【4】偽者と本物
――――季節は冬だ。
だがそれでも逞しくあれるのは冬生まれの証。昔市井にいた頃、亡くなったお母さんが教えてくれたこと。
「手袋……は手のサイズが分からないと難しいか」
帽子もしかり。そもそも蛇獣人に何を贈るのが正解なのだろう?
「よし、書庫に行こう」
聖女のお務めを済ませ、ベールを纏ったまま書庫に向かう。王宮の教育係たちからは解放されたが、知識への探求心は逆に増したように思える。
「今は好きなことを学べるのよね」
手に取ったのは獣人に関する本だ。王宮では本も教育係が選んだからルアの歴史や礼儀作法の本ばかりだった。
「こうしてみると色々な獣人がいる」
猫獣人、熊獣人、蜥蜴獣人、鳥……獣人?まあ彼らがそう見なしているのなら私に文句を言う権利はない。
「ええと……まずは蛇獣人のページね。蛇獣人は半冬眠する」
完全な冬眠ではないが冬は眠気が増すようだ。
「ついでに寒いのも苦手なのか」
なら温まるものの方がいいだろう。
「うーん……腹巻き……いや腹巻きを殿方に贈るのはどうなのかしら」
「それはかなり特殊ですわね」
横から響いた声にハッとする。見れば淡い水色の髪にアメジストの瞳の美少女が立っていた。
「アリーチェ!?」
彼女は光魔法が使えるから神官の修行をしているがれっきとした貴族令嬢だ。纏う気品がまさに別世界なのよね。
「ええ、そうよ。ハトゥ」
ここのみなは私をそう呼ぶ。聖女はアナスタシアと言うことになっているが、アリーチェのように貴族もいるのだ。性格が全く違うことでアナスタシアではないことくらいすぐにばれてしまう。
それでも何とかやっていけているのは王妃が塔送りになったとかアナスタシアが部屋に缶詰めだとかでキナ臭い噂を聞くせいだろうか。
……これも神官長さまの予言通りってこと?
「いつもはお針小部屋に籠っているのに、珍しくこちらにいるのね」
「それはその……」
こちらにも祭服や祭具の仕立てやお直しのためにお針子がいる。私の趣味を大事にしてくれている神官長さまが許してくれてそちらも手伝ったり練習に行ったりしている。
「たまには書庫の本も借りてるのよ?刺繍の図案とか裁縫の本とか」
「ほら、やっぱり刺繍じゃない。でも今日は……ルアの本を読んでいるのね」
「うん」
本当はずっと触れられずにいた。勉強で習うことはあれど、アデン殿下を思い出すのが辛くて。でも今は違う。
私はアデン殿下に近付きたい。
「その、贈り物をしたいのよ。獣人の方に」
「それなら獣系によるわよね。ええと……蛇獣人?」
「変な意味じゃないわよ!?」
「ふふっ。分かっているわよ。それでも忘れないで」
「アリーチェ?」
「私たちは知っているわ。本当の聖女を。誰が西部を救ったのか。だから」
「……」
私が救った……か。救いになったことは知ってる。
真実はリーシャたちやここのみなしか知らないけれど。
「そうね……あちらで喜ばれるとしたらストール……なんてどうかしら。貴人向けにも喜ばれるわ」
「ストールを纏ったアデンで……い、今のは聞かなかったことにして!」
ついつい脳裏にその姿が浮かび慌ててしまう。
「あら?聞かなかったことにすれば忘れなくてもいいのね?」
「お……覚えておいてどうするの?」
「時々思い出してかわいいハトゥを堪能するのよ」
「か、かわいいって……その、」
顔立ちはアナスタシアに似ているが、その形容詞は正しいのか自信がない。
「そんなことは」
「あるのよ」
アリーチェの両手が私の量頬を包む。
「自信を持って。そうすれば刺繍にも現れるわ。貴族令嬢はお針たちの自慢のドレスを纏うんだから」
「そっか……うん、そうだよね」
改めて学ぶことになるとは。
王宮のお針子たちも自信を持ってやっていたじゃないか。
「ありがとう、アリーチェ。私、ストールにするわ」
「ふふっ。どういたしまして。頑張ってね」
アリーチェに手を振り早速お針子の作業部屋に入れば今日は何だか気合いが違うと言われてしまった。アリーチェのお陰かもなぁ。
「よし、頑張るわ!」
ストールの刺繍。範囲は広いがアデン殿下のためだもの。
「もう少しだけ待っててね」
私の気持ち、きっと届けるから。
※※※
――――side:王宮
「ちょっと、私はいつになったら出られるのよ」
王宮の自室でアナスタシアが憤る。
