いざ、決戦 8
九日目の朝を迎えた。今日は官邸へ行くこともなく久しぶりに部屋でくつろげる一日のはずでした。
「ハット、悪いがオルダヤの国会を視察して来てくれ。そしてどのような法案が通るのか、どの議員がいまだに洗浄党寄りな発言をしているのかなど、こと細かくチェックして報告してくれ」
「ハット、国会でエキサイトして暴言を吐いちゃダメよ。あなたはヒカルゴの特別職の公務員なのだから」
ジェンキンズとパガーノの両大統領からの指示を受けて、国会へ出向くことになった。
オルダヤ議事堂は官邸の近くにあった。官邸のようにマンションのワンフロアを充てているといったものではなく、かなり立派な建物だ。オルダヤの国会は傍聴が自由だが、ほぼ誰も聞きには来ない。内輪で適当に話して勝手に法案が決まっていくだけで、ほぼ議論など行われないのですから。今日なんて本当に急遽開会されることが決まったから、傍聴に来る人はほぼいないでしょう。
「これすげえな、本当にドケチな洗浄党が作ったオルダヤの議事堂なのか? まるでコンサートホールじゃないか」
昔の議事堂は官邸が入るマンションのすぐ隣にあったが、旧官邸などといっしょにすべて売り払われた。当初はマンション内に議場を作る計画を立てたがさすがに狭すぎるので、近所のため池を埋め立てて今の議事堂が建てられた。
もちろん、お金のためならばどんな手段もいとわないタテハナだ、国会以外にも市議会にも使われるし、コンサートなどにも使用される多目的ホールとなっています。オルダヤでは議会は形式的なもので、議案はすべて可決されることになっているから議会として使われるのは年に二、三週間ほど。稼働率を上げて収益向上を目論み、さまざまな催しに貸し出されているのです。
議事堂に入ると見た目はどこからどう見てもコンサートホール。
閣僚は舞台上の椅子に座り、その他の議員は客席の前列に座る。議員席の後ろは何席かは空席とし、その後方が傍聴席となっています。傍聴に訪れているのはハットたちを入れても十名ほどでした。
舞台上の演台に議長が立ち、議会の開会を宣言した。続いてヨウラ首相が今日の臨時国会開会の重要性を話していく。
「ヨウラ首相ってはっきりと喋れるんだな」
「僕も今、そう思ったよ」
「ブル、ハット、あのセリフも昨日ジェンキンズ大統領がレクチャーしたままなんだよ」
「へえ、まるで自分の意思で堂々と話しているみたいだな。さすがは超一流のマリオネットを自負しているだけのことはあるぜ」
「今日皆さんにお集まりいただいたのは、洗浄党の最高顧問と顧問が逮捕されたことによって、当面のわが国の進むべき道を決める必要性が出てきました、それも早急に。そこで以下の法案や改正案を提示します」
議員への立候補や公務員の上級職を志望する際の制限を緩和する。現在は洗浄党所属が絶対条件なのでこれを緩和し、年齢や国籍、納税状況など基本的な条件のみとする。
早急に選挙を実施する。現在閣僚も議員も全員が洗浄党所属なので、新しい条件によって選挙を実施する。
各国の代表による選挙監視団を受け入れ、国民が真に望む公平で公正な選挙を実施する。
これらのことを実施した後に、現在のランク制度はあまりにも基本的な人権を無視しているので廃止し、居住や職業選択は各個人の自由とする。
法律を全体的に見直す。近代国家とは思えない内容となっている刑法をはじめ多くの法律を抜本的に作り変える。
ただし洗浄党が行ってきた政策や立法の中にも多くの国民が支持する部分もあると思うので、そこは対話を重視して慎重に進めていきたい。
チカリヤへの実質的な吸収併合については、洗浄党の元顧問など一部の者が勝手に進めてきたものであるので、これについては議員選挙の際に国民投票を行い意見を聞きたい。
外国人による不動産の取得や会社の重役以上への就任は国による許可制とし、これまではチカリヤについては簡単に帰化できていたので厳正化し、国内の秩序を守ることを優先とする。
といった具合に何十項目にもわたる法改正や制定などを、順次行っていきたいとヨウラ首相は語った。
「ヨウラ首相、これらの多岐に渡る案を実施し、タテハナ総帥に取って代わろうという意思の表れである、そう思って間違いないですか」
議員席から舞台上の発言席へ移動した、洗浄党のベテラン議員が発言した。
「私が首相の間に先行して行う部分は積極的に行います。ただし、私は法や制度改正後の選挙には出馬せず政界を去ります。これまでも洗浄党の党首として、オルダヤの首相として国民に多大な負担とご苦労を掛け、いくら法律どおりとは言えあまりにも無慈悲な拘留や処刑、その家族の劣悪な待遇を推し進めてきた責任があります。これから進むべき真っ当な道筋を示した時点で退くことが当然だと考えております」
