いざ、決戦 11
「首相、チカリヤに関する私の発言はいったん取り下げます。ただ、チカリヤの力なくしてオルダヤは復活できますか?」
「絶対に大丈夫だとは言えません、それほど前途は厳しいものです。しかし、チカリヤに国が乗っ取られるよりははるかにマシです。そこで私はアストルのジェンキンズ大統領のお力を借りることにしています」
「アストル? あの国はわが国を敵国と見なしていますよ、力を借りるなんて絵空事にすぎませんか?」
「昨日帰国されましたが、ここ数日間滞在されていたことはご存じの通りです。ジェンキンズ大統領がおっしゃるには、昔の関係をもう一度構築したい。そのための投資も惜しまないし、アストル一国だけではなく陣営各国との貿易を盛んにしようともおっしゃっています。そのためにはまず、世界の多くの国から反発されているチカリヤとの関係を断つことだともおっしゃっています」
「チカリヤが多くの国から反発されているのは本当ですか。党の資料によると、アストル側の各国がチカリヤを貶めるために宣伝しているのであって、チカリヤと友好的関係を築いている国は多いとありますが」
「もちろん私もその資料は承知しています。友好的だとする国々を調べてみましたが、チカリヤがインフラ整備のために資金を拠出し、港湾や空港施設などの整備が行われています。ただし、貸付されたのは莫大な金額のために返済できた国は皆無。結局はそれらの施設をチカリヤが優先的に使用し、国土も好きなように使われているのが実態ですね」
「その情報はどちらから?」
「各国政府の公式発表ではありません。実のところ各国の政権中枢部や官僚にチカリヤ側が接近したり……、言い方は悪いですが潜り込まれているので、ほぼチカリヤの政権下にある状態です。ですので国民の声を拾っていくしかありません。自国政府に対して良い感情を持つ人は各国とも二割弱、八割以上の国民がチカリヤに接近したことを非難し、国によってはデモや暴動も起きています」
ヨーク副党首の質問に逃げることなくすべて答えたヨウラ首相。
ヨウラ首相も当初はハットたちの投稿を見るたびに、これだけよく嘘ばかり発信できるなと感心していた。ところが急にオルダヤをチカリヤへ譲渡する話と、その条約に署名するように命令されたヨウラ首相は何かがおかしいような気がして、洗浄党の考え方自体に疑問を持ち始めた。そこで手始めにハットたちの投稿の裏取りをするべくネット検索をしていった。投稿すべてに対しての裏取りです。
公式発表では何も得られなかったが、各国の民衆の声を拾っていくとSNSで発信された内容と合致していく。やはり洗浄党は、いや党の総帥や顧問たちは、国民にも党員にも何も知らせず事実を隠して何かを企てようとしている。そのことに気が付いたのです。
「ヨーク副党首! 目を覚ませ! 今この国でも散発的にデモが発生しているだろう! 国民はみんなSNSが解放されてから、いやその前から細々と情報を仕入れては、今の洗浄党の危険さを推し量っていったんだ。政治家の方が遅れているんだよ! まずは中立な視線で見てみろよ!」
元首相の声が議場内に響き渡った。
「すみません、あの、ミッドハット・ホールと言います。少しだけお話ししてもよろしいですか?」
ボーム元首相に続き、ハットは発言を認めるように議場最後部から大声を出した。
ざわざわする議場内、タイダがいつものお決まりに文句を発する前に議長が発言を許可した。
「議長、ありがとうございます」
ハットは傍聴席の最後部から舞台上へ上がった。そしてこれまでにSNSで発信した内容は自分たちの経験によるもののほか、ヒカルゴの情報調査室所属となって以降は、諜報活動で得た内容のうち公表しても問題のないものに限定、それに加えて各国の国民の声を集約したもの。発信した内容を国から全否定されることもあるけど、その国の対応が国民からさらに非難されることが多かったので、ほぼ間違いのない内容だと確認していると言った。
そしてハットは。
「副党首に限らず議員の皆さん、洗浄党から示されている資料だけでは本当のことが見えてきません。僕たちのSNSへの発信が嘘だと思うことは自由ですし、信じられないと考える方がいてもまったく不思議ではありません。でも、自国民のリアルな声は聞いてください。今、何に対して不満や不安を感じているのか、なぜデモなどが頻発するのか、抑えつける前に話を聞いてください、お願いします」
