いざ、決戦 5
長時間のドライブがこたえたのか、目が半分閉まりながらSNSの更新や返信を続けていた三人。一瞬寝落ちしかけたハットは、電話の呼び出し音にドキッとして飛び上がるようにして電話に出た。
「おい、ハットか?」
「はい、そうです」
「レストランに集合してくれ」
電話はジェンキンズ大統領からだった。おそらく洗浄党の今後に関する連絡がマガラへ入り、その情報をジェンキンズ大統領に伝えたのだろう。
「ブル、眠そうね」
「パガーノ大統領……、往復一〇時間のドライブはかなりきつかったです」
「三人とも眠たそうだし早速本題に入る、よく聞いてくれ。マガラによると洗浄党を解党すると最高顧問から連絡があったそうだ。解党に関する覚書に党首として署名するように言われたから、解党は間違いなく実施される」
ジェンキンズ大統領によると、洗浄党の最高顧問トクル・カストは解党を選択した。法律で閣僚は議員の中から選出、議員は洗浄党所属と決まっているのに。
「何でも、超法規的措置として憲法や法律をすべて一時停止し、無政府状態で乗り切る腹づもりらしい」
「ジェンキンズ大統領。それは裏を返せば、すべてをチカリヤがコントロールすると宣言したのと同義ですね」
「パガーノ、そのとおり。条約だ署名だなんてすべて無視して、解党直後から実質的にチカリヤの自治区入りだ」
「だとすると、もう為す術もないということですか……」
「ハット、まだ大丈夫だ。何せ法律を無視し、強奪する側の国の主導で乗り切ろうとする。もちろん国民の意思もまったく尊重されてはいない。そんな状態をアストルやヒカルゴだけではなく多くの国々が認めるわけがない。もちろん国連も出てくる、こんな時に出てこない国連だったらアストルは拠出金の負担をやめるさ」
「ジェンキンズ大統領、マガラが覚書に署名するのは早ければ明日では?」
「だろうな、パガーノ」
「だとするとやはり時間がありません……」
「パガーノ、ここは私に任せてくれ。明日一番で官邸へ出向く。そこで武力をカードにした取引を行う」
「あの、それよりも……、マガラ首相はどこに?」
「あれ? てっきり来ているものだと思ったが……、やつの携帯に電話してみるよ」
ジェンキンズ大統領はハットの問いかけにすぐに電話を掛けた。
「マガラの部屋を見て来てくれ!」
何回コールをしても電話に出ないことを不審に思い、ジェンキンズ大統領は警備隊に命令した。
「そうか、わかった」
警備隊に命令して一〇分ほど経過した時に携帯が鳴り、短い言葉だけを発して電話を切った。
「客室にいたそうだよ、遺体となってね」
誰も何も発せないまま、全員がジェンキンズ大統領の顔をじっと見た。
「ハット、このことはまだ発信しないでくれ。オルダヤの警察に任せたら調べもせずに自死で処理されてしまう。本当はダメだが、合同警備チームに迅速に捜査してもらう」
ただ犯人は呆気なくわかった。部屋の前の防犯カメラにマガラの部屋を訪れた人物がはっきりと映っていたのだ。
「洗浄党よりもチカリヤが焦っているようだな」
「大統領、チカリヤと言うよりメリー・イグリーが焦っているのかもしれないですね」
「パガーノ、そのとおりだよ」
防犯カメラに映っていた人物は洗浄党元副党首のバーブだった。防犯カメラ以外の証拠も取り揃えてからオルダヤの治安警察に通報した。自死で片付けられないようにするために。
「ハット、悪いがSNSでこのことを拡散してくれ。ただしチカリヤと洗浄党、どちらの仕業かはわからないからそこは書くなよ。とにかく事実を淡々と伝えてくれ。大至急広めてくれ!」
眠気が吹き飛んだ三人は部屋に戻り、世界中へマガラが被害に遭ったことを発信した。
「まさか自ら命を絶つとは思ってもみませんでした」
八日目の朝、官邸を訪れると〇一、一市長のサモイ・ウネマがいた。
「おまえはマガラと同じようにならなくて良かったな」
「ジェンキンズ大統領、私も署名前は本当に怖くて正直言って逃げましたよ。でも自ら命を絶つ必要はないと思うんです」
「マガラが自ら命を絶ったと思っているのか?」
「今朝、党からの連絡でそう聞いたので……。それでまた党首と首相の代行をするように命じられましたし……」
