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「……っ、おいっ、しーっ」
頬張ったケーキは口の中でとろけてなくなっていく。なんなの、このケーキは。ほんとに美味しい。
もぐもぐと口を動かすことをしなくも、口の中でほろっ、とろっ、みたいな感じでなくなっていくんです。あぁ、生きててよかった。美味しいものを食べるって、人間の生きがいだよね。
ついでに紅茶もとても美味しくいただいてます。渋みが少なくて飲みやすいのです。だから、砂糖とかを入れなくてもゴクゴク飲める。ありがたや。
幸せすぎるこの空間で、だけどはしゃいでいるのは私だけです。はい。千霞ちゃんと夕ちゃんはものすごく緊張した表情で座ってます。……私が神経図太いわけじゃないからね。決して。
お忘れかもしれないから一応ここで自己申告を。
私も一応、社長令嬢です。
「食べないの?二人とも」
さすがに二人とも手を出さないから声をかけてみると、ものすごく恨めしそうな視線を千霞ちゃやから残された。
解せぬ。
「な、なんでひめはそんなにも呑気に食べられるのよ!?」
「呑気って……千霞ちゃん、ひどいからね?」
「あたしたちをほっぽってとっとと食べ始めてるあんたに言われたくないんだけど!?」
「え、食べればいいと思うよ?」
「それが出来たら苦労しないわよ!」
うーん……どうすればいいのか。
私にはもうどうしようもないのだけれど……。
「あら?」
そう声を上げたのは莉嘉さんだ。
「お口に会いませんでした?」
私だけしか食べていない事実に気付けば、もちろんそういう結論に至る。莉嘉さんがすこし不安そうな表情で言うものだから千霞ちゃんと夕ちゃんがすこし慌てて言った。
「ち、違うんですっ!とても美味しそうだとは思うんです!」
「そうそう、姫ちゃんがとても美味しく食べてるので!」
「お二人はお食べにならないの?」
「う……」
「……それは……」
「もしかして……私……余計なことをしてしまったのかしら……」
そう言って、その美しい顔を悲しみの色に染めて俯かれてしまっては、慌てる他にないと思う。
千霞ちゃんと夕ちゃんは莉嘉さんのその行動にとても焦った声を出した。
「そんなことありません!全然全く!問題なんてなに一つないです!!」
「そうですよ!ただ、私たちみたいな庶民には、これはちょっと……手が出しにくいと言いますか…っ!」
「そんな、お気になさらないで?みんなで楽しく食事をしたいと思ったのですから」
「莉嘉様………っ!」
……置いてけぼり感がとてもあります。はい、話についていけないです。
いいもん。ケーキ食べてるから。いいもん。
なんか、目の前で女の友情のドラマとかを見ている気分だった。
ほら、身分違いの友情みたいな副題がつく感じの。
まあ、私としては美味しいものを食べることができてるんだからなにも文句言わない。どうぞ存分にドラマをやっていてください。
フォークで目の前にあるケーキをちょこちょこときっては口に運んで繰り返す。その間に少し紅茶を口に含んで紅茶の味と香りも楽しむ。うん。贅沢だ。
「ところで、姫乃さん」
突然、莉嘉さんが私をご指名して呼びかけてきたから少し驚いた。けど、何かあったのかとも思うから素直に返事を返す。
「はい。どうかしました?」
「最近、ルクス様とは一緒にいらっしゃらないのですか?」
「…え」
それを聞くのか、と正直に思ってしまった。
そしてそれが思い切り顔に出てしまったのだろう。莉嘉さんが首をかしげる。
「何かあったんですね。なにがあったんですか?」
「えっと……」
「言いにくいですか?それは私だから?」
「いえ、それは全く関係ないです。大丈夫です」
そんな風に思われるのは心外だったので、私は即座に否定する。それに、莉嘉さんに話しにくいことなんて山ほどある上に、それを全て話そうと思っていないのだから、私が困ることなどなにもない。
「私、言いたくないと思ったことは是が非でも言わないので」
「そうですか。それは大切なことですわ。それで、先ほどの質問に対する答えは、言いにくいということではなくどう言ったらいいのかわからないという感じなのですか?」
「……そうなんです。なんて説明すればいいのかわからなくて……」
「一言で言うと?」
「ストーカー」
思いっきり本音で行った後に私はっとした。
けれど、莉嘉さんは特に気分を害した風もなく、ふむ、と考えた。
「初めてあった時と同じ事を言いましたわね、姫乃さん」
「……す、すみません」
「謝罪など必要ありませんわ。ただ少し、不思議ですわね……」
「え?」
「いえ、今までは確かにプリンスは周りに騒がれて鬱陶しそうにしていましたが、それでも姫乃さんのように興味のない人間だっていたはずですもの。そういった人達もいたはずなのに、なぜ去年一年間は今のような状態にならなかったのかしらと」
