【7】雨模様の聖女
――――会合の前にその国の神子の歓迎を受けるのは定例行事らしい。私たちもその順番を緊張しながら見守る。
「ソーレ王国聖女御一行、どうぞ」
そう告げた案内の騎士には既視感がある。
「あの、以前ソーレ王国で……」
「覚えていらっしゃいましたか。ツィーと申します」
うん。その髪と瞳の色、本で見た蜥蜴獣人とも少し違うカメレオンの尾。3年前、アデン殿下の騎士として同行していた彼だ。
「あの頃は金髪でいらっしゃいましたが」
「……っ」
しまった。あの頃はアナスタシアとして会っていたのだ。
「ご心配なさらず。両国の契約通りにございます」
それってつまり両国は影武者の件を承知の上だった……?それともそもそもアデン殿下の婚約者は誰だったのか。ツィーは真実を知っている側なのだろうか。
「さて、時間も押していますのでこちらへ」
「はい!……すみません」
もしかしたらアデン殿下も銀髪になった私を『姫君』と気付いてくれるかもしれない。アデン殿下もツィーと同じように両国間で結ばれた秘密の真実を知っているかもしれない。
――――そうしたら……。
淡い期待を胸に神子の出迎えを受ける。
「ソーレ王国聖女のハトゥナ・ソーレさま御一行が参られました」
ツィーがそう告げれば、顔を上げるよう私たちにも合図が来る。
3年ぶりのアデン殿下。一体どのように成長されているのだろうか。顔を上げて不意を突かれる。あの頃のような蛇体を想像していたが、違う。今の彼は人間のような2脚の脚を組み、ソファーに腰掛けている。頬の鱗もない。
ゆっくりと、銀色の瞳が開かれる。
「そうか。ご苦労」
アデン殿下が短く告げる。
瞳も合わさず凍てつくような冷気を感じた。もしかしたら私と分からない……?いや……それもあり得る。
アデン殿下が影武者のことを知らされていなければ、アナスタシアと交流を築いておきながらアナスタシアに恥をかかされたかたちになる。そして私は初めて出会う……ただの隣国の聖女。
「次」
声をかける間もなく彼の冷たい言葉が耳朶を虚しく穿つ。
「聖女さま御一行をご案内してくれ」
ツィーが言えばこちらの神官たちがささっと案内をしてくれる。迷惑はかけられない。贈り物は直接は無理だったが神官たちが受け取ってくれた。
――――しかしながら、胸のもやもやは晴れない。
「……っ」
客室へ戻れば、バルコニーにひとりふらりと寄りかかる。
「うう……っ」
過度な期待はしてはならない。影武者だった頃散々胸に刻み付けたではないか。しかし影武者から自由になった瞬間、何を期待していたのだろう。
「ハトゥ」
アリーチェが羽織りをかけてくれる。
「中に入りましょ。雲が出てきたし、一雨あるかもしれない」
「……うん」
とぼとぼと室内に歩を進める。
「……いいのよ、こんな時くらい泣いたって」
「でも……っ」
泣かないって決めたのに。
「女の子はこう言う時は泣いてもいいの」
「こう言う時……?」
「今みたいな時よ」
アリーチェは多くは語らないが分かる。失恋……と言えばいいのだろうか。
その時私は、アデン殿下がこんなにも好きだったのだと知る。決して結ばれてはならなかったからこそ知らないようにしていた。知らないふりをしていたのに。
「わあぁぁぁっ」
いざ現実を突き付けられれば、どうしてこんなにも悲しいのだろうか。
「あぁぁぁっ」
アリーチェが私を抱き締め、まるであやすように背を撫でてくれる。
泣いた、たくさん泣いた。やっと自覚した気持ちはもう既に喪って元には戻らないと知ったから。いや……ずっとずっとそうだったのに。
アデン殿下はもう私を見てはくれないのだ。
すっかり陽が落ちようやっと落ち着いた頃にはベッドに寝かされていた。泣き腫らした涙袋を手鏡で確認すれば無惨なもので。
「聖女の力で……治るでしょうか」
「無理です」
お付きの神官から容赦ないひと言が飛ぶ。これは怪我や傷ではないからだろうか。
「ごめんなさい」
神官長さまの名代として来たのに、役に立てなかった。
「謝ることではありませんよ。我々は怒っているのです」
「それならなおさら……っ」
謝らなくては。せっかくみんな付いてきてくれたのに!
