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生まれ変わったこの街で、もう一度恋をする  作者: 凡夫 成


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14/15

第14話 幸せになってね、その先へ

お読みいただき、ありがとうございます。


今日は、ユリウスとエミリアの結婚式です。いつもの食堂も、少しだけ晴れの日の装いになります。

 白い布の長さを測りながら、私は三度目のため息をついた。

「結婚式って、料理以外も大変なんだね」

 母が隣で針を動かしている。

「二人の暮らしを、みんなで祝いに集まるんだから。人数が増えれば、布も皿も増えるよ」

 ユリウスとエミリアの結婚式まで、あと三日。

 私たちの食堂は、式のあとの小さな食事会を頼まれていた。

 治療院の先生や同僚、家族。近しい人たちだけの席だ。

 エミリアは何度も、無理のない範囲で、と言った。

 父はそのたび頷き、献立を増やそうとして母に止められた。

「無理のない範囲って、父さんにも難しい言葉だね」

「だから、私がいるの」

 母は笑って、縫い終えた布を広げた。


     *


 当日の朝、神殿の窓から細い光が差していた。

 王都の神殿は、祈るだけの場所ではない。食べる物に困った人へ炊き出しをし、治療院と協力し、子どもたちに文字を教える。

 そこで働く司祭も、結婚する。

 家族を持つ人も、一人で暮らす人も、それぞれの生活を続けながら人を支えるのだと、エミリアが教えてくれた。

 私は式の前に、控室へ顔を出した。

 エミリアは淡い色のドレスを着ていた。

「……きれい」

 思わず言うと、彼女は照れたように笑った。

「ありがとう。まだ、裾を踏みそうで怖いんです」

「今日は、ユリウスに持ってもらいましょう」

「あの人も緊張してるから、一緒に踏むかも」

 二人で笑った。

 机には、普段使っている仕事の鞄が置いてある。式の翌々日には二人とも仕事へ戻るらしい。

 特別な日の向こうに、いつもの暮らしが待っていた。


     *


 廊下へ出ると、正装したユリウスが立っていた。

 襟元へ手をやり、何度も直している。

「曲がってる?」

「真っすぐ。もう触らないほうがいいよ」

 彼は手を下ろした。

「……そうか」

「エミリア、すごくきれいだった」

「うん」

 声が柔らかくなった。

 それだけで、彼がどんな顔で彼女を見たのか想像できた。

「リーナ、今日はありがとう」

「お礼は、うちの料理を食べてから」

「楽しみにしてる」

 少しの沈黙があった。

 前世の名前を呼びたくなる瞬間が、ないわけではない。

 大学の食堂や、歩いた道。もう戻れない時間が、この人の中にも残っている。

 私はゆっくり息をした。

「おめでとう、ユリウス」

 今の名前で言えた。

 彼は一度、唇を結んだ。それから、真っすぐ笑った。

「ありがとう、リーナ」

 廊下の向こうで、エミリアが彼を呼んだ。

 ユリウスが振り返る。その横顔には、私がもう知っている、今の彼の幸せがあった。


     *


 式では、二人が誓いの言葉を交わした。

 病気の日も、働けない日も。相手の声を聞き、一緒に暮らすことを続ける。

 華やかな言葉より、私にはそこが胸に残った。

 隣の席で、カイルがじっと二人を見ていた。

 彼は休みを替わってもらい、式に参列してくれた。

 レオンは後ろの席にいる。目立たないように座っているのに、体が大きくて隠れきれていない。

 誓いが終わり、拍手が起きた。

 私も手を叩いた。

 嬉しくて、少し涙が出た。

 カイルが横からそっと布を差し出してくれた。

 借りて頷くと、彼は何も聞かず、また前へ向き直った。


     *


 食堂は、いつもより明るかった。

 白い布を掛けたテーブルに、母が花を置く。

 父は厨房で張り切り、私は皿を運んだ。

「座って食べなよ」

 エミリアに言われたけれど、忙しく動くほうが落ち着いた。

「あとで、ちゃんと食べます」

「その『あとで』、ユリウスと同じですよ」

 言い返せなくなった。

 カイルが笑って、空の皿を重ねる。

「俺が下げるから、一回座れ」

「お客さんでしょう」

「今日は、祝う側の手伝い」

 父も厨房から、少し休めと声をかけた。

 私はようやく席に着いた。

