第15話 好きなものが、増えた一年
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季節が巡り、リーナは二十一歳に。仕事のある毎日に、誕生日の楽しみが重なります。
二十一歳の誕生日の朝、私は玉ねぎを刻んでいた。
一年前と、あまり変わらない。
包丁の音。父の鍋。母が開ける窓。
ただ、窓際の席へ目を向ける癖がついた。
カイルと付き合い始めて、季節が一巡した。
休みが合う日も、合わない日もあった。会いに行って留守だったことも、待っているうちに眠くなったこともある。
それでも、来たよと笑う顔を見れば、やっぱり嬉しかった。
「今日は、夕方に上がるんだろ」
父に言われ、私は頷いた。
「カイル、休みを取ってくれたから」
「じゃあ、今のうちに任せる仕事を決めとこう」
父は手元の紙へ、仕込みの担当を書き始めた。
私が抜けるために、誰かが働く。それを申し訳ないだけで終わらせず、別の日に交代できるようになった。
小さな変化だったけれど、私には大きかった。
*
約束より少し早く、カイルが来た。
手には、何も持っていなかった。
「今日、俺が案内するから」
「どこ?」
「着いてから」
得意そうな顔だった。
私は少し警戒した。晴斗は昔、この顔で用水路の探検を提案した。
「歩きやすい靴がいる?」
「普通ので平気」
「高いところには登らない?」
「登らねえよ」
笑いながら彼が手を差し出した。
私はその手を取った。
連れていかれたのは、南広場の少し先にある、小さな食堂だった。
「ここ、前に見てたろ」
「覚えてたの?」
「三回くらい、看板見てた」
私は笑った。
気になる店の前で足が遅くなる癖は、二つの人生をまたいでも変わらなかった。
*
席に着くと、カイルは少し緊張しているようだった。
料理の値段を見ているわけではない。入口を見て、窓を見て、それから私の顔を確かめる。
「どうしたの?」
「いや。気に入るといいなと思って」
「もう、嬉しいよ」
「まだ食ってねえだろ」
「予約してくれたことが」
彼の肩が下がった。
「よかった」
料理が来るまで、最近の仕事の話をした。
カイルは新人の面倒を見るようになっていた。
手順を教えるより、分からないと言ってもらうほうが難しいらしい。
「何でも、はいって言うんだよ。分かってない顔してるのに」
「怒られると思うんじゃない?」
「俺、そんな怖く見えるかな」
私は彼を見た。大きな肩と、腰にある護身用の短剣。
知らない人から見れば、少し怖いかもしれない。
「最初に、間違えた話をしてみたら?」
「俺が?」
「うん。新人の頃、何かやった?」
カイルは真剣に考えた。
「集合場所、間違えた」
「それ、いいね」
「よくねえよ。すげえ走った」
私は声を立てて笑った。
*
食後、彼から小さな箱を渡された。
中には、革紐のついた小さな時計が入っていた。
卓上へ置ける形で、裏に折り畳みの支えがある。
「休憩のとき、店の時計見えないって言ってたろ」
「……うん」
「高い魔道具じゃない。毎日、ねじ巻くやつ」
私はそっと持ち上げた。
針が、ちゃんと動いている。
「一時間休めたか分かるように」
カイルは照れたように笑った。
「俺に会う時間を測れってことじゃなくて。ちゃんと、お前が休む時間」
喉の奥が熱くなった。
「ありがとう。大事にする」
「うん」
彼はそれだけ言い、私が何度も時計を見るのを嬉しそうに眺めていた。
「ねじを巻くの、忘れたら?」
「止まる」
「そうだよね」
「止まったら、合わせ直せばいい。壊れるわけじゃないから」
私は時計を掌で包んだ。毎日完璧に扱わなくてもいいという言い方が、いかにも彼らしくて好きだった。
「明日から、休憩に持ってくね」
「うん。長く使って」
飾りでも、花でもなかった。
私の毎日を見て、選んでくれたものだった。
*
帰りに寄った神殿で、ユリウスとエミリアに会った。
二人は休憩中で、境内の花壇へ水をやっていた。
「誕生日、おめでとう」