「あ、それ私も不思議に思ってたんです」
そう。私が何度もプリンスに言っていた事だ。私以外にもそう言う人間はからずいる。それこそ、学校から外に出れば彼のことを知っている人などほとんどいないだろう。
それなのに、彼はなぜか私に執着してくる。
恐怖しか湧いてこない。そのうえストーカー的な事をされれば私だって嫌いになる。別に私は聖人ではないのだからなにに対しても寛容なわけではない。
とくに、私の平和を乱す彼のことは特別に苦手意識が強いのだから。
「莉嘉さんもわからないですか?」
「そうですわね……わたくしもあの方のことを知ったのはこの学校に入ってからですし、あまり詳しいことは存じませんね……」
「ですよね……」
そう言いながら、私の手は確実に目の前にあるケーキをいじり、それを口に運んで行く。めちゃくちゃ美味しいです。やばい。まじで手が止まらない。
結構重い話をしているはずなんだけど、私のこの行動で全てが無駄になっているのは理解してます、はい。
「では、探ってみますか?」
「えっ」
「ですから、プリンスの行動の意味を」
「え、でも……莉嘉さんに迷惑が……」
「あら、大丈夫です。そう言ったことを専門にやっている者を雇って仕舞えば、後は結果を待つだけですから」
「…………」
え、っと。いま恐ろしいことを聞いたと思ったのは私だけか?そう思ってチラと千霞ちゃんと夕ちゃんを見て見るが、二人はこちらの会話など気にしていないらしく、いそいそとケーキを頬張っている。
さっきまであんなにも私のことを責めていたにもかかわらず、吹っ切れた瞬間にそうやって私をおいて食べ始めるんだからずるい。私も美味しくケーキをいただきたのに。
「姫乃さん?」
「はえっい!?」
「え?」
「……ちょっと噛んだだけです。気にしないでください」
「そうですか?で、どうします?」
「えーっと……流石に、そこまではしていただかなくてもいいです。そのうち飽きるでしょうし、私の方でも飽きてもらえるように動こうと思っていますし」
「何か策でもあるのですか!?」
「え……いや、何も。ノープランです」
「…………姫乃さん……」
ものすごく呆れられている。なんだろう。腑に落ちない。
そもそも、なんで私が彼に狙われているのかなんて知ったところで私には正直にどうでもいい。それが彼の過去になにか関わっているのだとしても、それは彼の過去であって私の過去ではない。それに、他人のことにあまり干渉するのは正直に面倒だ。
それなら、私の知らないところで勝手にやってくれればいい。そのかわり、私を盾にすることがないようにしてほしいけれども。
結局のところ、私は彼にさして興味がないのだ。
まあ、だからこそ彼の行動がストーカーだとおもってしまうんだとおもうけど。
目の前にあるお皿のケーキにフォークを刺す。そのまま口に運んで食べる。私のその様子を見て、莉嘉さんは不思議そうに見ていた。
「姫乃さんは、ほんとうに興味がないんですね」
「はい。私は関係ないと思ってますし。まあ、思えないことも何回かありましたげど」
「そこまで興味がなさそうにしているのは、やはり始めて見るかもしれませんわね……。なにせ、プリンスは外見も素晴らしく整っておられますから」
……褒めるのはいいけど、意見は求めてこないでね。莉嘉さん。
「少なくとも、その外見に見惚れる人は私が見て来た中では全員でしたし」
「そうですか……」
イケメンも大変だな。同情して差し上げよう。まあ、周りから騒がれたこともないような私の同情なんていらないと思うけど。
「姫乃さん。あなたはなぜ、あの方に見惚れませんでしたの?」
「えー……なんでって言われても……私の好みじゃないから、とか?」
「疑問形ですわねぇ……」
「うーん……でも、それ以外には特に思いつかないですよ」
「他に誰かかっこいいと思う方がいらっしゃるとか?」
その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、亡くなった父。あの人はほんとうにカッコよかった。中性的な顔立ちのくせに、女に見えないという謎な人だったのだ。まあ、となりにお母さんがいれば周りからは美男美女と言われてもおかしくはない。なにせ、お母さんは妖艶な美女タイプ。そんな人が隣を歩いていたら、たとえ中性的な顔立ちだとしても、多分男性に見えるように振る舞ったのだろうと思う。
……お父さん、大変だったんだな。
「姫乃さん?」
「え?」
「思い当たる殿方がいらっしゃいました?」
「あ、はい。私の父ですかね」
「……お父様ですか」
「ちょ、待ってください。そんな身内贔屓じゃないですからね!?」
と、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。しかし、あいにくと私はファザコンではない。まあ、片足は突っ込んでいるだろうけど。いや、そんなことはどうでもいい!
