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16話 亡霊

「あら、こんにちは。私が見えるなんて珍しい人ね」

女性はレオナに対して気さくな口調で呼びかける。レオナは女性と距離をとりながら様子を伺う。屈託のない笑顔からして、悪い人ではないようだ。緑色の瞳は曇り一つ無く、レオナを映している。

「私はエレイン。ドロシーの母親よ。もう死んじゃっているけどね」

「エレインさん……石に書かれていた人だ」

エレインの笑う顔は心なしかドロシーを思い起こさせる。レオナには目尻や瞳がドロシーに似ていると感じられた。

「エレインさんは、どうしてここにいるの?」

「そりゃあ、確かに私は死んじゃったわよ。だけど、まだ成仏できないでいるの」

エレインは着ている白衣を揺らめかせる。レオナは顔を上げ、エレインを見た。

「おい、一体誰と話しているんだ?」

グリフに声をかけられ、レオナはハッと振り向く。その様子を見て、エレインはいたずらっ子のようにクスクス笑う。

「フフフ、やっぱりあなたにしか私は見えないみたいね。それなら、お願いがあるの」

エレインの言葉に、レオナに悪寒が走った。既に死んでいる者が、何を願うのだろう。魂や、命を吸い取ったりするのだろうか。

「ま……まさか僕を呪うつもりじゃないよね?」

「そんな事しないわよ。ちょっと連れて行ってほしい所があるだけなの」

エレインは幽霊に似つかわしくないほど、明るく笑う。白衣を靡かせ、エレインはレオナに歩み寄る。

「私とドロシーを、この先のお屋敷に連れて行ってほしいのよ」

エレインはさっきまでの口調とは打って変わって、寂しげな口調でレオナに頼む。

「連れて行って……って、僕どうすればいいの?」

「心配しないで。後をついていくだけだから」

レオナは戸惑うが、自信なさげに頷く。エレインはそれを見ると再び笑顔が戻り、レオナに寄り添う。

「ありがとう、助かるわ」

「何ボーっとしているんだ。早く行くぞ」

グリフに頬をつままれ、レオナは我に返る。目の前ではグリフが心配そうにレオナの顔を覗き込んでいた。ドロシーも両手を合わせてレオナを見守る。その様子を見て、レオナはドロシーに歩み寄った。

「ドロシー、君も僕達と一緒に来てくれないかな?」

「え? ワタシも……?」

ドロシーは戸惑い、俯く。レオナはドロシーの心配を拭うように、肩を撫でる。

「でも……言っても相手にされないと思うよ」

「そんな事はないよ。だって博士は君のために友達を作ってくれたんでしょ?」

ドロシーの言葉に、レオナは首を横に振る。エレインもドロシーの頭を、優しい手つきで撫でた。ドロシーはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げる。

「…………うん、分かった。ワタシも行くわ」

「ありがとう、ドロシー」

ドロシーは頷き、レオナの手を取る。レオナもドロシーの手を握り、歩を進めていく。

「よし! 行くぞ」

グリフも口元を緩め、レオナの後をついて行く。

「行ってくるね! みんな」

ドロシーは人形達に手を振る。人形達も親友の出発に手を振った。エレインは静かにレオナとドロシーの間に入っていく。黒い枯れ木が生い茂る中、レオナ達は身震いしながら歩いて行った。


 墓地を抜けてしばらく進むと、一軒の洋館が見えてくる。周囲を囲む門はすっかり錆び付き、苔むしていた。窓ガラスが割れており、とても人が住んでいるようには思えない。しかし、極めて目に付いたのは洋館の屋根に空いている大穴だ。伽藍堂の屋根には、霧雨が吹き込んでいる。