ユリウスが言った。
「ありがとう。よく覚えてたね」
「去年、お店でお祝いしてたから」
エミリアが笑って、白い紙袋を差し出した。
「二人からです。喉に優しい茶葉。店でも飲めるように、多めに」
私は礼を言って受け取った。
カイルが彼女の持つ水差しを見て、手を差し出す。
「代わりましょうか」
「ありがとう。でも、あと少しなので」
彼女は笑い、ユリウスの隣へ戻った。
夫婦になった二人の会話は、少しだけ短くなった気がする。言わなくても分かることが増えたのかもしれない。
けれど、ときどきエミリアが、言ってくれないと分からない、と彼をたしなめる。
そのたびユリウスは、素直に言い直した。
私たちも、そんなふうになれるだろうか。
*
店へ戻ると、レオンがカウンターに座っていた。
「お帰り」
父が言う。
「今、ちょうどお茶にするところだ」
レオンがこちらを見て、わずかに頷いた。
「……誕生日だってな」
「うん。二十一になりました」
「若えな」
「レオンも、誕生日あるでしょう」
「あるけどな」
彼は困った顔で、卓上の包みを押した。
布に包まれた、小さな石だった。
掌に載せると、淡い光を返す。
「灯石。お前の明かりの魔法で、少し光を蓄えられる」
「私でも使える?」
「試せば分かる」
私は石へ指先を近づけ、小さな明かりをともした。
光が石へ吸い込まれ、薄く残った。
「……きれい」
レオンは私の顔を見て、すぐに杯へ目を戻した。
「夜、階段で転ぶなよ」
「そんな理由?」
「大事だろ」
カイルが笑った。私も笑い、石を包み直した。
*
お茶が運ばれてくると、私はもらった時計をテーブルへ置いた。
「ちゃんと進んでる?」
父が厨房の時計を見上げる。
「うん。同じ」
「明日の休憩、測ってやろう」
「私のだからね」
母が笑って、私の前へケーキを置いた。果物は少し不揃いで、クリームの端には父の指の跡がある。
「飾るの、苦手だったんじゃなかった?」
「食べたら同じだ」
父はそう言ったけれど、母が小さく首を振った。
「三回、やり直してたよ」
私は皿を見つめた。誕生日だから特別なのではなく、誰かが私のために時間を使ってくれた。そのことが、一つずつ分かる日だった。
レオンは帰る前に、灯石の置き場所だけ確かめた。
「布で包んだまま光らせすぎるなよ。熱は持たねえが、見えなくなる」
「それは分かるよ」
私が笑うと、彼も少しだけ笑った。
扉まで見送り、また食べに来てねと伝える。彼は短く頷き、仕事へ戻っていった。
カイルは残った皿を父と一緒に下げていた。私は今日は何もしないでと言われ、少し落ち着かなかったけれど、椅子に座ったままお礼を言った。
その練習も、ようやく少しずつできるようになっていた。
夜、カイルが帰る前に、二人で店先へ出た。
去年と同じ季節の風が吹いていた。
「いい日だった?」
彼が聞く。
「うん。すごく」
私は頷き、彼の手を取った。
「来年も、こういう日がいいな」
「同じ店でいい?」
「違う店でもいいよ。お弁当でも。ここでも」
自分で言いながら、少し笑った。
「一緒に食べられたら」
カイルが黙った。
それから、つないだ手を少し持ち上げる。
「リーナ」
「うん?」
「キスしてもいい?」
胸が、強く鳴った。
付き合ってから、何度か頬へ触れたことはある。でも今日は、彼が私の返事を待っている。
私は頷いた。
近づく顔を見て、目を閉じた。
唇に、短く温かい感触が触れる。
離れたあとも、すぐには顔を上げられなかった。
「……誕生日だから?」
小さく聞くと、彼が首を振った。
「したかったから」
私は上着の袖をつかんだ。
「じゃあ、もう一回は、私から」
カイルが驚いた顔をした。
その顔がおかしくて、少し笑ってしまった。
私は背伸びをした。
大人になった彼の肩へ手を置く。
昔は知らなかった距離を、今は自分で近づける。
目を閉じる直前、彼が嬉しそうに笑った。
相手の毎日を見て選んだ贈り物には、優しさが残りますね。二人の時間も、少しずつ積み重なっていきます。