ハットは舞台上で議長や閣僚に深々と頭を下げた後、客席前方に座る議員たちには土下座してお願いした。
「議長も首相も止めさせないのか! 君たちの不甲斐なさに土下座してお願いするしかないと思われていること、君たちが自身で調べて真実を追求していないと思われていること、政党政治だから党議拘束はあるにしても、上からの命令をそのまま受け取り実行することしかできないこと。そういうことがわかっているから頭を下げ、土下座までしているんだぞ。君たちはそのことが恥ずかしいとは思わないのか!」
ボーム元首相の重低音のような声が議場内に響き、まるで誰もいないかのように静まり返る。
ハットが立ち上がってからもしばらく沈黙の時間が続いた議場内だが、ヨウラ首相が発言した。
「副党首、私は今は洗浄党所属ではありますが内部のことがわかりません。チカリヤとの条約締結に関して、何か上からの指示は降りてきているのですか」
「最高顧問と顧問という二人が逮捕され、今は何の指示も降りてきてはいません。タテハナ総帥はいつものように何も発してはいないようです。このために、以前に顧問から発せられた指示に従っている状況ですが……、お二人はどうなりますか?」
「顧問お二人の判決に関して、私はまったく関知していません」
「これまでは判決に関して首相が裁判所へ働き掛けるケースがありましたが、今回はないのですか?」
傍聴人たちが今の話でざわざわし始める。首相が裁判所に対して、何らかの指示を出していたとも取れる発言があったのです。
「過去には、それこそカストとマカイから指示されて、裁判所に対して厳罰にするよう指示したり軽くするように求めるケースがありました。今の私は洗浄党の指示には従いませんし、そもそも誰からも何の指示も受けてはいません。その指示を出していたのはマカイとヨウラの両名。その両名が逮捕されて以降一切の接触はありません。副党首は両名が逮捕されて以降もずっと付き添われていましたが、何か指示を受けたのではありませんか?」
「まあ……、指示ではなくお願いされました。できれば首相に取り次いでもらいたいと言われましたが……」
この発言に傍聴席は一気に怒りが頂点に達した。
「ちょっと待て! 国民の中にはちょっとSNSに呟いただけ、外でたばこを吸ってポイ捨てしただけで禁固何十年って食らっているんだぞ! これだけ国民を苦しめ、さらに自分たちだけ儲かるように仕向けたやつが判決に関してお願いをしただと! ふざけるのもたいがいにしろ!」
「おい、俺なんてSNSにちょっと悪口を書いたら禁固四〇年、ハットなんて四五年だぞ。なのに極悪な連中が判決に手心を加えろとお願いしただと!」
ブルをはじめ傍聴席からはただならぬ空気が漂い出し、一触即発の状態になっていく。
「みなさん、ここで腹を立てて暴言を吐いたり暴れても何も解決しません。まずはチカリヤとの条約締結の破棄、そして選挙制度を改革して僕たちの意思が反映される政治を目指しましょう。暴れて逮捕されても意味がないんですよ。ただ政権側を喜ばせるだけです。冷静になりましょう!」
「今、ハット君が言ったとおりだ。我が国の国民は一気に熱して、一気にすべてを変えようとし過ぎる。その結果が洗浄党の誕生をアシストした。熱狂するのが悪いとは言わないが、まずは冷静に今は何をすべきか、そこから考えましょう!」
ハットが舞台上から、元首相ボームが傍聴席最後列から発言し、議場内の冷静さを取り戻すことができた。
「急な臨時国会の召集なのに傍聴に集まってくださったみなさん、議長、閣僚の皆さん、議員の皆さん、この国を変えていきましょう。酷い差別を助長しているランク制度、一部の人だけが裕福に暮らし、多くの国民は歯を食いしばりなんとか生きている状況、政治に参加したくとも何重もの高い壁がそびえ立つこと、何一つ国民に向けた政策がない。変えましょうよ、議員の皆さんもいっしょに。今の制度だと党の幹部にならなければ閣僚になれない、そんなのおかしいですよ!」
この日、洗浄党最高顧問のトクル・カストと顧問のイムロ・マカイに極刑の判決が下され、即日執行された。裁判官たちは軍隊に守られながら判決を言い渡し、執行命令書にサインした。また同時にメリー・イグリーの逮捕状を治安警察に交付、軍隊に守られながら退廷した。裁判所の周りには洗浄党の地方議員や、胸に赤いバッジを付けたチカリヤ系の人々がたくさん押し寄せ、反対のデモが行われていた。




