一本の葉巻
「少年まさかの2連勝っ!誰が予想できたか!こんな!こんな小さな少年が裏格闘技の野郎どもをぶっ飛ばして2連勝を叩き上げたぜーーっ!次の相手は誰だ!?誰がこの少年に挑む!もはやチャレンジャーは俺たちだぁーーー!」
ここにいる誰もが理解した。この少年は強い、と。
沸きに沸く会場を背に、そのまま少年は師匠のところへ嬉しそうに駆け寄った。
「どうです師匠!2連勝もしちゃいましたよ!」
先ほどまで自信が無く怯えていた様子ももうまるでない。
自分が戦って、そして勝利した。
その喜びを一人では表現しきれずに師匠の反応をせびっている。
だがその瞬間、背中から殺気を感じた。
今までで一度も感じたことのない、あまりにも異様な殺気を浴びせ続けられている。
(生きてる……。まだ、生きてる……)
震えと汗が止まらない。
まるで背中から何度も心臓を突き刺すような感覚。
気がつけば、リングの上にいつの間にか一つの影が立っていた。
実況が慌ててマイクを握り直す。
「誰かいつの間にリングに上がってるじゃねーか!ここじゃ見ねー顔だな!?今度のチャレンジャーはだれだぁーーー!?」
上下を黒でそろえた格好とスキンヘッドは、その男の血の気の無い青白い肌をよく目立たせた。
そのあまりにも大きな目は、人間のそれを感じさせない不気味さを放っている。
左手には果物ナイフにも見間違うような小さなナイフが握られている。
『ん?こ、こいつは!?裏社会でも有数の殺し屋、通称"解体屋"!なんでこんな闘技場にいやがんだぁーー!?』
実況が戦慄する中、解体屋は不敵な笑みを浮かべ、リング下でパイプ椅子に座る男の方へ目をやった。
どんどんと少年の息遣いが荒くなっていく。
(殺気……。大丈夫……それだけ。まだ、なにもされてない……。息、息しなくちゃ……。後ろ……見れない。振り向きたくない……!)
これから起きる避けられない未来を実感させる。
(嫌だ……、死ぬ、死んじゃう……!だれか、助けて……)
ガシッ!
師匠の大きな手が少年の小さな手を包む。
「よくやったな悠真。交代だ、降りろ」
いつにもない優しい笑顔だった。
少年の顔から恐怖の色が消えていく。
師匠と手をつないだまま少年はリングを降りた。
『逃げた!?逃げたか少年!?いやむしろ賢明な判断だ!さすがに相手が悪い、これはしゃーねーよ!』
少年がベンチに着くのと同時に、師匠はただ一回のジャンプでリングまで軽々と飛び乗った。
「で、でたぁぁあああ!あの男だ!解体屋、この男のムカつく鼻をへし折ってやれぇーーー!」
会場の盛り上がりはピークにまで上り詰める。
「人様の弟子にちょっかい出しやがって」
「おや、その少年を殺さないとあなたと戦えないかと思いましたのに」
男に解体屋の話を聞いている素振りはない。
「ほんとはアンタに賭けてわざと負けた方が儲けられるんだが、弟子の前だ、カッコつけさせてもらうぜ」
男はいつもと変わらないニヤケ顔で話している。
やはりいつも通り、相手の話など大して聞いてなさそうだ。
「先週この闘技場でバカみたいに強い男が暴れたと聞きましてね。ダメ元でやってきたらビンゴ、あなたですね」
解体屋はなおも不敵な笑みで語りかけるが、師匠は依然として興味無さそうに鼻を鳴らすだけだ。
2人の会話を気にせず実況が鳴り響く。
「今回の試合はまさにバケモノ同士の戦い!かたや裏で名前を知らないものはいない伝説の殺し屋"解体屋"!積み上げた屍の数は万はくだらない!世界政府も手を焼く超S級の犯罪者!まさにレジェンド・オブ・レジェンド!この闘技場史上間違いなく1番のビッグネームです!」
師匠が小さくつぶやいた。
「伝説……ねぇ」
『対するは先週我々の闘技場でめちゃくちゃやってくれた悪魔のようなこの男!流派不明!素性不明!つーか名前すら知らねぇーー!だが1つだけ言えることがある!この男は強い!』
「私にはあなたの気持ちが分かりますよ。退屈なんです。誰も彼もみんな弱っちぃ。だけど今夜、あなたとならいい殺し合いができそうだ」
その言葉に、初めて師匠が明確な反応を示した。
いつも笑みを浮かべていた顔からスッと温度が消える。
「悪いけどそりゃ無理だな。俺からしたらぶっちゃけお前さんもここの奴らもあんま変わんねーし、正直赤子と比べてもあんま変わんねーな」
これまでのどこか余裕のあった解体屋の笑みが、激しい怒りとも見える異様な笑みへと豹変した。
「私を赤子……?ふふふ、いつもはすぐ死なないようにナイフを使うのですが、あなた相手なら最初から本気を出せそうだ!」
解体屋はナイフを納めると、腕を大きく開いて少し上げた。
