【6】越境
――――西部はルアとの国境がある。災害復興の最中は南部に迂回して移動していたが今は西部を通りルアへと向かう。
「聖女さまがこんなところにまで」
「ありがたやありがたや」
「聖女さまだ!見て!」
道中慰問を行えば西部のみながとても喜んでくれる。災害から3年が過ぎたが全てが元通りとはまだまだいかないのに。
滞在拠点に戻れば一緒について来てくれたアリーチェが早速情報収集の結果を教えてくれる。
「そっか……手がかりはまだないのね」
「ええ。それにまだ西部には行方不明者が多くいる」
「……っ」
それなのにこれ以上情報収集などできはしない。まだまだ、還ることができないひとがたくさんいるのだ。
「ハトゥ」
「大丈夫よ、アリーチェ。リーシャはきっと無事で生きてる。それなのに私が弱腰じゃ怒られちゃう。だから……私は私にできることを頑張る」
明日、西部を抜け国境を越える。その行程でも西部の民を勇気づけるために慰問も頑張らなきゃね。
私は不安な気持ちを押し込めるように西部の民と交流し、握手を交わし感謝の歓声を受けた。
「うん。私も沈んでばっかりじゃいられないね」
西部のみんながこんなにも復興をいきいきと進めているんだ。
「アリーチェ、私ね」
「ハトゥ?」
「いろんな人に刺繍を習った。優しさをもらって、強さをもらった。西部の民には元気を」
私が彼らを元気づけないとと思っていたのに。いつの間にかもらっていたのは私だった。
「頑張るよ。聖女として、ルアでもできることをする。いつかリーシャに胸を張って会えるように」
「ええ。私も応援する。そう言う前向きなハトゥが私は大好きよ」
「……うん!私もいつも応援してくれるアリーチェが大好き!」
「ふふっ、お揃いね」
「うん、お揃い!」
――――明くる日、西部の民の慰問を続けながら、私たちはルア王国に入国する。
9歳の時は周囲の景観も出されたご飯も楽しむ余裕がなかった。けれど今はアデン殿下の国を見たい。食事を知りたい。ひとを知りたい。
「聖女さま、我が国へようこそ」
「この町を訪れてくださりありがとうございます、聖女さま」
一番驚いたのは獣人の民がみな親切だったこと。西部の民のように歓迎してくれた。
「歓迎ありがとうございます。その、ついでに獣人についてお聞きしてもいいでしょうか?」
「我々のことをですか?分かることでしたら喜んで」
「で……では、その、みなさまの中でも半冬眠の方もいらっしゃるのでしょうか」
「自分はクマ獣人ですから。少しだけ眠気があり睡眠時間は増えましたね。けれど……聖女さまが来てくださりこの通り、ぱっちり目が覚めましたよ」
そう言ってハッハと笑う。
元気そう……ってことはアデン殿下もお元気そうにしているだろうか。いや、神官長さまは限界だと言っていた。元気づけるのは私の役目だ。
クマ獣人の青年にお礼を言いつつ、幾つもの街を越えて、私たちは遂にルア王国王都に辿り着いた。
歓迎してくれたのはルア王国王都の神殿だ。到着後は滞在する客室で休んでから明日から会合となる……。
客室ではアリーチェと同室にしてもらえて、近くにも補佐の神官や聖騎士たちが部屋を割り当てられた。
「アデン殿下とはいつ会えるんだろう」
「確か会合の前にその国の神子や聖女がもてなすために挨拶に赴けるはずよ。ルアは神子だけのはずだから挨拶に応じるのはアデン殿下のはずだわ」
「そっか……その時に」
刺繍したストールを渡そう。ストールはソーレ王国からの贈り物として申請してあるから挨拶と共に補佐の神官たちが渡してくれるはず。
「でも……何を話せばいいのか。アナスタシアはアデン殿下にとても失礼な対応を取ったのよね」
「ああ……あの時のことよね。私も見たけれどアデン殿下はアナスタシア王女に見向きもしてなかった気がするわ」
「え……?」
