↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わったこの街で、もう一度恋をする  作者: 凡夫 成


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/17

第16話 胸につけた、新しい重さ

お読みいただき、ありがとうございます。


リーナが二十三歳になった春。カイルの仕事にも、新しい節目が訪れます。

 カイルが昇進すると聞いたのは、私が二十三歳になった春だった。

 閉店後、彼はいつもの席へ座り、なぜか水ばかり飲んでいた。

「悪い話?」

 私が聞くと、慌てて首を振る。

「いい話。たぶん」

「たぶん?」

「聖騎士隊へ、推薦が出た」

 私は布巾を置いた。

 聖騎士。パラディン。

 王都の守備隊から選ばれ、魔物への対処や護衛、守備兵の指揮を担う人たちだ。剣だけでなく、守りの魔法にも適性がいると聞いていた。

「すごいじゃない!」

 声が大きくなり、父まで顔を出した。

 カイルが少し照れて笑う。

「まだ、試験と訓練があるけどな」

「お祝いしなきゃ」

「通ってからにしてくれ」

 そう言いながら、口元がずっと緩んでいた。


     *


 訓練が始まると、会う回数が減った。

 カイルの時間だけではない。食堂も忙しくなっていた。

 父が仕入れを私に任せる日が増え、母は腰を休める時間を取るようになった。私が決めることも、以前より多い。

 約束を一つ変えるだけで、二人とも手帳を開く。

「この日は?」

「夕方から座学」

「じゃあ、その次」

「リーナ、団体の予約あるんじゃなかった?」

「あ、そうだった」

 並んで頭を抱えたあと、私たちは笑った。

「二人とも、偉くなったな」

「私は、ただ忙しいだけ」

「俺も、今のところ筋肉痛しか増えてねえ」

 せめてお茶を飲むあいだはと、手帳を閉じる。

 短い時間を惜しむあまり、その全部を予定の相談に使うのは寂しかった。


     *


 初めて彼の訓練を見た日は、空が高かった。

 一般にも開かれた演習場の端で、私はほかの家族たちと並んだ。

 カイルは私に気づいたけれど、手は振らなかった。

 号令を聞き、盾を構え、横の仲間と位置を合わせる。

 一人で先へ走る姿ではなかった。

 仲間が下がる道を空け、自分の盾で間を埋める。

 何度もやり直すうち、額から汗が落ちた。

 指導役の声が飛ぶ。

「自分だけ立っていても守ったことにはならないぞ!」

 カイルは短く返事をした。

 私はその横顔から目を離せなかった。

 彼はいつも、私の前では笑う。

 でも、私が見ていない時間には、こうして知らないことを覚え、叱られ、またやり直していた。

 休憩になっても駆け寄らず、水を飲む彼を遠くから見た。

 目が合うと、今度は少しだけ笑ってくれた。


     *


 帰り道、カイルは肩を回していた。

「格好よかったよ」

 私が言うと、危うく石につまずいた。

「急に言うなよ」

「本当だから」

「めちゃくちゃ、直されたけど」

「直されても、ちゃんとやり直してた」

 彼は黙った。

 しばらくして、小さく笑う。

「そういうとこ、見られるの、ちょっと恥ずかしい」

「私だって、塩忘れたことあるでしょう」

「ああ。あったな」

 思い出したらしく、彼も笑った。

「できるところだけ見せなくても、好きだよ」

 口にしてから、私は照れた。

 カイルは歩くのをやめ、私を見る。

「……今日、ずるくない?」

「何が」

「帰っても、ずっと思い出すだろ」

 その答えが嬉しくて、私は彼の手を取った。


     *


 試験の日、私は店を休めなかった。

 朝、包みを渡す。

 中身は、食べやすいパンと、塩気のある小さな肉団子。

「勝つようにって、肉?」

「お腹にたまるように。願掛けは、自分でして」

 カイルは笑った。

 私は彼の上着を確かめ、少し曲がった襟を直した。

「無理に格好つけないでね」

「試験だから、少しはつけたい」

「じゃあ、少しだけ」

 彼が頷く。

 額へ短く唇が触れた。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 送り出したあと、いつもどおり注文を聞いた。

