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「あなたたち二人は、どうして自分が信頼されるに足る人間だと驕っているのですか?」


私の言葉が理解できなかったのか、二人は首を少し傾げている。

どうして伝わらないのか、そちらの方が私には理解できない。


「まるで、人から信頼されるのが当たり前のような表情をなさるのですね?」


そういった私の言葉にも、二人はなにを言われているのかわからないというような表情をする。


「――そういう育てられ方をしたのでしょう?」


私が何かを言おうとした時、玄関へつながる廊下の扉から別の声が聞こえてきた。


「お母さん!?おかえりなさい、早かったね」

「ええ。死ぬ気で終わらせてきたわ」

「……あんまり、無理しないでね」


そう言葉をかけるのが精一杯だった。


「まあ、そんなことはどうでもいいわ。あなたたち、早くうちに帰りなさい。もう夜遅いわよ」


パッと時計を見ると、すでに7時半を過ぎようとしている。もうこんな時間だったの!?

どうりで小腹がすいてくるわけだ。

ご飯作らなきゃ。あー……あんまり凝ったものできないしなに作ろう。パスタにしようかな。あんまり頑張らなくてもサッとできるし。

うん、そうしよう。

と、頭の中でそんなことを考えていると、私の思考に割り込んでくる声があった。


「姫乃さん」

「……え」


今までそんな風に名前で呼ばれなかったということもあり、私は一瞬理解できなかった。声がした方に首を向ければ、そこにいるのは間違いなくゼファーさんだった。……え、怖いんだけど。


「……はい」

「あなたは今のままでいいのですか?」

「え?」

「今のままで、本当にいいんですか?なにもわからない状態で、ただ周りに甘やかされているその状況で、本当にいいんですか?」


この人は、いったいなにを言っているのだろうか。


「……ゼファーさんが私に対してなにを言いたいのか、理解できませんが、私はこのままでいいです」

「……」

「周りが私を甘やかしてくれるのは自覚してますよ。私、逃げてばかりいますから。知りたくないことはたくさんありますし、それを無理に知ろうとも思えませんし。私は私の殻の中に閉じこもって、傷つかないように過ごします」

「大人になると、そんなことも言っていられないとわかっているのに?」

「ええ。わかっていても。甘やかしてくれる存在がいてくれるのは、幸福なことじゃないですか」


にっこりと笑って、ゼファーさんを見る。一方のゼファーさんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「言いたいことがあるのなら、はっきり言ってくれないと私もわかりませんよ」


そういって、私はゼファーさんから視線を外した。


「あ。千霞ちゃん」

「えっ、なに?」

「そんなに驚かなくてもいいのに……」

「いや、なんか今まであたしの存在ないみたいな感じだったらつい……ごめん。どうしたの?」

「うん。プリント、ありがとう。こんな時間まで引き止めてごめんね」

「……ううん。あたしこそ、ごめんね。無理矢理」

「そんなことない。千霞ちゃん、大好きだよ」

「ありがと、ひめ」


一通り、千霞ちゃんに別れの挨拶をして、私は立ち上がった。


「さて、本当にもう帰りなさい」


そういってお母さんが3人を玄関に促す。


「おばさん、ありがとうごさいます。あと、今朝のこと、すみませんでした」

「反省ができるのなら、あなたは大丈夫よ。でも、間違えないでね」

「はい。肝に銘じます」

「素直な子ね。こちらこそ、今朝は厳しく言ってごめんなさいね」

「いえ、あたしが全面的に悪いので。謝らないでください。むしろ、感謝したいくらいですから」


そう言った千霞ちゃんの表情を見て、お母さんはくすりと笑い、頭を撫でていた。

そして、男二人の方を振り向く。


「さ、早く出なさい」


お母さん、怒りがにじみ出ているよ……。言葉こそ命令形ではあるものの一応優しさがある。本当なら「とっとと出て行け」と言いたいのを我慢しているのだろう。なんとも言えない。