「マガラは殺されたんだよ」
「そうなのですか?」
「ああ、チカリヤ製の拳銃で撃たれたんだよ」
「え……」
「洗浄党解党の覚書に党首として署名するためだけに、おまえは任命されたんだよな」
「まあ、すぐにお役御免になって、すぐに市長に戻るだけですね」
「市長は洗浄党員でなくてもなれるのか?」
「いえいえ、洗浄党所属でないと市長どころか役所の課長クラスにもなれません」
「その洗浄党をおまえが署名して消滅させるんだろ? もう市長としては生き残れないな」
「超法規的措置とかで、党が無くなってもそのまま在任し続けることになってますから」
「なるほど、だからおまえは元気なんだな」
〇一、一市長のウネマが再び党首と首相を兼任する。前回は署名へのプレッシャーで拒否したわけですが、今回は党消滅後も市長として残れると説明を受けたので、前回とは違いかなり元気だった。
パガーノ大統領やリリック分析官、そしてハットたち三人は黙って聞いていたのですが、これまでの洗浄党上層部のその場限りの口約束を見聞きしたリ、実際に感じたことはないのかなと不思議な気持ちになった。
超法規的措置によって法律をすべて停止して首相などの閣僚や議員も実質いない状態、言ってみればあやふやな状態でオルダヤをチカリヤへ吸収することを進めていく。現状のオルダヤは洗浄党が頂点に立って成り立っている国なのに、その党がなくなり頂点にはチカリヤと言う別の国が立つ。そんな状況において地方自治がいったいどれだけ機能するのだろうか。市長と言う職名は保持し続けられても、一体それが何の役に立つというのか。
そもそも超法規的措置によってオルダヤの憲法もその他の法律もそのすべてが停止される。その状況でチカリヤが頂点に立てば、普通に考えればチカリヤの法律またはチカリヤが好む法律などが制定されて、オルダヤの法体系はもとより仕組みすべてが根底から覆される。〇一、一と言う街が首都ではなく一地方都市になるかもしれない。ひょっとすると市と言う概念が消え去るかもしれない。
オルダヤと言う自治区はあくまでオルダヤでひと塊であり、これまでの市町村という概念もなくなるかもしれない。だってオルダヤは国ではなくなり、チカリヤの自治区、いや実質的には植民地になる可能性が高いのだから。
「今日の覚書の署名は予定通りに官邸で行われます。もちろん私が署名します」
「そうか、いいんじゃないか。きれいな字で立派に署名してくれたまえ」
「はい、ジェンキンズ大統領」
「おまえが署名を終えたと同時にオルダヤへは、わがアストル軍が治安維持のために進駐する。すでに隣接するシルバーピーク国内に軍が展開しており、シルバーピーク国軍とともに治安維持行動を行う」
「ヒカルゴ国軍もすでにオルダヤ国境に展開しています。戦うためではなくあくまで治安維持のためです。オルダヤ領内での不安定さにより、ヒカルゴへの波及を抑えるという自衛のためですのでそこはお間違いなきよう」
「ついでに言っておくが、アストル陣営の各国も多国籍軍としてオルダヤとその周辺国に駐留する。あくまで治安維持のためだ。おまえが署名するとどれだけオルダヤ国内が不安定化するのか考えたこともないだろ。少しでも考えたことはあるのか?」
ジェンキンズ、パガーノ両大統領の言葉に、ウネマは黙ってしまった。ただ彼にすれば何を言われたところで、チカリヤと統合されても俺は首都の市長の座にいられるんだという、洗浄党上層部の空手形を信じているからこそ反論しないのかもしれない。
「もう一ついいことを教えてやるよ、マガラはな、チカリヤの陸軍の装備品である一〇一式消音拳銃で、サブソニック消音弾薬という五〇メートル先で防弾チョッキを着ていても貫通するような、大きな威力を持つ武器で撃たれたんだよ。わかるか? マガラがまた署名しなかったら話が滞るから、その前に始末されたんだ。まあ署名したとしても始末はされただろうな。意味がわかるか、ウネマ」
ウネマは黙っていた。いくら洗浄党が保証してくれても、チカリヤが地位を保障する道理はない。前回の署名の際にイグリーに言われた言葉も頭の中に蘇る。マガラは署名したとしても結局は始末されたはずだった。だとしたら署名した後の自分はどうなる……。