「ハトゥに怒っているのです訳ではありません。女の子を泣かせたルアの神子さまに怒っているのです」
「え……っ」
「私たちはハトゥの味方ですから」
そう言うとアリーチェや聖騎士たちも頷いてくる。
「だからこれは聖女のストライキですよ」
「ゆっ、許されるんですか?」
「もちろん。我々もたまにはストライキしますし。奉仕するものも労働をしているのですから、ストライキの権利くらいはあります」
そりゃあまぁ……奉仕でお給金も出ているので、タダ働きではもちろんない。
「ですからハトゥは部屋でお過ごしを。午後の会合には我々で行って参りますので。アリーチェ、泣き腫らした目元にはホットタオルですよ」
「はい。留守番はお任せください」
そう言うと神官たちのみ会合へ、アリーチェはホットタオルを持ってきてくれた。
「ありがとう……気持ちいいわ」
「うん、良かった」
「でもストライキか」
「何だか楽しそうじゃない」
た……楽しそうって。
「アデン殿下は……ストールを受け取ってくださったかしら」
「贈り物は確認されてるんじゃないかしら。もちろんうちの神官長さま基準だけど王子殿下でもあらせられる」
「そうよね……」
アナスタシアとは違いしっかりと公務も果たす性格だと思う。……そこら辺が変わってなければだが。
「もしも私がアデン殿下を救えなかったら……神官長さまに怒られてしまうかも」
「怒りはしないわよ」
「でも世界の危機かもしれない」
今度はどんな天災が地上を襲うのだろう。せっかく西部の民が元気になったのにまた悲しむひとが出てしまう。
「だったら神官長さまが何とかするわよ。あの方も神子なのだから」
「まるで神官長さまって何でもできるみたい」
「その気はあるわよ」
「ふふっ、そうかも」
「やっと笑ったわね」
おかしそうに微笑む声がしてそっとタオルを上げる。
「笑っている方がハトゥらしいわ」
「うん……私って感じがする」
影として脅えている私よりも、うじうじしている私よりも。ちゃんとこの世界で生かされているひとりの私である感覚がするのだ。
「アデン殿下とは関係の修復はできなかったけど、腫れが引いたら夜の会食は出るわ。神官長さまに今後のことを相談するためにも、しっかりとお役目を果たさなきゃ」
「今のハトゥなら、みんなもオッケーを出すわよ」
「うん……!私も胸を張って行くって嘆願するもの」
「じゃぁプチストライキは終わりね」
「うん」
短い反抗期とでも言おうか。
ゆっくりと休めたからかだいぶ心も身体も元気になってきた。
「それじゃぁ……ほら」
アリーチェがポケットから取り出したものに目を輝かせる。
「金平糖!」
「うん。東部の名物。持ってきたのよ。ハトゥが元気がなくなったら見せようと思って。もう元気になったけど……快気祝いよ」
そう言うと金平糖を指で摘まんであーんしてくる。そんなアリーチェの指からぱくっと金平糖をひとくち。
「うん……おいひぃ」
「美味しいものを食べると幸せな気分になるものね」
「分かる。私にもちょうだい?」
両手を差し出せばアリーチェが幾つか乗せてくれる。
その一粒を摘まんで……。
「はい、お返し」
アリーチェにあーんする。
「ふふっ、ありがたくいただくわ。あむっ、美味しい!」
「うんうん。アリーチェは本当に理想の女の子ね」
「そうなの?」
「そうよ。私が殿方だったらお嫁さんにしたいくらいよ?」
「じゃぁ行き遅れたらもらってもらおうかしら?」
「いやいやないって!」
家格もさることながらこの美貌と性格のよさ。絶対婚約希望者で引っ張りだこのはずなのに。
それでも自然に漏れ出る笑みに呑まれて、失恋の悲しさなんてどこかに飛んでいってしまったかのように、空は再び晴れ間を見せていた。