ぽつぽつと傍聴に来ている人たちからは拍手が起こった。もちろんハットたち三人も拍手を送った。待ち焦がれた自由に生活できる国オルダヤ、そのために進むべき正しい道筋が引かれたのですから。
「ヨウラ首相、本当に政界から去るのですね? もしも最高顧問や顧問が不起訴となり復帰してもその信念は揺るぎませんね?」
「カスト最高顧問やマカイ顧問、それにタテハナ総帥にはずいぶんとお世話になりました。それは事実ですが、私も含めて、彼たちが行ってきたことが正しいとは到底思えません。もしも彼らが復帰してもそれは私には関係がないことです」
「そこまで言い切るのならば、今すぐに洗浄党をお辞めになってはいかがですか?」
「議員は私よりはるかに長い経歴とそれに伴う知識や判断力がおありです。議員もご存じのように、オルダヤでは憲法も含めて法体系はすべて洗浄党を中心として構成されています。いま洗浄党を辞めれば首相でも議員でもなくなる、そうすると先ほど述べた改革案の入り口である選挙改革に着手もできません。これらの改革を実行してから後任の閣僚や議員の皆さまに、残る改革の実行を委ねるのが筋だと私は考えます」
また傍聴席からはパラパラと拍手が起き、もっとも後方に座っていた老男性がすくっと立ち上がり、舞台に向かって叫び始めた。
「ヨウラ、よく言った! 今のオルダヤに必要なこと、それは洗浄党との決別だ! まずは公正で公平な普通選挙を実施して、国民の本当の意思を確認する。そこからすべては始まるんだ!」
舞台上の議長や閣僚たちからは、照明が眩しすぎて誰のヤジだったのかはわからない。しかし他の議員が座る観客席からはそのヤジの主が誰だったのかがはっきりとわかった。
「ボームさんじゃないのか?」
「首相在任中の法改正で議会から追放されたバルダー・ボームだ」
バルダー・ボーム、もう九〇歳になろうかという男性で、洗浄党が今のように政権はおろか国自体を支配する直前にオルダヤの首相だった人物。首相在任中に少数野党に転落し今の憲法や法律の骨格を作り上げられ、洗浄党員ではなかったので半ば議会から追放された洗浄党員以外の最後の首相。アストル国との太いパイプを保ち、もっともオルダヤが輝く時代を作り上げた。ただその日々の暮らしぶりから平凡さを感じる国民が多くなり、変革を求める人の声に負けるようにして洗浄党に政権を明け渡した。
〝一度くらい別の政党に国家を任せてみてもいいんじゃないか?〟
〝無駄を省いて国民に還元する政策を掲げているしなあ〟
〝アストル陣営の国だけではなく、もっと広く世界相手に貿易を行いさらに豊かにしていこう〟
人は時として今の幸福を平凡でつまらないものと錯覚する。その結果、今までとは違う切り口で迫ろうとする政治手法を、目新しく新鮮でぜひ受け入れてみたいと感じてしまう。その結果が悲劇の始まりであり、今に続く洗浄党による独裁政治が始まるきっかけだった。
「閣僚も他の議員も、今の洗浄党の手法が正しいと思っているのか! おまえたちの中には洗浄党が強奪した国民の幸に群がり、享受している者もいるだろう。それが政治家として正しいことなのか! 一度胸に手を当てて考えてみてくれ。私がもっと強引に止めておけば、今のようなことにはなっていない。すべては私が悪いんだ。頼む、君たちの手で元のオルダヤに戻してくれ!」
これまでのオルダヤ国会では、傍聴席からの不規則発言は退席させられた後に行方不明となることが一般的だった。もちろん昔から不規則発言をする傍聴人はいたが、そのほとんどは洗浄党が用意した人たち。盛大に拍手した後、涙を流しながら洗浄党を称える発言をして場を盛り上げる。マスコミはその様子を報じて全国民待望の政策や法律だとヨイショし、その後に党上層部の人間がテレビでお笑い芸人と戯れながら周知徹底を図るまでがお約束だった。
「今の状況は私の責任でもある、どうか洗浄党からの脱却を図るべく選挙改革の実施後、速やかに選挙を実施してくれ!」
ボームに対し他の傍聴人は全員がその場に立って拍手を送った。閣僚や他の議員も全員が賛同して拍手を送るのかと思ったが、ちょうど半数くらいしかいない。洗浄党というぬるま湯にどっぷり浸かっていると、ぬるま湯に氷を入れられたり、逆に沸かされてもなかなか気付かないようだ。
その様子もライブ配信を行っているので、リリック分析官が詳細にデータ化してくれるはずだ。




