街夜の少年
夜の路地裏で1人の少年がいる。
少年は火のついた煙草を手に持って、真っ直ぐ立ち上る煙に集中していた。
不思議な輝きをまとった煙は、風が吹くと次第に散ってしまった。
「うー。風が吹くとやっぱりダメだこりゃ」
暗闇から声が聞こえる。
「おーい、悠真!待たせたな」
相手はお酒の匂いをまとった彼の師匠だった。
「師匠!おかえりなさい、僕一人こんなとこに置いてって、どこいってたんですか!」
「ちょっと野暮用だよ」
「お酒臭いですけど、もしかして飲んでました?ただでさえお金ないのに……!」
少年は師匠に向かって睨むように見上げる。
「師匠を疑うなよ。それよりちゃんと修行さぼらずやってただろうな」
「はぐらかした!師匠に疑われるなんて心外ですよ。それよりずっとこの修行ばっかで、そろそろ他の修行したいんです!それにさっき煙吸っちゃいましたよ」
「まぁそんなこたぁ気にすんな。それよりいまから行くとこがあんだ」
「またはぐらかして。今日はどこですか?」
「行きゃわかる」
夜の闇と静寂に包まれた中、少年と男が町を歩いている。
男は革のジャケットに赤みがかった金色の長いオールバック、彫りが深くなり少しシワがつき始めた顔にはゴーグルをつけ、グローブをはめた手には鉄パイプを握っている不思議な格好をしながらずっと小さな笑みを浮かべている。
それとは対照的に、男の腰ほどしかない小さな少年は、使い古されてはいるが、綺麗に手入れされた白いシャツとショートパンツを身にまとっていた。
少年は不安げな表情を浮かべ師匠に声をかける。
「ねぇ師匠、ずっと歩いてますけど、こんな夜更けにどこ行くんですか?」
「特訓だよ、初めての実践訓練だ」
「こんな夜中に実践訓練とか不安なんですけど」
「ちょいと金儲けがてらな。もう少し行った先の裏路地に裏闘技場がある。そこで特訓ついでにファイトマネーをちょうだいするのさ」
少年は言葉を無くし、男に冷たい視線を送る。
「なんだよ、初めての実践訓練なんだ、もっと喜べよ」
男の笑みは崩れない。
「だって、裏社会ってことなんでしょ?その、心配っていうか......。無理ですよ、僕には......」
男は少年の弱音を大きく笑い飛ばした。
「大丈夫だよ、ちょうどよさそうなところを探しといたからな。お前はもう最低限のオーラの扱いができてる、少し自信を持ったほうがいい」
(この人のちょうどいいは心配だ、信じちゃダメな気がする)
「ずっと基礎修行しかしてこなかったし、ろくな技なんて1つしか教えてもらってないですよ。そんな状態でいきなり実践だなんて」
少年は肩をすぼめてシュンとしている。
「仕方ねーだろ、才能ねーんだし。いまは基礎を固めたほうがいい」
「今のは才能あるよとかって慰めるタイミングでしょ!けなしてどうするんですか!」
少年は勢いづいて師匠にムスっとした顔を見せつけた。
「そうだな、今日勝てたら次の修行をつけてやる」
「……。信じていいんですね?言質とりましたからね?」
「まったく、少しは師匠を信じろよな」
しばらくの沈黙のうち、少年が思い切ったように口を開く。
「てか師匠、そこ行ったことあるんですか?!」
「あたぼーよ、行かなきゃわかんねーだろ。そこは闘技者の割にはファイトマネーがいいし、毎週やってるのも助かる。いい稼ぎになりそうだ」
しばらくの静寂ののち、男が思い出したかのようにニヤリと口を開く。
「あ、そうそう、向こうの連中にはお前が弟子ってことは隠す。まぁそういってもどうせいつもの癖で『師匠!』って呼ぶだろうから、そこは俺に考えがある」
「なんで隠すんですか?」
「弟子を思ってさ。そのほうが勝てる」
「わかりましたけど、変なことは嫌ですからね?」
「俺もたまに裏闘技場にいって荒稼ぎしてるからよ、どうしても俺の弟子ってなると警戒されちまう。まぁ俺はちゃんとそのことまで考えて、同じところで暴れるのは十数年に1回ってしてんだけどな」
小さく歓声が聞こえる。どうやら闘技場の近くについたようだ。
「ねぇ師匠、ちなみに前回師匠がここに来たのっていつですか?」
男は少年の問いに答えることなく、目の前の重い扉をあけて中に入る。
「先週」
入口の近くにいた人たちが腰を抜かしながらも、必死に逃げていく。
さっきまで賑わっていた会場が嘘のように静まり返り、恐怖に震えるパイプ椅子のきしむ音だけが聞こえた。
「師匠、さっき十数年に1回って……」
「細かいことは気にすんな。それに、それは俺が暴れる場合。今日はお前が暴れるからいいんだよ」
すべての視線が男に集まる中、唯一、怯えながらも近づいてくる人がいた。格好からしておそらくここの責任者だろう。
「ちょっとあんた!先週出禁にしただろ!」
(なってるじゃん、出禁……!)
少年が心の中で思う。
男が責任者のほうを向くと、責任者のさっきまでの勢いはまるでなくなった。きっとやっとの思いで振り絞ったのが、さっきの言葉だったのだろう。
「ほんま、勘弁してくださいよ……」
責任者は怯えた笑顔で、ごまをするように話している。
男はそんな責任者の肩に、ガシッと腕を回しかけた。
「わりぃわりぃ、ちょっとそこで見どころのあるガキを見つけてよ!さっき弟子にしたんだ!出るのは俺じゃない、いいだろ?」
(あー、そういうことですか。そういうことするんですね)
少年は呆れた目で男を見る。
「は、はは。い、いいですよ。あなたがおとなしくしてくれるなら、はは......」
ひきつった笑顔が、断りたくても断れなかったことを物語っていた。
「おいガキ!名前なんてんだ!」
「ゆ、ゆうま......です」
「じゃあ今日は頑張ってくれよ!悠真!」
そう言って男は、少年をベンチのほうへ連れていく。
静まり返った会場のあちこちから、ひそひそと観客たちの会話が聞こえてきた。
「おい、見ろよ、先週現れた悪魔だぜ」
「噂じゃ何百年も生きてるって話だ」
「歴史にかかわる大事件のすべてに関わってるって俺は聞いたぜ」
「なんでも、神に嫌われていて教会や神社みたいな神聖な場所には入れないそうだ」
(みんな師匠のこと言いたい放題言って……)
少年が不服そうにしていると、男はベンチにどさりと座り、言葉をこぼした。
「くそったれ、あることないこと言いやがって......。あれ、あることしか言ってねーな、ダハハ!」
「師匠?!」
「......冗談だよ」
めずらしく男の顔から笑みが消えていた。
すると今度は、観客たちの矛先が少年へと向く。
「おい見ろよ、あんな可憐な女の子まで生贄に連れてきやがった」
「いや、よく見ろ、男だ。どちらにせよ、あんな細い子を……やはり悪魔か」
「もったいねぇよな。あれだけ可愛けりゃ売れば高くつくぜ」
少年はまたしても不機嫌そうな顔をする。
「気にすんな、とっとと稼いで帰んぞ」
男がぶっきらぼうにそう言うと、少年の目に元気が戻り、そのまま気合を入れ直してリングの上にあがっていった。