それは意外な言葉だった。
「私が……本物のアナスタシアがアデン殿下に挨拶にも来なかったのに?」
「妙よね。当時は私もアナスタシア王女が援助のお礼としてアデン殿下と交流しているものとばかり思っていたわ。でも本当は全てハトゥがやっていたのよね」
「ええ。それなのに全く態度が違う上に援助してくれた国の王子に挨拶もしないだなんて」
本当なら援助が打ち切られたかもしれないのに。けれど西部に降り注いだ天罰は王妃が元凶とはいえアデン殿下がショックを受けたがゆえに天が課したもの。だからルア王国は援助を打ち切らないでくれた。
「もしかしたら……」
「アリーチェ?」
「いえ、私がハトゥに抱いた第一印象よ。城ではアナスタシア聖女誕生が囁かれた。みんな妙だと感じていたところに、私は神殿でハトゥと出会ったわ」
「ええ。そうだけど」
「影武者だと気が付いていたとしたら」
「……っ」
「本物を見ても見向きもしなかった」
「けどそれじゃぁ……逆では?」
普通は影武者に見向きもしないはずだ。
「あのパーティーでのアナスタシア王女を影武者だと思っていたんじゃないかしら」
「あり得なくもないけど……」
「或いは」
「ほかに何か可能性があるの?」
「アデン殿下の婚約者って本当にアナスタシア王女なの?」
「……え?」
「神官長さまの言葉、覚えてる?神殿は聖女が誕生したことを報じたけど名は明かさなかったのよ。私もお父さまに確認したけど……宰相だからかしら、完全に口は割らないけど確実に何かがあるわ」
アリーチェは何か確信めいたものを感じているように見える。
「ソーレ王国の王女がルア王国のアデン王子と婚約をした……だとしたら?」
「……っ」
いや……まさか。さすがに援助をしてくれたルア王国を騙すようなことはしないはずだから、ルア王国側は真実を知っていた可能性が高い。
「でも私はアナスタシアの影武者として婚約者の役目を果たした。それが王妃やアナスタシアから身を守るためだとしたら有り得なくもない……けど」
「確実な確証はない」
「今回も王宮からは聖女の役目を果たすようにと言う任務しか与えられていない」
「私もお父さまからは聖女のお付きとして役目を果たすようにとしか言われていないのよ」
「だから王女として、どの王女が婚約したのか。それを確定するのは今の状況では足りないわ。そして私には……」
神官長さまの言葉が気にかかる。
「アデン殿下のご心痛を少しでも取り払ってさしあげないといけない」
「そうね……。それが国として……いえ世界としての責務ならば王女としてよりも聖女としての務めが最優先されるのは分かる。かつての西部の大災害……詳細を知っている?」
「大体のことは知ったけど」
「それじゃぁ天罰がどうやって鎮められたかは?」
「いや……具体的なことは分からないわ」
自然に収まったか、天罰もこれくらいでよしとなったのか。
「神官長さまと言われているわ」
「え……?」
「聞いた話だとあのひと、歳を取っているのかも怪しいわ。名前を変えて神官長を交替してるけど多分全員本人だわ」
確かに名前だけ変えて神官長は本人のままだった。
「世界中の神子を集めたってそんなことができるのは多分……あの方だけよ。神官長の助言を受けて治まったって話よ」
「本当にそれなら何者なんだろう」
「神子である事実は変わらないわ。その神官長からの任務ならば絶対に失敗できないわ」
「うん……まずは聖女として」
髪色も違う。影武者としてではなく聖女として彼に会いに行く。そしてひと言……謝りたい。その気持ちを込めて刺繍もしたのだ。
「アデン殿下……会いに行きますから」
私は思いを確かに握り返し、心の感触を確かめた。
大丈夫よ。私はひとりじゃないってもう知っているから。
――――明日、アデン殿下と再会する。




