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18話 最後の道しるべ

暖かな風に吹かれ、レオナはゆっくりと起き上がる。辺りは黄金色の草原が広がり、鳥の声が聞こえてきた。レオナは髪に絡まる葉を払い、帽子に付いた草を取り除く。どうやらこの草が、落下の衝撃を和らげてくれたようだ。レオナは安堵し、握ったままの筆箒を背負う。

「何だ? ここは……」

グリフが枯れ葉を払い、ゆっくりと起き上がる。レオナ辺りを見回す。陽に照らされた草が、風に吹かれて黄金の川のようになびく。遠くから川のせせらぎの音が微かに聞こえてくる。どこか落ち着くような雰囲気が、レオナ取り巻いた。

「あれは……」

レオナはある一点を見る。川の向こうに、何かの建物がある。大きな古城のようだ。遠いため、微かにしか見えないが、それでも強い存在感を放っている。

「城があるということは……ここはかつて王国だったのか」

「でも、城以外に建物なんか無いよ」

レオナは草原をかき分ける。広大な草原の中には、古城が佇むだけであった。二人は川に架かる橋を渡り、城の方へ向かっていく。

 川を越えてしばらく進むと、そこには城門があった。鉄製ではあるが、簡素な作りの門だ。門の向こう側には花畑が広がり、その中に城は鎮座していた。灰色の古城は苔むし、来る者を拒むような威圧感がある。遠くで見ても大きかったが、近くで見るとより壮大さを思い知らされた。レオナ達が城門に近づくと、風がピタリと止む。レオナは圧迫されるような緊張感を全身に感じる。

「止まれ、招かれざる客よ」

突然、重々しい声が響き渡る。二人の耳を打ち鳴らすような声だ。しかし、辺りには誰もいない。

「我が名はゴイル。魔王様の城の門番を務める者だ。それ以上進むならば、容赦はせぬ」

声と共に、レオナの目の前に巨大な鎧をまとった騎士が現れる。重厚な斧を携え、悪魔を模した兜からは青色の眼光が光っていた。強烈な闘気を放ち、レオナは身震いする。

「僕達、魔王を止める為に先に進みたいんだ。通してもらえるかな」

レオナはゴイルの刺すような闘気に負けず、一歩を出す。怖いが、この先に魔王がいるならば、行かなければならない。レオナの決意は決して揺るがなかった。ゴイルはレオナの導き出した答えに対して、目を細める。

「……分からぬ。なぜお前達はそこまでして先に進もうとする?」

「魔王の魔法で、みんな困っているんだ。だから、止めてほしいんだよ」

レオナの返答に、ゴイルは斧を突きつける。レオナは斧の刃先を見ながら、その場から動かない。氷のように冷たいゴイルの目。鋭い斧の刃には、口を硬く結んだレオナが映っていた。

「魔王様は誰とも会うことはない。これが最後だ。立ち去れ」

「何度聞いても同じだよ。僕は先に行かないといけないんだ」

レオナは斧を掴み、どかそうとする。ゴイルは一歩前に進んで斧を振り上げた。攻撃の意思を感じ取り、レオナは筆箒を構える。

「…………よかろう。その決意、我が完膚なきまでに叩き潰してやろう!」

ゴイルは叫び、口から冷気を吐く。斧は氷を纏い、レオナ目掛けて振り下ろされた。レオナは盾を作り、斧を受け止める。しかし、すさまじい力を前にして、レオナは力負けして弾き飛ばされた。レオナは仰け反り、地面に転げる。

「止めてよ! 僕はただ魔王と話がしたいだけなんだ」

レオナの訴えも虚しく、ゴイルはレオナの体を真っ二つにしようと斧を振り下ろす。レオナは躱そうとするが、斧の方が速い。間一髪かと思われたその時、グリフがレオナのマントを咥え、一撃を回避する。ゴイルの斧は地面を割り、飛散する土や草木は氷の結晶と化した。

「話し合いで解決しようとするな。奴に生半可な気持ちで挑んでも勝てぬ」

「で……でも……」

グリフはレオナを諌める。ゴイルは斧を振り、凍てつくような冷気を放つ。冷気の通り道は、氷の世界と化した。グリフはレオナを背に乗せ、宙に羽ばたく。ゴイルは羽ばたくグリフを撃ち落とそうと、片手に冷気を集中させる。

「躱しても無駄だ。お前達はこのゴイルからは逃れられぬ」

ゴイルの手から猛烈な吹雪が放出される。グリフは吹き飛ばされまいともがくが、翼が次第に凍りつく。隙を突き、ゴイルの拳がグリフの腹を捉えた。レオナとグリフは落下し、地面に叩き付けられる。

