15話 ブラックツリー霊園
「さて、あの海賊が言っていた博士とやらを探すか」
「うん。そうだね」
グリフはレオナの肩を叩く。レオナも軽くなった足取りで、荒れた小道を進んでいく。草木一本も生えない荒野の中、二人は歩いて行く。その上を、黒い雲が見果てぬ行き先を隠すように覆い尽くしていた。
突如として雷鳴が轟き、滝のような豪雨が降り注ぐ。レオナ達は慌てて、ぬかるんだ地面を蹴って走り出す。
「ど……どこか雨宿り出来る場所はないか!?」
グリフの言葉に、レオナは周りを見回す。すると、雨の隙間から微かに見える門の奥に、一本の木が見える。
「あそこなら雨宿りが出来そうだよ!」
レオナは木に向かって走り出す。
「ま……待て! ぬかるみで滑っ……!」
グリフは足を滑らせて、勢いよくぬかるみに顎を埋める。
「アハハハッ! グリフさん、変な顔〜」
レオナは顎髭のように泥が付いたグリフの顔を見て笑う。グリフは口から泥を吐き出し、体に付いた泥を振り飛ばす。飛び散った泥が、レオナの顔に付く。レオナは顔をしかめて、泥を手袋で拭った。
「はは、笑った仕返しだ」
グリフは泥まみれの顔で鼻を鳴らす。二人はぬかるみに足を取られながら、木の方へ向かう。
二人が木にたどり着く頃には、泥まみれになっていま。木は墨のように黒く、葉が一枚も付いていない枯れ木のようだ。グリフは全身を震わせて、水を切る。
「ここならしばらく雨宿りが出来そうだな」
グリフは木に寄り掛かって一息つく。レオナも筆箒を下ろして、木に身を預けた。雨は止めどなく降り続け、止む気配がない。時々聞こえる雷の音を聞くと、レオナは鳥肌が立つ。レオナは身をすくませてグリフに縋り付く。
「ただの雷だ。怖がる必要はない」
「グリフさんは怖くないの?」
グリフはレオナを抱き寄せ、ずぶ濡れになった髪を撫でる。グリフの羽毛は少し湿っていたが、毛なみは柔らかい。レオナはそのまま寝そうになる。
「魔物になって長いからな。雷など何度も聞いて来たよ」
「グリフさんはずっと魔物だったの?」
グリフは自分の前足を見る。鉤爪の生えた鷲の足、肉球が付いた獅子の後ろ足。随分と前に、グリフは二本の足で歩くことを忘れていた。
「ずっと昔の話だ。吾輩は魔法にかかってこの姿になった。だが、別に今の姿に不満は無いぞ」
そう言うグリフの顔はどこか寂し気だ。まるで師匠を失った時のレオナのように。レオナはグリフの前足を手に取る。
「じゃあ、いつか僕がグリフさんにかかった魔法を解くよ。そして、グリフさんと一緒にかけっこしたいな」
「お前が? 無理言うな。吾輩にかかった魔法は強力だぞ。もう何年かかっても解けなかったのだからな」
レオナの無邪気な視線を受けて、グリフは恥ずかし気に顔を背ける。グリフは前足でレオナの髪を梳いた。グリフにみくびられ、レオナは頬を膨らませる。
「何年かかってもいいよ。絶対にグリフさんを元に戻してみせる」
「ほう、そりゃ楽しみだな」
レオナはグリフの羽毛に顔を埋める。グリフも夢現の気分で、レオナの背中を撫でた。静かに雨が降る中、二人はしばしの安息に寝息を立てた。
雨は次第に止み、辺りにはうっすらと霧が立ち込める。レオナは不気味に漂う霧に、筆箒を構える。グリフも羽毛を逆立てて、威嚇するように翼を広げた。
「何? これ……」
「嫌な気配だ」
霧の向こう側から、無数のうごめく影が現れた。影達はどんどん数を増し、レオナ達の方に近づいてくる。何かが軋む音がレオナの耳を擦る度に、レオナの身体は電流が走ったように硬直した。にじり寄る不気味な気配、水たまりを弾く音。稲光と共に、その正体が露わになった。虚ろな目をした人形達が、レオナの周りを取り囲んでいる。レオナとグリフは人形のぽっかりと空いた眼窩を見るなり、木にしがみつく。村を襲ったあのゴーレムと同じ顔だ。だが、手足の長い個体、左右で大きさの違う目を持つ個体と、その形はバラバラだった。人形の手には、鋏やシャベルなどが握りしめられている。