 時間は、ちっともいつもどおりには進まなかった。


     *


 合格の知らせを持ってきた彼は、入口で笑った。

 その顔だけで分かった。

 私はお盆を母へ預け、思わず近づいた。

「受かった?」

「ああ」

「おめでとう!」

 飛びつきかけて、店内だと気づく。

 カイルも両手を上げかけて、少し困った顔をした。

 母がため息交じりに笑った。

「お祝いくらい、してもらいなさい」

 私は彼の背中へ腕を回した。

 大きな体が、嬉しそうに揺れた。

「頑張ったね」

「うん」

 肩口で聞こえた返事は、子どもみたいに素直だった。

 けれど、その肩には新しい役目が載る。

 私は腕をほどき、彼の顔を見た。

「これから、もっと忙しくなる?」

「たぶん。任されることは増える」

「分かった。予定、一緒に考えよう」

 彼が頷いた。


     *


 合格の祝いの翌週、カイルは初めて、新人から相談を受けたという。

「辞めたほうがいいでしょうか、って」

 彼はパンをちぎりながら言った。

「俺、まだ教える側になったばっかりなのにな」

「何かあったの?」

「巡回の報告、抜けがあった。先輩に注意されて、自分には向いてないって」

 カイルは少し考え込んでいた。

 私は手元の布巾を畳み、向かいに座る。

「どう答えたの?」

「今日の失敗と、向いてるかどうかは、分けて考えようって。報告は、一緒にやり直した」

「うん」

「でも、続けていいかどうか、俺が決めてやることじゃないだろ」

 その顔を見て、私は演習場の彼を思い出した。

 自分が立っているだけでは守ったことにならない。剣の話だけでは、ないのかもしれない。

「今すぐ答えを出さなくてもいいって、言ってもらえたら助かると思う」

 私が言うと、カイルはゆっくり頷いた。

「次に会ったら、そう言ってみる」

 昔なら、任せろと胸を叩いたかもしれない。今の彼は、できることと、できないことを考えていた。

 私は食べ終えた皿を持ち上げる。

「カイルも、誰かに相談していいんだよ」

「今、してる」

 顔を上げると、彼が笑っていた。

 私も笑い返した。

 支えになるというのは、答えを用意しておくことばかりではない。話を聞いて、一緒に考える。その時間なら、私にも渡せる。

 そのあと、彼は灯石のことを尋ねた。

「最近、光、長く残るようになった?」

「少し。毎晩、階段で使ってるから」

 私はカウンターの石に指を置いた。淡い光が、中へ静かにたまる。

 カイルは面白そうに眺めた。

「俺の守りの魔法も、最初は全然続かなかった。毎日やるの、効くらしいぞ」

「じゃあ、そのうち、店全部照らせるかな」

「そしたら、明かり代が浮くな」

 私たちは現実的な話をして笑った。

 正式な任命の日、銀色の留め具が胸へつけられた。

 私は後方の席から見ていた。

 王の代理を務める騎士団長が、守るべきものと規律について話す。

 カイルは真面目に聞いていた。

 式が終わると、彼は私を見つけて、すぐ歩いてきた。

「どう?」

 胸を張る。

 子どもが新しい服を見せるような顔に、私は笑ってしまった。

「似合ってる」

「もう一回」

「それ、前もやった」

「いいだろ。今日は特別」

 私は留め具をそっと見た。

「似合ってるよ、カイル」

 彼の笑みが深くなる。

「オレ、パラディンだから」

 少し得意げな声だった。

 その言葉を、私はこの先、何度も聞くことになる。

 この日はまだ、嬉しい響きとして胸にしまった。


     *


 祝いの席には、ユリウスとエミリアも来てくれた。

 レオンは仕事で不在だったけれど、短い伝言が届いた。

 盾ばっかり磨いて、靴を忘れるな。

 カイルが紙を見て眉を寄せる。

「あいつ、何で知ってるんだ」

「忘れたの?」

「最初の訓練の日、手入れする時間、足りなくて」

 みんなが笑った。

 父が料理を出し、母が杯を並べる。

 肩書きが変わっても、食べれば頬が緩むところは同じだった。

 私は隣に座り、卓上の時計を確かめた。

 カイルが私の皿へ、取り分けた料理を載せた。

「冷める前に食えよ」

「カイルもね」

 向かいからエミリアが笑った。

「お互いの食事の心配をするところ、似ていますね」

 私たちは顔を見合わせた。

 今日は、私も休憩する。

 彼が頑張った日を、一緒に喜ぶために。


誇らしい肩書きと、その先に増える責任。頼もしくなる彼の隣で、リーナも歩いていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。