「グリフさん!」

グリフは悶絶し、地面をのたうち回った。ゴイルは氷の斧を携えたまま、地響きを上げてこちらへ向かってくる。

「その体ではもう戦えまい。後は魔法使い、お前だけだ」

レオナはグリフを庇うように立ち上がる。戦う意思を決め、レオナは筆先を赤く染めた。小さな火球を作り、レオナはゴイル目掛けて飛ばす。しかし、ゴイルは怯むことなく火球を手で弾き返した。続けて火球を放つが、強固なゴイルの鎧は傷一つ付かない。

「無駄なあがきはよせ。そんな火の粉など。我には効かぬ」

火球を弾き返され、レオナの脳裏に衝撃が走る。どうすれば、どうすれば良いんだ。レオナは自分に残った策がないか、思考を巡らせる。一か八かだが、危険な賭けに出るしかない。

レオナは両手で筆箒を構え、ゴイル目掛けて突進する。

「よっ……よせっ!」

グリフは止めようとするが、痛みがグリフを襲う。マントを広げて立ち向かうレオナを、ゴイルは斧で返り討ちにしようとする。斧がレオナに触れるか触れないかの距離で、レオナはゴイルの背中に飛び乗った。

「なっ……何!?」

ゴイルは視界からレオナが消えたことに驚く。レオナは鎧の隙間目掛けて火炎を放射した。その瞬間、ゴイルは爆散し、レオナは地面に吹き飛ばされる。レオナはよろめきながらも立ち上がり、ゴイルがいた場所を見た。爆破の煙がまだ燻っている。

「どういう事だ? 奴が爆発したぞ」

グリフは眉をひそめ、煙を見る。レオナは警戒しながら、筆箒を離さないでいた。

「イテテテ。だ……駄目だ……。この先には……行っちゃ」

聞き覚えのある声に、レオナは仰天する。煙が晴れると、そこにはデイビーがいた。デイビーはうわごとで、ぶつぶつ呟く。

「おい、どういうつもりだ? どうしてゴイルにの代わりにお前がいるんだ?」

グリフは腹を押さえながらデイビーに詰め寄る。煤のついた髪を掻き、デイビーは羽根を萎ませた。

「兄ちゃんの魔法で門番に化けていたんだ……」

デイビーは悲しげに呟く。先程の威厳も、偽りだったようだ。レオナはデイビーの顔を上げさせる。

「どうして? こんな事までして、どうして僕達を先に行かせないの?」

「だ……だって……このままじゃあ二人とも兄ちゃんに殺されちゃうよ」

デイビーは俯いて答える。涙目になり、デイビーはわなわなと震えていた。

「兄ちゃんはものすごく強いんだよ。オイラなんかよりずっと。……お前達を見てると、なんだか悪い奴には思えないんだ。だけど、兄ちゃんは本気だ。きっとお前達を殺す気だよ」

デイビーはボロボロ涙を零す。今までの威勢の良さは消え、等身大の少年のようだ。レオナはマントでデイビーの涙を拭う。

「大丈夫、君のお兄さんだってきっと分かってくれるよ。僕も、なんだか君のお兄さんが悪い人には見えないんだ」

「で……でも……もし死んじゃったら……」

再び顔が曇るデイビーに、レオナは手をさしのべる。デイビーは涙を浮かべたまま顔を上げ、レオナの顔をまじまじと見た。希望に満ちた笑顔で、レオナはデイビーに笑いかける。

「約束する。僕は死なないし、君のお兄さんにも殺させやしない」

「ほ……本当かい?」

レオナは曇り無い笑顔を向け、頷く。デイビーはゴシゴシと涙を拭き、レオナの手を強く握った。

「ありがとう! さすがはオイラのライバル……いや、友達……でもいいかな?」 

「もちろんだよ」

デイビーは恥ずかしげに頭を掻く。レオナは小さな手で、デイビーの手を握り締めた。グリフはその様子を見てやれやれと微笑する。

「だけど、気をつけて。この先には本物の門番がいるんだ」

デイビーは尻尾を引っ込め、城を指差す。暗い影が差す城は、得体の知れない雰囲気に満ちていた。レオナは筆箒を手にし、デイビーに笑いかける。

「うん、僕負けないよ!」

「絶対に死ぬんじゃないぞ! オイラの初めての友達よ!」

デイビーの声援に押されて、レオナ達は歩を進める。この先に待つのは魔法使いの勝利か死。どちらに転んでも、世界は変わる。しかし、レオナは進み続ける。その胸に使命を抱いて。

 

 城門を抜けると、周囲には色とりどりの花畑が広がる。黄緑、赤、水色、橙、青、緑。色彩に富んだ花が、風に吹かれて虹色の花吹雪になる。レオナはこの花々に見覚えがあった。雪山の麓にあった花畑だ。この花園はグリフと出会った花畑にそっくりだ。おそらく誰かが手入れをしたのだろう。まだ雫が花びらに付いている。