「そういえば、お前はどうしてあの霊園にいたんだ?」

「そ……それは……」

グリフの言葉に、ドロシーは言いよどむ。虚なはずのドロシーの顔が引き攣った。肩を震わせ、空いたままのドロシーの口から息が漏れる。

「無理して言わなくてもいいよ」

「す、すまんな。吾輩も悪いことを聞いた」

グリフはばつの悪そうな顔をする。レオナはドロシーの手を握り、洋館のドアの前へと歩く。雨でぬかるんだ地面がぴちゃりと不気味な音を立てる。立て付けが悪いドアの隙間からは、風が漏れ出ていた。冷ややかな風が、レオナの額を撫でる。ドアにあしらわれた十字架が、雷で銀色に照らされた。レオナは錆びたドアノブに震える手をかける。ひんやりとした感触が、背筋を凍らせた。レオナは唾を飲み込み、扉をゆっくり開ける。ドアはギィィと不安をかき立てるような音を立てて開く。

 洋館の内部も荒れ果て、あちらこちらの家具には埃が溜まっていた。割れた窓からは、青白い光が差し込む。エレインは中に入ると、物憂げに辺りを見回す。ドロシーも嫌々ながら、館に入ってきた。

「変わってないわね。ここも……」

エレインは階段にかかっている肖像画を眺める。肖像画はすすけ、誰を描いた物なのか判別できないほど汚れていた。本当に、ここに人が住んでいるのだろうか。レオナは燭台に付いた埃を撫でる。

「ここは、一体……」

「ここは私達の家よ。私が生きていた時から変わってないわ」

エレインの言葉に、レオナは光に照らされた屋内を見渡す。広間の天井は穴が空き、霧雨が降り注いでいる。もぬけの殻になった屋敷には、住人の代わりに蜘蛛が巣を張っていた。

「ねぇ~。またぼーっとしてるよ、魔法使いさん」

レオナが振り向くと、ドロシーとグリフが広間の奥で手を振っている。レオナは急いで二人の方へ向かう。エレインもレオナにぴったり付いていった。二人は心配そうにあなたを見る。

「お前、さっきから変だぞ。何かに取り憑かれているんじゃないか?」

グリフはまじまじとレオナを見つめる。レオナの目は泳ぎ、目元は痙攣していた。

「ちょ、ちょっと疲れているだけだよ」

「そうか? さっき寝たばかりだろう」

レオナは慌てて首を振る。グリフはしばらく訝し気に見ていたが、やがてため息をつき、先に進む。

「アハハハ。取り憑かれている……半分合ってて半分間違っている答えね」

エレインは明るげに笑い飛ばす。屋敷の外まで聞こえんばかりの声も、二人には届いていない。レオナはエレインの冗談に苦笑する。

「さ、行きましょう」

エレインの言葉に、レオナは頷き、すすけた広間のマットを踏みしめる。

 洋館の中の一室に、一行はたどり着く。部屋には地下へと続く階段があり、そこから風が吹き付ける。グリフはおそるおそる階段を覗きこむ。

「地下まであるのか……」

「そう、この先に博士がいるの」

ドロシーは階段を一歩踏み出す。グリフもその後に続く。レオナも怖々と一段ずつ降りていった。地下への階段は暗く、所々タイルが剥げて土が剥き出しになっている。

「ここも相変わらずね。あの人らしいわ」

「うわあっ!?」

エレインがレオナの耳元でささやく。あまりにも突然の出来事だった為、レオナは階段から足を踏み外してしまった。そのままレオナは階段を転げ落ちていく。グリフとドロシーは物音に気づき、後ろを振り向く。そこには転がってくるレオナの姿があった。

「のわーっ! 何だぁー!?」

「わぁ~! こっちに来るよぉ~!」

グリフとドロシーは慌てて階段を降りるが、転がる速度に敵わず、そのまま巻き込まれてしまった。三人の悲鳴は地下へと吸い込まれていく。エレインは呆然として転がっていった三人の方を見る。

「あら? そんなに驚いちゃったかしら……? 普通に話しかけただけなのに……」


 

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