「コ……コイツらはっ!?」
グリフは恐怖の眼差しで、人形を見る。人形はその場から動かず、レオナ達の行く手を阻む。
人形はレオナ達を見ているが、無反応だ。ただ、不揃いな腕をだらんと垂らしている。
「みんな、どうしたの?」
人形達奥の方から、甲高い声がする。それと同時に周囲の霧がかき消えた。だが、目の前に現れた光景に、レオナは小さく悲鳴を上げた。レオナ達が今までいたのは、墓場だったのだ。十字架を模した墓石が、ひび割れた荒野に並んでいる。その奥から、一人の少女がやってきた。スコップを引きずり、引きつった笑みを浮かべている。作り物と思しき金色のツインテールを揺らして、こちらににじり寄ってきた。
「あれ? 見かけない人たちだ。だぁれ?」
抑揚のない声で、少女は尋ねる。一見人間の子供だが、来ている青いツナギの隙間から見えている赤銅色の腕はひび割れていた。
「ぼ、僕はレオナ。君は一体……」
「ワタシはドロシーって言うのよ。このブラックツリー霊園でお花のお世話をしてるの」
ドロシーと名乗った少女は、レオナ達がしがみついていた木の側を指さす。そこには、小さなバラの蕾があった。小さいが確かに数本、木の根の横に植わっている。
「この人形達は?」
「この子達はワタシの友だちよ。博士がワタシに作ってくれたの」
ドロシーは人形の一体を撫でる。すると人形は心なしか嬉しそうな顔をした。作り物の友達は、不揃いなパーツで思い思いのポーズを取る。
「博士だって!? その博士ってどこにいるの?」
「え? この霊園を抜けた先の屋敷にいるけど、まともに取り合ってくれないと思うよ」
ドロシーは少し寂しそうな顔をする。レオナはその表情が、嫌に脳裏に焼き付く。
「博士は今、人を生き返らせる魔法の実験ばっかりして、他人なんて気にもとめないのよ。……昔はああじゃなかったのに」
ドロシーはそう言い、ある墓石の前に行く。レオナ達も後をついて行く。墓はきれいに掃除されており、苔一つ付いていなかった。ドロシーは墓の周辺に穴を掘り、何かの種をポケットから出して、土の中に埋める。
「何をしているの?」
「薔薇の種を蒔いているの。ママは薔薇が大好きだったからね」
人形達もドロシーの真似をするように種を蒔く。墓石には“エレイン”と言う名前が刻まれていた。もう一つ、名前が刻まれた形跡があったが、ひどく掠れて読めない。
「この霊園の土は栄養分がなくて、草木は全然育たないの。だけど、アタシはいつかここをお花でいっぱいにしたいの」
ドロシーはシャベルで土を掘り返し、種にかける。タールのような、ひどく乾いた土だ。ドロシーは機械的に、土をかけ続ける。レオナは薔薇の種が蒔かれた土に近づき、筆箒を取り出す。
「何をしてるの?」
「もしかしたら、魔法で花が咲くかもしれないよ」
「できっこないよ。そんな事」
ドロシーは寂し気に呟く。レオナはゆっくりと息を吸い、筆箒に意識を集中させる。すると、筆先は橙色に光り、地面全体を照らし出した。霊園の土は次第に赤茶色の栄養ある土へと変わっていく。種が植わっている箇所は、徐々に盛り上がってきた。土から、産声を上げるように、小さな蕾が芽生える。ドロシーは驚き、蕾を見る。
「す……すご~い。もう芽が出ちゃった」
ドロシーは硬い表情で精一杯笑う。
「あなた、絵本から出て来た魔法使いさんなの?」
「ま、まあ、そんなところかな?」
ドロシーにお礼を言われ、レオナは頬を掻く。人形達も興味津々で、蕾を眺めていた。
「さぁ、博士とやらの元に行くぞ」
レオナは先に行こうとしたが、後ろから冷たい風が過ぎるのを感じた。振り返ると墓石の向こう側に、一人の女性がいた。しかし、青白く輝く女性に、誰一人として気づいていない。レオナは墓石へ近づく。そこにはやはり、一人の女性がいた。金髪を後ろで結び、大きな丸い眼鏡をかけている。しかし、透き通るその身体は、墓石を映していた。異様な女性の様子に、レオナは口をつぐむ。




