いざ、決戦 7
「ウネマ、よく決断したな」
「署名してこの国の息の根を止めるよりは、まだ簡単な選択でした」
「その割には顔面蒼白だったな」
「そりゃあ、所属する党の実質トップに対する逮捕を命令したのですから、本当に心臓がドキドキしました」
「おまえは党首や首相には向いていないな」
「ええ、市長にも向いていないと思います。落ち着いたら政治家は辞めて別の道で生きていきます」
「その前にだ、ヘム・タテハナへの逮捕も命令しなきゃいけないぞ。お前の仕事は洗浄党を解党するのではなく、正常な政党へと生まれ変わらせることだ。まずは膿をすべて絞り出せ」
洗浄党最高顧問のトクル・カストと顧問のイムロ・マカイは、国民をあまりにも愚弄し、およそ政治とは言えない私利私欲のためだけに国を利用したとして、〝国民に対する影響を考えたうえで罪状と刑期を判断する法律〟が適用されて逮捕された。自分たちが作った法律で逮捕されたのです。
「とにかく、これで党首や首相の代行は辞めさせてもらいます」
「そうか、ウネマわかったよ。では後釜を指名してくれないか?」
「元々首相だったヒロム・ヨウラで良いと思いますが、どうでしょう」
「誰か、ヨウラをここへ呼んでくれ」
一時間ほどでヒロム・ヨウラは官邸へやってきた。
「通りがすごいことになってます。党本部からここまで五分も掛からない距離なのに、道が人々で埋め尽くされて身動き取れない状態なんですよ!」
以前のヨウラでは考えられないほど饒舌だった。洗浄党のマリオネットだった彼は糸をすべて切られ、今は自分の意思で動いている証拠でしょうか。
官邸の窓は防音や防弾仕様で、中の様子を見られないように分厚いカーテンで閉め切られている。パガーノ大統領が少しだけカーテンを開けると、オルダヤ国旗が無数になびく様子が目に入った。
「ペト、ブル、ハット、あなたたちのSNS発信で真実を知り、そして今日、洗浄党のトップが捕まったことでみんな狂喜乱舞しているのよ」
どれどれと言わんばかりに、ハットたちも狭いカーテンの隙間から地上を眺めた。国旗を振り、官邸のあるマンション上層階に向かって拳を突き上げる人々。みんな今日のライブ配信を見ていたのでしょう。
「これが国民の答えだ。この答えを見たヨウラに尋ねる、もう一度首相をやってくれないか」
「ジェンキンズ大統領、私ヒロム・ヨウラはもう一度首相の座に就き、オルダヤが歩むべき道を示すことができればもう政治には関わらない、これでよろしいですか?」
「ああ、十分だ。それとウネマ、ヨウラ。おまえたちはおそらくチカリヤに狙われる身となるわけだ、アストルとチカリヤの合同警備チームやオルダヤの治安警察にお願いして、身辺警護をより厳重にしてもらう必要がある」
「大統領、私もそのホテルに滞在してもよろしいですか?」
「もちろんだ、ウネマはどうする?」
「私はこの首都の市長です、この街から離れません」
「そうか、わかった」
「大変なことになってきたけど、これが俺たちが望んだ結果だよな」
官邸からやっとの思いで車に乗り込み、多くの人に取り囲まれてなかなか動けず、一時間ほどでかかってようやく動き出した車の中。ブルがこんな問いを投げ掛けてきた。
「ブル、僕はこれは結果だとは思っていない、あくまで途中経過だよ。ただこれまでとは違い大きく進んだとは思うけど」
「今、ハットが言ったとおり、私もゴールへ向かう中ではかなり大きな障壁だけど、何とか突破できたなって感じかな」
「そうだよな、まだゴールではないもんな。でも洗浄党の大物をよく逮捕できたと思うぞ、俺は」
「それは僕も本当に思うよ。治安警察の隊員たちも多くの人が現状に不満と不安を抱えていたんだよ」
「次はあの大国チカリヤだ。イグリーがどう出てくるのか……」
結局車に乗り込んで二時間ほどかかってホテルに到着した。
「ハット、オルダヤの治安警察には、どうやらハットのファンが多いらしいな」
ロビーに入った途端にジェンキンズ大統領に話し掛けられる。
「さっき連絡があってな、ノガユ・バーブに逮捕状が出た。マガラが使っていた客室からバーブの指紋が出たこと、防犯カメラの解析で拳銃を所持していたことが明確になったことが決め手で、まずは武器の不法所持の容疑だ」
「大統領、このこととハットのファンが多いってどういうことですか?」
「ペト、治安警察の連中が言うには、ハットがSNSで真実を広めてくれたからこそ、洗浄党の上層部だったりチカリヤに寝返った人物の逮捕につながった、今までならば手を出せなかったと言うのだ。とにかくハットのおかげだと連中はみんな感謝していたからな」