そう、私はプチファザコンであって、ガチファザコンではないのだから写真とかをもち歩いていない。
それが言いたいの!
「そんなに必死にならないでください、姫乃さん。大丈夫。身内の男性はやはり格好良く見えますよね」
「ちょ、わかってくれてないですね!?違うんですってば!本当に!!」
なんで写真持っていなかったんだ私!と思わず自分を責めてしまう私を誰かなだめてください。
と、そのとき、先ほどまだ私と莉嘉さんをがん無視していた千霞ちゃんがひょっこりと首を突っ込んでくる。
「ひめのお父さん?かっこいいよね」
突然、当然のように会話に入ってきた千霞ちゃんに、私は驚いた。
なぜ私のお父さんの外見を知っているのだ!
「……ちょっと、疑わないでよ、ひめ。写真をひめの家で見たのよ」
「え?うち飾ってあったっけ?」
「あったわよ。リビングのテレビの横に。シックな感じのフォトフレームにあったから。て、なんで私がひめの家のことをこんなに細かく話してるのよ……」
「あ、いやー……ごめんね、私あんまり覚えてなくて。そういうのはいつもお母さんがやってるからさ」
ちょっと言い訳が過ぎるかも。でも、本当のことだからどうしようもできない。
「それで、その方の特徴は?」
ちょ、莉嘉さん。なんでそんな食い気味のなの……!?
「顔が綺麗な方を愛でるのはとても幸せなことですもの!私は、世の中の美男美女すべてを愛でます!」
……聞きたくなかった、そんな宣言…っ!!
聞いてしまった以上はどうしようもないのだから諦めるしかないのだけれども。
「それに、姫乃さんもとても可愛らしい方ですし、一緒にいればこの空間がすでに幸せ絶頂です。ああ、本当になぜこんなにも可愛らしいのかしら!ああ、もっと私にそのお顔を見せてくださいっ!」
「………………」
私、これ、逃げても問題ないと思うんだけど。
じりっと私が後退し、今にも席を立ちそうになったのを感じ取ったのか、千霞ちゃんが先回りして立ち上がり、私の背後に回って私を押さえつけた。
流石に私は驚いて千霞ちゃんをみる。
千霞ちゃんも多少なりとも引いているのか顔が引きつっているが、それでも私を解放してくれそうにないのは、私を押さえつけている力でわかる。
いや、これ私逃げた方が身の安全を守れるのだけれど。
「千霞ちゃん、私の身の安全を考えて欲しいのだけど」
「……今ここで逃げるか、後日、私と夕に嵌められてこの人に思う存分愛でられるか。どっちがいい?」
「……究極の二択だね……」
「そうね。私は後者はできれば、まじで、したくないから、お願いだから大人しくしてて欲しい」
「………………はい」
そんな風に懇願されて仕舞えば、それを受け入れるしかない上に、千霞ちゃんが本気で頭を抱えそうな雰囲気だったから何も言えない。私はじりじりと後ろに移動させていた椅子を同じようにじりじりと元に戻していった。
私の横には莉嘉さん。キラキラした瞳で私を見ている。
……いや。ほんと、怖いんだけど……。
「はっ!いけませんわね。つい趣味を口走ってしまいました……」
お恥ずかしい、なんて照れている姿も美しいです。けど、できればそんな趣味聞きたくなかった。