「聖女の修行中、ずっとです」
答えたのはアナスタシアや王妃の子飼いではない国王の直属の近衛騎士だ。
「ずっとっていつまでよ!?」
「聖女なのですから聖女である間、ずっとです」
「じゃぁ死ぬまでってこと!?」
「死ぬまで聖女ならそうなります」
「嫌よそんなの!欲しいものも買えないし外にも出られない!そうだ……貢ぎ物は!?聖女なら貢ぎ物を得られるはずよ!」
「聖女に貢ぎ物などありません。聖女は施すものだからです」
「そんなの聞いてないわ!」
「けれどあなたは聖女なのでしょう?」
「そうよ!私は聖女……そうだ、なら神殿になら行けるわよね!?」
「まあお務めをこなすために行かねばなりませんね」
「なら行くわ!だから外に出しなさい!」
「そう言うことでしたら」
アナスタシアはほくそ笑み、久方振りの外に繰り出した。
※※※
――――side:ハトゥナ
お針子の作業場。王城に比べれば小さいものの、長い間かけて積み重ねられてきた趣がある。
「すまん、訓練で破れたんだ。縫ってくれ」
その時聖騎士が訓練着を持ってやって来た。
「はい、お任せください」
「え……聖女さま!?」
聖騎士が驚く。
「その、聖女さまに縫っていただくわけには……」
「今の当番は私ですし、神官長さまにもお針子番にも任命されてますよ。だからやらせてください!」
「うう……分かりました。何だかありがたすぎて次は破れないようにしないと」
「私は安全に訓練していただければ充分ですよ」
「聖女さまはお優しいですね」
「みなさんもですよ」
だからこそ私も優しくあれるのだろうか。
早速ほつれを直して返せば恐縮されながらもお礼を言って戻っていった。
「ハトゥ、次休憩いいわよ」
「はーい」
ほかのお針子番と交代し、作成途中のストールを持っていく。
アデン殿下に贈るものだから、王族にあげても大丈夫な出来かアリーチェに見てもらおう。アリーチェは貿易が盛んな東部の貴族だ。いろんな国のいいものを見分けられるから。
とたとたと神殿の中庭を抜けていく。その時だった。
「見付けたわよ!影武者!」
「……っ」
ベールを剥ぎ取られ突き飛ばされる。
「きゃっ!?」
先ほどの声はまさか……。見上げればベールの下からほくそ笑むアナスタシアの顔があった。どうして彼女がここに……!?
「偽者のくせにいい気になってるんじゃないわよ!」
いい気になんてなるわけ……。
「私が王宮に閉じ込められていたのに自分は優雅に中庭散歩ですって?」
「違……っ」
「口答えするんじゃないわよ!」
するとアナスタシアが私の胸元に手を伸ばしてくる。
「やめ……っ」
「何よこの上質な布!私がショッピングできなかったのに、何であんたがこんなものを!」
「それは……っ」
アデン殿下のための……っ。悲鳴は音もなくひび割れる。ビリッと破けた音に全身の力が抜け、呆然とする。
「何よこの刺繍!気味が悪い」
どう言うこと……?アデン殿下を思って一生懸命刺繍したのに。無惨に捨てられた破れたストールを抱き寄せる。
「さあ、聖女は私よ。偽者はもういらないのよ!出ていきなさい!」
出ていくって……どこへ?散々我が儘放題して最後は全部ぶんどるなんて……。
「ちょっと、聞いて……っ」
その時アナスタシアの癇癪がピタリと止まり、悲鳴が上がる。一体何が……?
「不審者め!」
「動くな!」
「無事ですか、聖女さま!」
アナスタシアに剣を突き付ける聖騎士たち。私に手を貸してくれたのは先ほどほつれを直した騎士であった。
「何をするのよ!聖女は私よ!私が聖女アナスタシアだわ!」
アナスタシアが叫ぶが、次の瞬間聖騎士のひとりがアナスタシアのベールを破り捨てる。
「聖女さまの瞳はロイヤルブルー。髪の色もシルバーブロンド。何もかもが違う」
「どこがよ!聖女は私……アナスタシアとして発表されたはず!」
「いいえ、違いますよ」
どこから現れたのか、気が付けば隣に神官長さまが立っている。
「神殿は『聖女が誕生した』と報じたのです」
「だから私が……」
「聖女の名は告げておりません」
「……え?」
「何故なら聖女の誕生に異を唱え自らを聖女と偽る輩が現れたもので。聖女さまの身を守るために名を伏せたのです」
その偽る輩というのは誰がどう見てもアナスタシアでしかなかった。




