いざ、決戦 10
オルダヤへ来て十日目の朝を迎えた。
昨夜はホテルの客室からウエブ配信で演説を行いました。いつものマーシュ中央公園へ行くことも考えましたが、洗浄党の両顧問の逮捕などで国民はかなりヒートアップしている状態ですから、みんなの前に立つことで暴徒化することを危惧したためです。
ただし、ウェブ配信ではかなり思い切ったことも発言しました。今、洗浄党の息の根を止めると、チカリヤの代表としてオルダヤにいるイグリーが、おそらく強引な手法でオルダヤ乗っ取りを進め出すので、しばらくは洗浄党を残置したまま現首相ヒロム・ヨウラを支え、選挙制度改革など臨時国会で提案した各項目が実行できるように応援すると宣言した。
マガラが亡くなったのはバーブによる射殺が原因だったが、拳銃を用意するなどその後ろではイグリーが関与していたことが、バーブへの取り調べで明らかになっているということ。またそのバーブはすでに処刑されているということ。
洗浄党の顧問二人が逮捕されたが、裁判官が洗浄党からの仕返しを恐れて判決を出すのに躊躇していること。
オルダヤを真の自由で安全な国に変えるための提案に反対する議員がいる。現時点では名前の公表は差し控えるが、全百四十三名の議員中七九名もの反対者がいる。これらの人は今後も洗浄党がオルダヤに残り続け、しがみついていたら自分とその家族だけは助かると計算している人たち。国民のために議員活動を行っているだなんて、これっぽっちも考えていない人たちだと糾弾した。
今こそ真っ当な改革を行う人を支持し、支援するという空気を醸成する必要があるとウェブ演説で訴えたハット。当然ながら反響は凄まじく、反対した議員の名前をすべて明かせとか、どうしてイグリーを逮捕しないといったように国民の怒りの炎が何段も大きくなっていった。
パガーノ大統領も国内の対応があるため早朝に帰国の途に就くことになり、夜通しSNSの発信を行ったあとにホテル前で見送りを行い、真っ赤な目をして三人はレストランで朝食を取っていた。
「首相、おはようございます」
「君たちも早いんだね、明け方までSNSで発信していたのに」
「ご存じなのですか?」
「うん、今日の国会で必要になりそうな資料作りをしながら、国民の反応を見ていたんだよ」
三人が座る席にヨウラ首相がやってきた。以前のヨウラとは顔色がまったく異なり、一字一句用意されていたセリフを読んでいた時とも違う。自信とやる気がひしひしと伝わってくる。
「昨日はハットもペトも国会の傍聴に来ていたんだね。上から見ていると光が眩しくて、ブルが動き回っていることしか確認できなかったよ」
「そうだ、昨日最後部の席からヤジを飛ばしていた人、元首相なんですよね。あの方と共闘するのはどうでしょうか? ある程度の年齢の方は共感してくれると思うのですが、どうでしょうか」
「バルダー・ボームのことだね、ハット。最後まで洗浄党と闘ったものの、当時の国民は洗浄党が発する言葉に共感し退陣に追い込まれた。おそらくあの時ボームを支持していればと後悔している国民は多いと思うし……」
昨日とは明らかに違う議場の様子に驚く三人。開会直前にやってきた三人は座るところがなく、最後部で立って壁にもたれて傍聴するほかなかった。ただ最後部にいたのでハットたちだと気付く人がおらず、声を掛けられることなく議会の審議を集中して見れるはず……。
「何故、それほどまでに改革が必要なのか? 議員だったり公務員の上級職になりたければ、洗浄党の党員になればその門戸は開ける。何も不都合な点はないように思われますが、首相、いかがですか」
「まず議員や公務員になるためになぜ洗浄党に入る必要があるのか。私も党員だから知っているが、加入条件にある多額の出資金はどう考えてもおかしい。また加入条件には出資金の支払いのほかにも、ランクが第七以上でなければ門前払い。企業で管理職をされているか個人経営者以上です。一般の会社勤めの方は党への加入もできない。こんな馬鹿な話ありませんよ」
「そこは〇八以上に改善してもいいですね」
「〇九以下の方は口を出すなということですか?」
「〇九以下って自己破産のほかギャンブルや酒依存等の要監視者、第一〇ランクは犯罪者の家族で一一は犯罪を犯した出所者ですよ。そんな人間に議員や公務員をさせるのですか? 絶対に反対です!」
「第一〇ランクの犯罪者の家族なんて関係ないですよね? 両親や子供だけではなく六親等まで家族扱いはさすがに無茶ですよ。それに第九ランクの場合は年数の制限や医師の診断書が必要といった条件付きに緩和するべきだ。出所者だって永遠に制限を受け続けるのはさすがにやりすぎです。先進国と比べて異常に長い刑期を終えて出てきても、さらに制限を続けるのはさすがにおかしいと思います」
