【8】ルアの蛇神子
ホットタオルのお陰か、何とか目元の腫れは治まり会食への参加にはオッケーが出た。
会食ではソーレ王国のメンツの席など国ごとにまとめて用意してあるものの、おのおの席を立ち挨拶や会合の話の続きもしているようだ。
「初めまして聖女さま」
「私も聖女なのよ。分からないことがあったら聞いてね」
「神官長さまによろしくお伝えください」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
会合に姿を見せなかったからか、私の席にはこぞって他国の聖女や神官たちが挨拶に来てくれた。
「私からも行くべきよね」
「ではこの後回りましょうか」
お付きの神官が挨拶をしていない要人と席をピックアップし、アリーチェも頭にいれている。相変わらず優秀すぎる親友である。
「ソーレの聖女」
その時今までとは明らかに違うきつめな呼び掛けに驚く。そこにいたのは獣人の神官の少女だ。年齢は16歳ほどだろうか。耳は……犬系だろうか?
「会合の時は姿を見せなかったくせに、会合にはおめおめと姿を現すなんてどういうつもり?」
「その……っ」
「聖女さまはお加減が優れなかったのです」
言いよどめばお付きの神官がピシッと告げる。こう言う時、大人が付いていることのありがたさを痛感する。いや、今までの道中だってホットタオルのことだってそうだ。
「そんなの言い訳じゃない」
言われてみればそうかもしれないけど……。
「アンタのせいでアデンさまがどれだけ傷付いたか」
「えっ」
アデン殿下が傷付いた……?
「アンタたちの礼儀をわきまえない行為にアデンさまは不快感をあらわにしているわ!」
そんな……っ。ルアの礼儀作法なら以前叩き込まれているから粗相はないはずだ。さらには神殿としてのマナーもお務めを通して学んできたはずなのに。
「平気なツラしてのこのこといい気になっているんじゃないわよ!」
ずいと獣人の神官が向かってこようとして慌てて聖騎士たちが制する。
「どきなさい!ここはルア王国よ!弁えなさい!」
「弁えるのはお前の方だ」
その時響いた不機嫌そうな声に一同がハッとする。
「会食の場で何を騒いでいる」
そこに現れたのは午前と同じく人間風の脚のアデン殿下だ。
「それはそのっ」
獣人の神官がしどろもどろになる。
「私はアデンさまのために!」
「は?」
「ソーレ王国からの贈り物に不快感をあらわにしていたではないですか!」
贈り物の中に失礼なものを……?いや、ルアの国情を鑑みて無難な特産品を込めたはずなのに。それとも私の贈ったストールがいけなかったの?
「何の話だ」
「え?」
彼女にはそう見えてアデン殿下にはそうではなかったってこと……?
「アデンは最近大体こんな顔してるからね。そう見えたとしてもおかしくはないが……だからと言ってソーレ王国の聖女に無礼を働いていいわけではないだろう」
そう告げたのはアデン殿下の側に控えるツィーである。
「無礼を働いたのはソーレの聖女の方です!」
「そうなのかな?アデン」
「いいや」
アデン殿下が首を横に振る。
「無礼を働いているのは明らかにお前だ。それに……俺の名を呼ぶ許可は出していない」
神子以上にこの方は王子殿下なのだ。気軽に呼んでいいお方でもないし彼女との間にそこまでの関係があるとも思えない。
「この無礼な神官をすぐに神殿から叩き出すように」
「そんな……っ、私はっ」
「二度と神官を名乗ることを許さない」
その宣言はまさに追放である。それも神子からとなればどの国の神殿も受け入れない。
「そんな……っ、お許しを!アデンさ……っ」
「くどい」
先ほど呼ぶなと言われたのに。
「私はあなたさまの番だと自負しております!」
番……?確か獣人は男女の運命的な結び付きをそう称する。
「お前の独りよがりだ。俺の番は……ハトゥナだけだ」
「……私」
私だけ……?私がアデン殿下の番なの?
