? そうだそうだ、聞いて驚け見てビビれ!」
デイビーはピースサインをし、変なポーズをとる。度重なるスペクターの奇行に、レオナは呆然としていた。何者か尋ねようとした言葉も、喉の奥に引っ込む。
「ビビっているというよりは、ドン引きしているように見えるけどな」
木の上から、もう一匹の悪魔が降りてきた。ダルダルの紺色のベストを着て、眠そうに赤い目をこする。
「ああっ! 兄ちゃん、遅いよ。一体何してたんだよ!?」
デイビーは兄に気づくと、大声を出す。寝起きの悪魔は気だるげに伸びきったぼさぼさの白髪を掻く。猫背のまま、口の端を上げて不気味な笑みを浮かべていた。
「よう、俺はダミアン。そこにいるクールな奴の兄貴だ」
ダミアンはレオナにだらしなく手を振る。それが挑発なのか歓迎なのかは、レオナには分からなかった。筆箒を持ったまま、その場に硬直する。
「オレ様達はこのプルパの森に住むグレートな兄弟、デビリッシュブラザーズなのさ! 悪いけどお前らの壮大な旅は、ここで幕を引かせてもらうぞ!」
「まあ、アンタは到底この先には行けそうにないけどな」
デイビーが高らかに笑い、ダミアンは冷笑する。なんともチグハグな兄弟だ。だが、このおかしな二人組は、得体の知れない雰囲気を漂わせている。
「オレ様の凍っちまうほど震え上がる魔法を食らえ!」
デイビーは得意げに笑い、両手を頭上に高く上げる。すると、冷気がスペクターの手に集まってきた。レオナは得体の知れない技に身構える。冷気は細かい氷塊を形成した。
「食らえーい! デイビー様特製スーパーアイスクラッカー!」
デイビーは氷塊を一気に放出する。しかし、氷塊はレオナ目がけてではなく、デイビーの後ろの木々に衝突した。飛散した氷塊が、木々を包み樹氷と化す。レオナは氷塊が飛び散ったことに目を丸くする。デイビーも口をぽかんと開けていた。
「あらら、クリスマスツリーは、季節外れじゃないか?」
「んなっ、バカな!? オレ様の必殺技がぁっ!」
デイビーは悔しげに地団駄を踏む。ダミアンはにやにやしながら、その様子を木に寄り掛かってみていた。
「今のは……?」
「おいお前。やる気あるのか?」
レオナは呆れた顔で二人を見る。グリフも訝しげにデイビーを見た。どうも調子が狂う。この二人には敵意があるのかないのか、そもそも本気で戦っているのか、それすら分からない。
「って兄ちゃん! 一緒に戦ってくれよ」
「言ったじゃないか。何もしないってさ」
憤慨するデイビーを、ダミアンは軽くあしらう。気を取り直すようにデイビーは胸を叩き、 レオナに向き直る。今度こそ来るかとレオナも筆箒を握り締める。
「ムムム。こうなったらデイビー様グレートブリザードをお見舞いしてやる!」
デイビーは高らかに技名を叫び、レオナを指さす。すると、指先から冷たい風がほとばしる。風は粉雪を伴い、レオナの体を通り抜けた。
「って、あれ? 寒くない」
レオナは涼しげな顔をして風を真正面から受ける。風は確かに冷たいが、レオナにとってはシルバ山の吹雪ほどではない。レオナは筆箒から火を放ち、冷風を払いのけた。火は勢い余ってデイビーのお尻に燃え移る。自分の背後に立ち込める黒煙を見て、デイビーは悲鳴を上げた。
「うわっちちち! ひい~っ!」
「ハハハハ。どうやら誰かが冷房のスイッチを暖房に切り替えちまったみたいだな」
火を消そうと躍起になるデイビーをよそに、ダミアンはくだらない冗談を言う。
「ご、ごめん。大丈夫?」
お尻に火が付きながら地面を転げまわるスペクターを見て、レオナは少し申し訳なさそうな顔をする。デイビーは黒焦げになった尻尾をさすりながら、森の奥へと走り去った。その様子を見て、ダミアンは苦笑する。
「ハハハ、ありゃなかなかトーストだな」
ファントムは悪びれるそぶりも見せず、へらへらと笑っている。レオナは開いた口が閉まらなかった。
「……じゃあ、オレは丸焦げの弟を探しに行くぜ。縁があったらまた会えるといいな」
ダミアンはレオナに手を振り、その場を立ち去ろうとする。
「ま、待て!」
グリフがダミアンに飛び掛かるも、ダミアンの姿は霧となって消えてしまう。レオナの首元に冷たい感触が当たった時、ダミアンはレオナの背後にいた。鋭い尻尾の先を突きつけられ、レオナの首から僅かに血が出る。
「レオナ!」
「言っただろう? 俺は何もしなくてもお前達に勝てるってな」
ダミアンは再び霧のように消え、木の上に現れる。ダミアンの冷たい殺気に、レオナはしばらく何もできないでいた。
「君達は一体何者なの? どうして僕達を止めようとするの?」
「坊主、俺は質問は一つしか聞けないんだよ。こう見えて俺は忙しいからな」
ダミアンは木の枝に乗ったまま、レオナを見る。のらりくらりと躱わすダミアンに、レオナは戸惑いを覚えた。
「だがまあ、良いことを教えてやるよ。魔王を止めに行くなんざ、諦めた方が身のためだぜ」
「どうして……?」
レオナは自分に向けられた冷たい視線に動揺する。口元こそ上がっているが、ダミアンの目は笑っていない。
「まぁ、オレの言葉を信じるか信じないかはアンタらの自由だ。だがまあ、次会う時は、そんな事なかったらと後悔するだろうな」
そう言い、ダミアンは翼を広げ、森の闇へと消えて行った。
「全く、変な連中だ」
「あの人達はどうして、僕が魔王の所に行くのを辞めさせようとしているんだろう?」
レオナは考えれば考えるほど、ぼんやりしていく。自分のしていることは、果たして正しいのか。迷いで筆箒を持つ力が弱まる。
「だが、魔王のせいで苦しむ人々がいるのも確かだ。今は、真実を確かめるしかないぞ」
「う、うん。……そうだよね」
グリフはレオナの目を真っ直ぐ見て諭す。とりあえずは、先に進むしかない。もう夜も深まり、今度は朝に向かおうとしている。奇妙な二人組と出会ってからの疲労がレオナを襲った。足がふらつき、肩にも重りが乗せられたような感覚が広がる。眠い目をこすって、レオナはグリフの腹に寝転がった。グリフは顔を顰めるも、翼でレオナを抱き寄せる。これからの旅をいったん忘れるように、レオナはすやすやと寝息を立てた。




