【3】12歳の洗礼
――――ハトゥナは12歳になった。この世界では12歳になれば種族も国も関係なく洗礼を受けるのだ。
「ハトゥナ・ソーレ。こちらへ」
「はい」
けれど私のことを大っぴらにするわけにはいかない。王族はそもそも警備の関係上王宮内に神官を招いて行うのが通例だ。
表面上いないことになってはいるものの、私も洗礼を受けなくてはならない。
本物にかかわらず、偽者にかかわらず。
「こちらにお手を」
神官が示した球体に手を翳す。白く染まる水晶玉と共に洗礼は終了するはず……いや……違う?白い光は水晶玉から溢れだし、部屋全体を覆う。そして再び穏やかに無色透明に戻る。
「今のは……」
「あなたさまは聖女……と言うことです」
「私が……?」
そんな、まさか。
「それなら私が聖女と言うことね!」
その場にそぐわない声が響く。ベールで目元を隠し豪勢なドレスで現れたのはアナスタシアだった。
「だってお前は私の影武者よ。影武者が私として洗礼を受けたのだから私が聖女だわ!」
アナスタシアは随分前に洗礼を受けたはず。その時に聖女発表の報は上がらなかったのだからアナスタシアじゃない。私は私として、本来の髪色で洗礼を受けたのだ。
「何と喜ばしいこと。即刻王国上に聖女アナスタシアの誕生を報じなさい。聖女が生まれればそれを神殿として公にするのは義務のはずよ」
続いて現れたのは王妃である。何て最悪なタイミングで……。もしかしたら私の洗礼を笑うために控えていたのか?しかし思いがけず聖女が誕生したことで横取りを企てた。
「しかし時期が異なります。アナスタシア王女殿下は数ヵ月前に洗礼をお受けになられました。その洗礼が無事に済まされた報は既に王国から発表されております」
神官の言う通りだ。
「発表をしなかった神官長を罷免すればいいわ。そして先の発表は神官長の独断で妨害された。今度こそ、本当の洗礼の報を出せばいい」
何て自分勝手な!王妃の我が儘のひとつで神官長が罷免されてしまう。
「そもそもいないものの発表なんてできないでしょう?」
私はここにいるのに。
「それはアナスタシアの影武者。ならばその全てがアナスタシアのものであるべきよ」
どうして……どうしてそこまで奪うの。
私がロイヤルブルーの瞳を継いだから?だから影として生きろと?
望んでアナスタシアのものになったわけじゃない。
「しかしそれならばアナスタシア王女殿下には神殿に入り聖女修行をしていただかなくてはなりませぬ」
「嫌よ、そんなもの。影武者がやればいいじゃない」
アナスタシアが嗤う。
「そのための影武者でしょう?」
絶望しかなかった。自ら聖女の肩書きを奪っておいて、修行だけは私に押し付ける。
「分かりました。では聖女の修行はハトゥナに行ってもらいましょう」
神官さままでアナスタシアたちの言い分を呑むの!?いや……呑まざるを得ない。彼らだって王妃やアナスタシアの権力には逆らえないのだから。
「やったわお母さま!私が聖女よ!」
「ええ。今日は早速パーティーを開きましょう」
2人は嬉々としてこの場を去っていく。
またパーティーか。9歳の頃、ルアの使節団を招いたパーティーではアデン殿下と挨拶のひとつもせず名家の美男の令息たちに囲わせていたと言う。そんな失礼なことをしてもルアは支援をしてくださった。西部の復興は進んだ。
――――けれど私は、アデン殿下とお会いすることができなくなった。
「さて、聖女さま。参りましょうか」
神官が手を差し出してくる。
「……はい」
絶望しかない。希望などない。
神殿に招かれ祭室に入ればひとりの神官が待っていた。ダークグレーの髪にアイスブルーの瞳、見た目20代半ばだろうか。
「神官長アルノルト・シュヴァルツです」
その肩書きにドキリとする。
「その、神官長さまは……」
王妃によって罷免されてしまう。
いや、もう代わってしまったのだろうか。
「ええ。罷免だそうですね。なら名を変えて……何にしましょうか。5代前と3代前を掛け合わせて……ローウェン・クローネ。これにしましょう」
「……はい?」
「聖女さま。神官長と言うのは……そう言うものなのです」
私を連れてきた神官が告げる。
「時の王妃のひと言で首をすげ替えられればもともこうもない。そもそも私を罷免だなどとそのようなことをしたのです。きっと王妃には良くないことが起こります」