「変だな。魔王の城というものは、こんな雰囲気なものか」

グリフも花の香りをかぐ。蝶がせわしなく舞い、蜂がせっせと蜜を集めている。絵本に登場した魔王の城のイメージとはだいぶかけ離れていた。レオナは城の扉に近づく。

「止まれ! 貴様ら、誰の許しを得てここに来た」

鋭い声と共に、城壁から何者かが降りてくる。白い鎧を着た二足歩行のユニコーンだ。両手にレイピアを携え、青い瞳でレオナ達を睨み付ける。

「お前がこの城の門番か?」

「いかにも、私はフランシス。命に代えて王を守る者だ」

フランシスは扉の前に立ちはだかる。レオナも引き下がらないが、フランシスも守り通すという意志に満ちあふれていた。

「僕達、話をしたいだけだよ。通してくれないかな?」

「そんなことを聞かなくても答えは分かっていよう。いかなる理由があろうと、私は何人たりともここは通さん」

フランシスは扉を守るように両手のレイピアを構える。レオナも仕方なく筆箒を構えた。だが、グリフが進み出る。力強い目つきで、グリフはフランシスを真っ直ぐ見ていた。

「それなら、吾輩が相手をしよう。お前のような堅物は、吾輩が打ちのめしてやる」

「グリフさん! 僕も戦うよ!」

グリフは前足でレオナを止める。翼を広げ、レオナを守るようにグリフは立ち塞がった。

「嫌だよ! グリフさんを置いて行くことなんかできないよ!」

「勇気と無謀をはき違えるな。お前にはお前の使命がある。こんなところで止まらず行け」

グリフは師匠と同じ口調で、レオナに言い聞かせる。レオナは反論しようとするが、その姿に師匠の姿を見出し、出かかった言葉を飲み込む。レオナは黙って頷き、扉の方へ向かう。フランシスは扉の方へ向かうレオナを止めようとするが、グリフがそれを制す。レオナは振り向こうとする気持ちを押し殺し、扉に手をかける。

「頼んだぞ……魔法使いパーシヴァルの弟子よ」

グリフの声が聞こえるか聞こえないかの瀬戸際で、レオナは扉を開けた。扉の重々しい感覚が、グリフへの名残のように響く。それでもレオナは中へと進む。満足げに小さな魔法使いの姿を見届けると、グリフはフランシスに向き直る。

「馬鹿な奴だ。二人で私にかかってくればよいものを」

「馬鹿はお前だ。あんな子供一人を易々と通すとはな」

対峙する二人の間に、花びらが一陣の風に乗って吹き荒ぶ。二人はお互いに一歩も引かない。フランシスは片方のレイピアの切先をグリフに向ける。

「何故、あの人間を守ろうとする?」

「お前が主を守ることと同じだ。吾輩……いや、俺はかつて守る事から逃げた。逃げて、こんな姿になり、それでも生きている。もう失いたくはないんだよ」

グリフは飛んでいく花びらを見て呟く。その言葉は、普段の道化によるものではなく、嘘偽りのない彼の言葉であった。グリフの周りに強い風が吹く。フランシスはしばらくグリフを見ていたが、やがて微笑し、突きつけたレイピアをグリフの側に投げた。

「フッ、言うではないか。だが、得物がなければ守れる者も守れないであろう」

フランシスは兜の赤い鬣を揺らし、レイピアを抜く。風が止まり、巻き上げた花びらを散らす。川のせせらぎも静まり、辺りは静寂に包まれる。二人の間には、地面に突き刺さったレイピアが佇むだけだ。

「来い、グリフィンの戦士よ! 貴様の覚悟と私の覚悟、どちらが強いか見定めようではないか!」

フランシスは高らかに叫ぶ。その声に呼応するように、グリフも嘴でレイピアを引き抜いた。レイピアに付着した土を振り払い、グリフはフランシスを見据える。

「俺に武器を持たせて、後悔しても知らないぞ」

フランシスは十字を切るようにレイピアを構える。グリフの脳裏には、レオナの姿が浮かぶ。思えば、ここまでついてきたものだ。一体何が自分をここまで駆り立てたのか。それはグリフ自身にも分からなかった。しかし、これだけは確信があったのだ。あの魔法使いは、絶対に守らなければいけない。

「我が名はユージーン! 魔法使いパーシヴァルの子だ! 長年遍歴を経てきたが、今はただ、あの子を守る者だ!」

グリフ、いや、ユージーンは名乗り上げ、フランシスに猛然と向かっていく。フランシスも王を守るために、迎え撃とうとする。二人の戦いは、舞い散る花びらによってかき消えていくのであった。


 

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