当の言われた本人たちは、うぐ、となんとも奇妙な声を出していたが、なぜかその場から動く気配はない。

……いや、諦めて帰りなよ。というか、あなたたちが帰ってくれないと夕飯作り始められないじゃん。

と思っていると、お母さんが私に近づいて、羽織っていたコートを肩にかけてくれる。

……うん、ごめんね、突然の訪問すぎてちゃんとした格好ができなかったの。


「いつまでそこにいるつもりなの?早く帰りなさい」

「あ、の……っ」

「迷惑だわ」

「……っ!!」

「お言葉ですがっ!!」

「言ったはずよね?私の優先事項はあなたの主である彼に敬意を払うことではなく、私の娘を守ることだと」

「それは……」

「それに、あなたは年上の人間に対する礼儀も知らないのかしら?」


黙った。ゼファーさんが黙った。

まあ、確かにお母さんの言っていることの方が正論である。たとえ由緒あるお国の王子の従者だとて目上のものに対する礼儀を忘れてはならないと思う。というか、そこらへんはしっかりしてそうなのに、なんでこの人にはできていないのだろうか。甚だ疑問である。


「そうやってそばについているものが甘やかせば、それだけ非常識になっていくのよ。それもわからない?それとも、あなた自身が非常識なのかしら」

「…………それは、大変失礼をいたしました」


うわ、空気ピリピリしてるから。やめて。ほんとにやめて。誰が一番ビビってるかって、千霞ちゃんだからね?いつもハキハキしている彼女からは想像がつかないほど身を縮めている。

……そうだよね。だって流れ的にこのまま帰るとしたら、千霞ちゃんはゼファーさんの運転する車に乗って送ってもらわなければならない。空気が悪いということと、その運転が怖いよね。まあ、ルクスくんかいるんだからそんな乱暴な運転になることはないと思うけど。


「では、お暇いたしましょう。ルクス様、千霞様、行きましょうか」

「あ、ああ……」

「は、はい……」


ああ、千霞ちゃんが泣きそうになっている。

こんな最悪な空気の中で帰ろうと言われて嬉々としてついていく人間はいないだろう。

ごめん。


「ああ、千霞ちゃんは私が送って行くから問題ないわ。二人でお帰りなさい」


おおう、そうきましたか、お母様。しかしその案は千霞ちゃんには願ってもない言葉だったので、一瞬で表情がパッと明るくなった。

逆に言うと、ゼファーさんはそれほどまでに不機嫌を隠せていないのだ。問題だと思う。

いい大人なんだから、子供である私たちを困らせないで欲しいものだ。


「さ、千霞ちゃん、忘れ物がないように準備しなさい。早く帰らないと、親御さんが心配するわ」

「は、はいっ!」


そう言って千霞ちゃんはいそいそと変帰るための準備を始める。その様子を見ながら、私はみんなに出していた茶器を片付け始める。もう片付けても問題ないはずだ。

しかし、そういった中でもなかなか動こうとしていない人がいた。まあ、言わずもがなゼファーさんである。なぜそんなにも頑なにと思わなくもないが、迷惑であることに変わりはない。早く買って、お二人も夕飯を食べればいいと思う。

お腹空かないの?私はすごくお腹すいたけど。


「ーー姫乃さん」


ここにきてまだ私を呼ぶのか。勘弁してほしい。


「はい」


しかし、返事をしないわけにもいかないので、その声に応える。


「もう一度申しましょう。あなたは、このままでよろしいのですか?」

「何度言われても同じことを返します。私はこのままで別に構わないです」

「自分のことがわからないと言うことですよ?」

「それの何がいけないんですか?」

「……何?」


ああ、地が出てるよゼファーさん。


「自分のことを完全に自分が把握できていないことが、そんなにも悪いことなんですか?私にはそうは思えませんけど」

「呆れた言葉ですね」

「呆れていただいて結構。別にあなたにわかってほしいとも思っていませんし」

「……」

「自分のことを理解しているって言うのは、すごいことだと思います。それは本当です。でも、そうしたら、この世界中にそんな人間は何人いるんでしょうか?」


例えば、体調が悪いなと思っても、自分的に大丈夫だからと、会社なり学校なりに出席する。しかし、結局我慢の限界で倒れて仕舞えば、それは自分のことを“わかっていなかった”もしくは“過信していた”と言うことだ。そして、そんな人間の方が多いこの世界中で、目の前にいる男性は、それを持てと私に突きつけている。