「SNSで僕の名前は前面に出していますけど、ペトやブルのフォローがあってこそなんだけど……」
「ハット、こう考えるべきだ。ハットと言うのは個人の名前でもあるけど、SNS上ではチームハットみたいなものさ。三人でハットと言うチームを運営している。実際にそんな感じだろう?」
ハットはニコッとすると大統領に一礼し、エレベーターに乗り込んだ。
「大統領は機嫌が良さそうだったな、あの人は起伏が激しすぎて私はちょっと苦手なんだよ」
「でもあの大統領のことさ、これで投資したホテルで損害は被らないだろうって考えているぞ。だからしばらくは機嫌がいいはずだぞ」
「ブル、なかなか鋭いところを突いて来るね」
「そうだろう、ハット。俺もようやく人の見方がわかってきたからな」
エレベーターのドアが開き、三人は笑いながら寝泊まりしている部屋へ入って行った。
夕食の時間までは本業のSNSの発信を行う。特に今日は洗浄党の顧問の逮捕というこれまででは考えられない状況が、しかもライブ配信の最中に起こった。それだけに反響は大きく、いつものように一通ずつ返信もできない状態でまとめて返信のポストを送信します。
また三人は所属しているヒカルゴの情報調査室への連絡も行います。対外情報機関ですから各国の詳細な情報を収集し分析する役目を担っており、そこに所属しているのですから当然の仕事。また世界各国の情報機関も洗浄党の実質トップとナンバーツーの逮捕に、これからのオルダヤやチカリヤ、そして両国に対抗しているアストルやヒカルゴの今後の出方を見極めたいので、ヒカルゴの情報調査室も相当な多忙ぶりを見せています。
一八時を回ったころ、パガーノ大統領からレストランへ来るようにとの電話があり、ほぼ定例となっているディナーミーティングに顔を出した。話題は洗浄党からチカリヤの出方に完全に移り変わった。
「つい先ほどだが、チカリヤ大使館前を張り込んでいた治安警察隊によって、中から出てきたノガユ・バーブを逮捕したそうだ」
「ジェンキンズ大統領、チカリヤ側からは何もメッセージは出されていないようですね」
「そうなんだよパガーノ。チカリヤというかメリー・イグリーという女は、バーブをただ使い勝手が良い男としか見ていなかったんじゃないか?」
「そうですね、バーブを何かの事件に利用してもチカリヤにまで火の粉は飛んできません。そういった意味では本当に使い勝手がいいし、オルダヤの元洗浄党員が起こした事件で処理できて便利なのでしょうね」
「ジェンキンズ大統領、もしもバーブがチカリヤ人でオルダヤの警察に逮捕されれば、やはり反応は違っていたのですか?」
「もちろん違うさ、ハット。自国民を不当逮捕したとか大使館に出入りする人間を勝手に逮捕した、みたいに騒いでいると思うぞ」
「バーブはなぜこんな事件を起こしたのでしょうか。あんな大胆なことをするような人には思えなかったのですが」
「ペト、そうだなあ……、バーブはやらなければ仕方がない状況に追い込まれたんじゃないかな。あの拳銃はチカリヤ軍の装備品だ、バーブが個人的に入手するのは難しい。そう考ええると入手ルートはメリー・イグリーからだろう。フッケ・オウダは議員経験者でオルダヤでは使い勝手がいい、それに引き換えバーブは党の人間で政治は門外漢だ。メリー・イグリーにここで一旗上げて男になれとでも迫られたんじゃないか?」
「ジェンキンズ大統領、パガーノ大統領、私は何をすればよいのですか?」
首相に返り咲いたヒロム・ヨウラだが、話を聞いている限りでは自分の役割がわからない。何せ今まではお箸の上げ下ろしの仕方まで指示されていたような男だ、首相という肩書をもらっても何から手を付ければよいのか何もわからないのです。
「ヨウラ、お前の役割は本当に重要だぞ。明日の臨時国会開会はもう通知したんだな?」
「はい、ここへ戻ってきてすぐに行いました」
「では明日からお前がしなきゃいけないことを順に話していく。この書類を見ながら順を追ってくれ」
「ヨウラ首相、こちらのプリントはテクニカルなことが書かれています。これだけでもギッシリとありますが、それに加えて想定問答やあなたが口にしても良いことと悪いことなども書いてあります。ちょっと大変ですけど……」
「大丈夫です、私は超一流のマリオネット。すべて覚えて、すべてこれらの指示どおりに動いていきますから」