 ユリウスとエミリアが並んで座る。その前には、冷めないうちにと用意した料理が並んでいた。

 父が嬉しそうに見ている。

 食べてもらうまでが仕事で、喜んでもらえたら、こちらまで満たされる。

 私の大切な仕事だった。


     *


 祝杯を勧められたレオンは、今日は一杯だけにした。

「明日、朝が早いんでな」

「また討伐?」

 私が聞くと、彼は頷いた。

「街道の見回りを兼ねて。大したもんじゃない」

「気をつけてね」

 彼は杯を見た。

「ああ」

 それから新郎新婦へ向き直り、少し照れくさそうに言う。

「困ったら呼べ。運ぶ物とか、壊す物くらいなら手伝える」

「新居は、壊さないでくださいね」

 エミリアが笑った。

 ユリウスも笑って、礼を言った。

 レオンはそれ以上長く話さず、空になった皿を父へ渡した。

 帰り際、カイルの肩を軽く叩いた。

「お前も、ちゃんと食え」

「食ってるよ」

「なら、いい」

 短いやり取りを残して、彼は店を出た。


     *


 食事会が終わる頃、エミリアが私のそばへ来た。

「今日は、本当にありがとう」

「こちらこそ。お祝いさせてもらえて嬉しかった」

 彼女は白い花を一輪、私へ差し出した。髪飾りに使った花と同じものだった。

「カイルさんと、また遊びに来てください」

「うん。二人のお休みの邪魔にならない日に」

「邪魔じゃありません。ゆっくりご飯を食べましょう」

 私は花を受け取った。

 ユリウスが上着を持ってきて、彼女の肩へ掛けた。

 エミリアが自然に礼を言う。

 私はその姿を見て、また少し笑った。

 前の人生の恋が、大切でなくなったわけではない。

 ただ、目の前の二人が幸せであることを、ちゃんと嬉しいと思えた。


     *


 片づけが終わってから、カイルと軒下へ出た。

 夕方の空は澄んでいた。

「いい式だったね」

「ああ」

「二人とも、すごく嬉しそうだった」

 彼は頷き、私の手の花を見る。

「泣いてたな」

「少しだけ」

 私は借りた布を取り出した。

「洗って返すね」

「いいよ、いつでも」

 その言葉で、なぜか胸がきゅっとした。

 返す日を急がなくていい相手がいる。明日でなくても、次があると思える。

 私は隣の人の袖へ触れた。

「今日は、何も聞かないでいてくれてありがとう」

 カイルが私を見る。

「話したくなったら、聞くから」

 私は頷いた。

「今は、いい式だったって、それだけ」

「うん」

 彼の手が私の手を包んだ。

 白い花をつぶさないように、空いたほうの手を持ち替える。

 カイルが少し笑った。

「リーナ、花、好きなんだな」

「今日のは、特別」

「そっか」

「さっきの誓い、いいね」

 私は言った。

「病気の日も、働けない日も、って。ちゃんと先に言うんだね」

 カイルは少し考えた。

「毎日元気とは限らねえしな」

「うん。私、病気のとき、役に立たなきゃって考えちゃった」

「役に立つから、そばにいたいわけじゃないだろ」

 彼は真面目な顔で言った。

 私は言葉を失った。

「俺だって、腰とか痛めたら、しばらく役に立たないかもしれないし」

「それは休んで。ちゃんと治すのを手伝うよ」

「ほら」

 カイルが笑った。

 私は少しだけ、目を伏せた。

 人には言えるのに、自分のことになると難しい。何もできない日にも、一緒にいていい。彼は当たり前のように、その席を空けてくれている。

「私も、そう思っていいんだね」

「ああ」

 すぐ返ってきた答えが嬉しかった。

 急いで何かを決めなくてもいい。今日は二人の結婚式を祝う日で、私たちの約束を増やす日ではない。

 それでも、いつか疲れて座り込んだとき、この会話を思い出せたらいいと思った。

 私は花を少し持ち上げた。

「帰ったら、水に挿さなきゃ」

「うん。まだ咲くな」

「何日くらいかな」

「分かんねえけど、明日も見られるだろ」

 その言い方に、私は笑って頷いた。

 遠くで夕方の鐘が鳴った。

 誰かを見送った日と同じ街で、私は新しく始まる暮らしを祝った。

 そして今、隣にいる人の手を握っていた。

 その温かさを、急いで別の約束に変えず、今日はただ覚えていたかった。


大切な思い出を持ったまま、今の幸せを祝う。リーナにも、温かい時間が残りました。

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