そしてアデン殿下はやはり私のことを影武者でもなく姫君でもなく……ハトゥナだと知っていたのだ。
「そんな……私はこんなところで終わる獣人では……っ」
彼女は地位や名誉が欲しくてアデン殿下の番を自称したのだろうか。
「同じことを二度言わせる気か」
「今すぐに」
獣人の聖騎士たちが彼女をこの場から引きずり出す。
「ま、神子で王子だからね。優良物件だからこそ勝手に番を自称するものは多いんだ」
ツィーが困ったように告げる。
「だからこそ一番優先されるべきは我が王子の本能」
つまり先ほどの言葉こそが本当の番を宣言したと言うこと。
「……少しいいか」
「は、はい!」
アデン殿下に促され、宴会の場から少し離れた庭園に案内される。護衛やツィーは付いてきているのだろうが、気を遣ってか姿は見えない。
静かな冬空の下に、2人の静寂が重なる。
「ハトゥナ」
「はい、アデン殿下」
「……ずっと会いたかった」
「……っ」
あの時の凍てついた目じゃない。今はどこか芯の籠った目。
「アデン殿下は……私が姫君として会っていたハトゥナだと知っていたんですね」
「ああ。ハトゥナの命を守るためだと国同士で密約が結ばれていたんだ」
そしてそれは当事者の私にも隠されていた。
「俺の番はハトゥナであり、ハトゥナが婚約者だ。今も昔も……ずっと」
「では……アナスタシアのことは?その、彼女はあなたに失礼なことをしたでしょう?」
「どうでもいい。眼中にない」
その冷たい言葉はそれが真実であることを告げる。
「だけど……当時の私はアナスタシアの影武者としてあなたに会っていたから、あれ以来会うことはできなくなった」
「それでも忘れたことはなかった」
アデン殿下が取り出したのは私が刺繍したハンカチだった。
「あのストールもハトゥナが刺繍してくれたのだろう?」
「うん……少しでもアデン殿下を元気付けたくて」
私が周囲にしてもらっていたように、アデン殿下を救いたかった。
「……俺を」
「落ち込んでいるかもしれないと思ったから。私たちの間にすれ違いがあったのなら仲直りがしたいと思ったから」
「すれ違いなんてない」
アデン殿下がそっと私を抱き寄せる。
「あったのは……ただ会えない辛さと苦しさだけだ。獣人は番と分かった相手と離れることが苦痛なんだ」
「……ごめんなさい」
「ハトゥナが謝ることじゃない」
「けれど気が付いてあげられなかったから」
顔を上げれば、何だか泣きそうな顔がある。
「嫁げるまで、あと4年ね」
子を作れるのは18歳からだが、王族や貴族は妃教育や花嫁修行のため16歳から嫁げるのだ。
「それまで待てる?」
「……決まりだからな」
「あなたが寂しくないように手紙を書くわ。刺繍の贈り物も送る。会える機会があるのなら今度こそ……」
何も言わずにあなたの元から去りはしない。
「ああ、会いに行く」
「私も聖女の務めはあるけど……神官長さまの知恵を借りに行くわ」
多分神官長さまなら最適解をくれそうだから。今、この時のように。
「アデン殿下」
「……殿下はいらない。ハトゥナ」
影武者でもない、姫君でもない、私が私である証を呼ばれる。
「……アデンさま?」
「呼び捨てでもいい。むしろ俺も了解を取っていなかったな」
「ハトゥナでいいわよ」
「では俺も」
「……アデン?」
「ああ。それでいい。久方ぶりにハトゥナと会話できることがこの上なく幸せだ」
「私もよ」
嫌われたと思った。失恋したと思った。でも違ったんだ。アデンは今もなお優しい、私の大好きなひとだ。
「そう言えば……もう2本脚にできるのよね」
「お陰さまでな」
「頬の鱗は?なくなっちゃったの?」
「いや、蛇体に戻ればまた……。だが見たいのか?」
「私はアデンの頬の鱗も蛇体も好きよ」
「……っ。いっそ蛇体で来るべきだったか」
「む……無理することないわよ!」
会食場じゃぁ動きづらいだろうし。
「無理なんてしてない。ハトゥナが望んでくれるのならそのままの俺でいたい」
「私もよ」
影武者でもなく姫君でもなく、ハトゥナとしてアデンといたいもの。
「早く16歳になれないかな」
「きっとあっという間だ。じゃないと俺は寂しくてどうにかなってしまいそうだ」
「なら気合いをいれないと」
「気合いでどうにかなるものか?」
「知らないの?お針子の必殺技よ」
納期前は気合いで仕上げるんだから。
「お針子か……そうだ。ハトゥナ。ハトゥナに会わせたいひとがいたんだ」
「私に会わせたい人……?」
「ああ。今夜はもう遅いからツィーに怒られてしまうかな。だが明日、帰国前に会えるように手配する。だから寝坊するなよ」
ニィッといたずらっぽく笑むアデン。
「逆に寝られなかったらどうするのよ」
「なら夜、よく眠れるお茶を届ける」
「……っ、うん。分かったわ」
それも楽しみでさらに眠れなくなったらどうしようかと思ったのだが、アデンの言った通りぐっすりと眠れるお茶だった。