「赤子にこんなことができるかな?!政府の奴らにだって通用するこの技で殺してくれる!」
その瞬間だった。
さきほどの比ではない、重く泥濘んだ塊のようなドス黒い、嫌なオーラが辺り一面に充満していく。
ベンチで見ている少年の胸に、強烈な吐き気がこみあげてきた。これほどの嫌な気配は、生まれて初めて経験するものだった。
(うっ、うぇ。これだけ離れてるのに……。同じ空間にいたくない……)
『ここは裏闘技場!解体屋よ、別に殺したって構わねぇ!むしろやっちまぇええ!』
実況が狂ったように叫ぶ。
(師匠は本当に先週何をしでかしたんだろう。ここまで会場中から嫌われるなんて相当だと思うんだけど……)
少年が震えながらそんなことを考えていた、次の刹那。
リング上の師匠が、大きくふぅーっとため息をついた。
たったそれだけで、場内を支配していた気配が跡形もなく消え去ってしまった。
しばらくの静寂が訪れる。沈黙を破ったのは師匠だった。
「おいおい、なにをするかと思えばただ突っ立ってるだけか?赤子でも泣いたり喚いたりまだなにかするぜ」
解体屋は動かない。師匠がただゆっくりと歩み寄る。
『おおっとここで悪魔の野郎が動いた!歩み寄る野郎に対する解体屋はじっと迎え撃つ!』
師匠は真っ直ぐ歩み進め、ついに男の目の前にまでたどりついた。
『両者間合いの中!それでもお互い汗ひとつかかずに膠着状態!これが!これが達人同士の戦いというやつかぁあーー?!』
目の前の男を見上げ、師匠はつまらなそうに呟いた。
「おっと、赤子は立てなかったな」
そっと男の額に向けて、大きな手を近づけていく。
『またしても先に悪魔の野郎が動いた!この手が触れた瞬間に戦いは大きく動くのか?!』
「ほい、おすわり」
本当に、そっと額を指先で押しただけだった。
だが、あの解体屋と呼ばれた男は、糸が切れたようにそのままお尻から後ろへと倒れ込んでいった。
「これで赤子以下だな」
『お、おわりぃーー?!これで終わったのか?!なんということだ!解体屋、何も出来ずに撃沈ーーーーー!達人の戦いはこれっぽっちもわかんねーぜーーーー!』
あまりのあっけなさに実況がパニックになる中、師匠はすでに興味を失ったようにリングを降り、少年の元へ歩いてくる。
「おら、行くぞ悠真」
そのまま師匠の大きな背中に連れられて、少年は会場を去ろうとする。背後からは興奮冷めやらぬ実況の叫びが追いかけてきた。
『少年!あんた最高だぜーーー!あんた一人ならまたいつでも来てくれよなーーー!』
「いや、来ないですからね」
少年は盛大に呆れた顔をしながら、心の中で呟いて闘技場を後にした。
(まただ。師匠のちゃんとした戦い見れたことないや……)
二人の居なくなった会場のリングには、未だに解体屋が残されたままだった。
実況がマイクを置いて、恐る恐る男の元へと近づいていく。
「おい、大丈夫か?」
覗き込んだその一瞬、実況の目に映ったのは、大量の冷や汗にまみれ、大きくやつれ果てた解体屋の姿だった。
(威圧すらされなかった。なんだ、ただそこに居るだけの怪物に、私の本能が負けを認めたのか……。あの時私に、汗一つかく自由はなかった……)
男の絶望を知る由もなく、夜の路地裏を二人の影が歩いていく。
「師匠、このお金どうするんですか?」
「そうだなぁ、久しぶりにちゃんとした宿に泊まって、美味い飯でも食うか!」
「ほんとですか?!あ、それと今日ちゃんと勝ちましたし、約束通りそろそろ次の新しい修行、つけてくれますよね?」
少年が目を輝かせて見上げると、師匠はニヤリといつもの悪巧みのような笑みを浮かべ、懐から1本の立派な太い葉巻を取り出した。
「おうよ、ちゃんと考えてある。……よし悠真、次はこの葉巻の煙を真っ直ぐ伸ばす修行だ!」
「ええーっ!?吸うものが豪華になっただけで、修行内容まったく変わってないじゃないですか!ただ高いやつ吸いたいだけでしょ!」
「バカ言え、道具の格が上がればモチベーションも上がるだろ。これも大事な精神修行だ」
「ただの屁理屈だーー!お金がもったいないです!てかいつ買ったんですか!」
文句を言いながらも、少年の足取りはどこか嬉しそうだ。二人の賑やかな声は、夜の闇の中へと心地よく消えていった。
(やっぱり僕の師匠はろくでもない人だ)
最後までお読みいただきありがとうございました!
全4話、これにて完結です。
もし『悠真の戦いが面白かった』『師匠のクズっぷりが良かった』『師匠がかっこいい』と思っていただけたら、
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