「それはどういう……?」
「神子とはそう言うものなのです」
つまりはアデン殿下と同じ。
「かつての西部の大災害。それも同じ」
「神子に何かしたと?」
神官長にか、それともアデン殿下にか。
「王妃はアデン殿下の蛇体を卑下した」
「そんな……っ」
獣人の大切な獣性になんてことを。
「アデン殿下はショックを受け、その心の傷が我が国への天災となって降り注いだのですよ」
まさに天災とは天が下す罰。
「ならどうしてアデン殿下は私……いや、アナスタシアと婚約したのですか?」
「自らの心の弱さが招いた天災だから……とでも言いましょうか。しかしながらあの方が婚約したのは本当にアナスタシアだったのでしょうか」
「……どう言うことです?」
「それはあなた自身が確かめることですよ。神子だからこそ分かります。神子の片割れは……限界です」
「限界って……どうして。アナスタシアがパーティーで失礼なことをしてしまったから!?なら私、
謝りに……」
「聖女として修行をしなさい。少しでも降り注ぐ天の裁きを食い止めるために」
「……」
今はそうするしかないのだろうか。本当ならすぐにでもアデン殿下に会いに行きたい。
謝って、殿下のご心痛をほどいてあげたいのに。
「そうそう……王宮から届いているものがあります。王太子殿下より聖女の私物を送っていただきました。後程部屋に案内しますので確認しておいてください」
「……はい」
ここで私が役目を放棄したらまた天災が起こる。せっかくリーシャの故郷が持ち直したのに。
「会えなくても、できることならあります」
「できること……聖女のお務めですか?」
「それもありますが……部屋を確かめてご覧なさい。きっと答えが分かります」
神官に案内され、聖女のための部屋に案内される。最低限の家具が用意されているだけだが、その中に……。
「裁縫道具……」
それから布もある。
王太子殿下が……これらを?どうして……しかし心の中に思うことならある。これじゃないかと言う思いが。
「会えなくても、言葉を交わさなくてもできること」
こう言うことだったんだ。
私は迷わず布を手に取り、指に針を取る。
「……アデン殿下」
ちゃんと、届けるから。
※※※
――――side:王宮
王宮では激しい言い争いが響いていた。
「ちょっと……!アナスタシアの聖女誕生パーティーができないってどう言うことよ!?」
「そうよお父さま!せっかくの晴れ舞台なのにひどいわよ!」
「聖女アナスタシアは聖女として神殿に入ったのだから、パーティーなど開けるはずないだろう」
国王はロイヤルブルーの瞳を向ける。
「でも私は王女で……」
「聖女のお務めが何よりも最優先だ。また天災を招いては困る」
「影武者が務めているわ!」
「務めているからこそ、お前が表立ってパーティーを開いていたらおかしいだろう」
「王族としてパーティーを開き、社交を積むのも立派な責務ですわ!」
「そう言うのは王太子がやる」
「でも!」
「我が儘を言うな。影武者が神殿で修行をしている間は部屋で大人しくしておけ」
「そんな……ならせめて商人を呼びつけて……」
「影武者が神殿にいる……つまりお前は今王宮にいないことになっている。なのに買い物などできるはずがあるか!」
「違う違う!聞いていた話と違う!私は聖女として贅沢するはずだったのよ!」
「聖女はそんな存在じゃない!」
「そんなぁっ!お母さま!」
「そうよ、あなた。愛娘に対して酷すぎる仕打ちよ!」
「お前は自分が何をしたか分かっているのか。お前が神子を愚弄したのはこれで2回目だ。その重要性を分かっていないのなら……塔に入りなさい」
「ちょ……っ、まるで私が罪人みたいじゃない!」
「自分の罪を分かっていないのなら……入りなさい。王妃を連れていけ」
近衛騎士たちが王妃を捕らえ引きずっていく。
「いやぁっ!塔は嫌よ!買い物もできない!宝石もない、パーティーもできない!」
王妃はそれを十二分に分かっていた。一度ぶちこまれたのだから。
「お父さま!お母さまに何てことを!」
「アナスタシアを部屋に」
アナスタシアもまた、自室に幽閉されることになる。
それを嘆息しながら影から見ていたのもまた、ロイヤルブルーの目だ。