そして、私がそれをいらないと突っ返すと、理解ができなといって私をバカにしている。

別にバカにされるのはどうってことないけれど、なぜ彼がそこまで私自身に私を知ろといっているのかが、理解できないのだ。

言って仕舞えば、私と彼は赤の他人なのにもかかわらず。

そこまで私に私を理解させたいと思っている彼の思いが理解できないのだ。


「私は、確かに私自身のことを知らないかもしれませんけど、それはそれだと思うんです。私が私を全て理解していなければならない義理なんてどこにもないんですから。私は、今のままで幸せですよ。それに、私が知らないことがあると言うことは、私以外に知っている人が、それは私が知っても仕方のないことと思って私を守ってくれているかもしれないじゃないですか」

「……」

「それを無理に知ったとして、私は私を抑えることができるのか、わかりません。もしかしたら、ものすごく取り乱すかもしれない。その無様な姿を人前に晒すことに対しては別になんとも思いませんけど、もしかしたら周りに迷惑をかけるかもしれないと思うと、知らない方がいいと思いますね」

「……あなたは……」


そう言って、ゼファーさんは私じっと見つめる。

言いたいことがあるとは思うけれど、言えないって感じですね。はい、わかってます。


「なぜ……」

「え?」

「なぜ知ろうとしないのですか。どうして甘えさせてもらえるというこの環境に流され続けているのですか。あなたは知らなければならない。そうでしょう。あなたは自分のことを理解しなければならない。間違っていますか?」

「……」


これは、なんと言えばいいのだろうか。

間違っているとも、間違っていないとも言える。

それでも、私には彼のその言葉に応える答えを持っていないのだ。


「甘えが、いいことだとは思っていませんよ。甘えたら甘えただけ自分がわからなくなる。それはその通りだと思います。でも、先ほども言いましたが、全てを知ることがいいことだとは思いません」

「ですから……っ!」

「いつか走らなければならないとは思います。でも、それって今なんですか?」

「!」

「私のタイミングでそう言ったことを決めることも許されませんか?そもそも、なぜ私がゼファーさんの指示に従って自分のことを知ろうとしなければならないのでしょう?私は、あなたのものではないのに」


ゼファーさんが驚いたように私を見つめていた。なぜそんなことを言われたのか、少し理解が追いついていないらしい。見開いていた瞳をゆっくりと閉じて、私を自分の視界から追い出していた。


「ーーさあ、いい加減にして、出なさい。夜も遅わ」


そう言って、お母さんは今度こそ、二人を追い出すようにして行動した。無言のままこの成り行きを見つめていたルクスくんは軽くお母さんに頭を下げてそのまま玄関に向かう。ゼファーさんは居辛そうにしながらもとぼとぼと玄関に向かっていた。

……光景がシュールだな。千霞ちゃんは私に振り向いて、じゃあねと小さく言葉をかけて手を振ってくれた。それに同じように言葉を返しながら、手を振り返して玄関に向かっているお母さんの背中を追うようにして歩いていった。

玄関の扉がばたん、と音を立てて閉まる。それを聞いて、私はソファーに体を鎮めるようにして倒れ込んだ。

わからない。どうしてなのかわからない。それなのにーー。


「なんで……涙が流れてくるの……」


理由がわからない涙を流しながら、そうつぶやくことしかできない。

わかりたくないけれど、それでも、知らなければならないことがある。それはわかっている。けれど、一歩踏み出すことが怖い。きっと、聞けばお母さんも教えてくれるだろう。私が今まで見たくないと言って蓋をしてきたことに対して、真摯に向き合って私が理解できるように、そして、あまり傷使いないようにと配慮しながら話してくれるに違いない。

それでも、怖いのだ。

いま信じている現実全てが覆されるなんてお恐れたことなど考えてもいない。私のなかですっぽりと抜けているピースをはめ込むだけ。そう、ただその作業だけなのだ。

わからない恐怖感に、私はただ体を小さく震えさせて静かに涙を流すことしかできなかった。

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