「首相、ランク付けによって居住地区や就業の制限を設けるからこそ、安全な街づくりに役立っているんだぞ」
「その安全な街づくりにもっとも反しているのが洗浄党ですけどね」
「首相、あなたは今、洗浄党の党首ですよ? 自覚はありますか?」
「自覚があるから言っているんです。多くの議員のみなさんが世間をまったく見ず、世間の声もまったく聞かないから、今の洗浄党のやり方のおかしさに気付かないだけですよ」
議員は代わるがわるヨウラ首相に挑んでいくが、ひるむ気配もなく応戦していく。昨日はジェンキンズ、パガーノ両大統領のマル秘メモによって闘っていたが、今日はヨウラ首相自身が考えた言葉で応戦している。まるっきり以前のマリオネットのようなヨウラ像は消え去り、一政治家のヨウラとして論戦に真っ向勝負している。
それに比べて、舞台の端に能面のような顔で突っ立ち、お茶を入れたりコピーした用紙を配るなどしているモドル・タイダはいったい何なんだろう。
「党首にお聞きする。それらの改革をやり遂げた後、この国は本当に自立できるのか? 私はチカリヤに支えてもらわないと立ち行かないと思いますが、自立できる根拠はあるのですか?」
「ヨーク副党首、久しぶりにお顔を拝見しました。ずっと逮捕された顧問に付きっきりでしたね、ご苦労さまでした。では副党首にお答えしますがその前に、チカリヤに支えてもらってオルダヤが自立できる保証はあるのですか? SNSに発信されている内容からは、チカリヤがオルダヤを飲み込むために接近しているようですが」
「あの脱獄囚の戯言ですか。私はヒカルゴで彼たちの言動をつぶさに見てきましたが、何一つ証拠がないただの虚言にすぎません。チカリヤのどこに彼たちの虚言に一致する部分があるのですか?」
傍聴人たちは一斉にヨークへの不満をヤジとして発します。ブルはヨークの発言に頭に血が上ったのか、最後部から舞台の方へと歩いて行こうとする。
「みんな静かにしろ!」
今日も傍聴に来ているボームが本当に大きくて、地面が響きそうな重低音で言葉を発すると、ザワザワしていた議場内は一瞬で静まり返った。もちろんブルの足も止まった。
「ヨーク副党首、では逆に聞くが、そのSNSで広く発信されたチカリヤの話、すべてが嘘だとする確たる証拠はありますか?」
ボームの声に対してヨークは何も発さない。
「議場ではお静かに願います。発言は許可された人以外は行わないでください。遅延行為とみなして退廷処分とすることがあります」
顔色を一切変えず、喜怒哀楽も表さないまさしく〝無〟のまま、モドル・タイダは定められた言葉を淡々と読み上げた。
「副党首、今の発言は元首相のボーム氏だと思いますが、多くの国民も同じように考えています。SNSで広まったチカリヤの危険性が嘘だとする証拠を示せば、私が提案した様々な事項は不必要なことだと示せると思いますが、いかがですか?」
「チカリヤ側や党上層部が大丈夫だと言っているのだが……」
「あれだけ勇ましくあのSNSの内容は嘘だと言い切った。そこまで言い切るのならば、それを証明することは政治家としての最低限の仕事だ。自身の発言に自信がないのか? それとも勢いで言ってしまったのか? それならば撤回させていただきますと今すぐ言うものだ。政治家としてこれからも生きていくのならばね」
議場内は静まり返り、ブルは通路に立ったまま動くこともできない。それほど迫力に満ちたボームの発言だった。
「議場ではお静かに願います。発言は許可された人以外は行わないでください。遅延行為とみなして退廷処分とすることがあります」
空気を読むという術を知らないのか、先ほどと一字一句違わない言葉を発したモドル・タイダ。そう思うと同じ系統だったヨウラ首相の進化ぶりは目覚ましい。
「私も洗浄党の党首、洗浄党によって刷り込まれていることすべてが事実だと思う気持ちは痛いほどわかる。でもSNSの投稿を見て、実際にはどうなのかを世界中の報道や資料と比べて事実だということがわかり、またSNSの方がリアルに伝えていることも多い。だから私は洗浄党やチカリヤの言い分に耳を傾けつつも、それらが事実かどうかを確かめるようになった。その結果、チカリヤは支えることなんてしないと結論付けました」
議事録に自身の発言として残ることがわかっていても、ヨウラ首相はハッキリと言い切った。




