いざ、決戦 4
「パガーノ大統領、ジェンキンズ大統領、おはようございます。僕たち今日は官邸へ行けなくなりました」
「ハット、どうした? 連日ほぼ徹夜でSNSに発信し続けているから疲れたのか?」
「疲れはありますけど……、オルダヤ国軍の総司令官に呼び出しを受けてしまって……」
「軍のトップから呼び出し? 洗浄党を支持するなと軍人に呼びかけたことかな」
「たぶん、そうだと思います」
「そうか。とにかく警備チームを頼ってくれ。何かあればすぐ連絡して来い。拘束されるなど非常時であってもおとなしくしておけ。そういった事態が起こった場合の対処法もアストルの警備隊は心得ているから」
「はい、わかりました」
「ヒカルゴの特殊警察隊も軍と同等の訓練を受けているから、緊急事態が起きても慌てず落ち着いてね」
「パガーノ大統領、ありがとうございます」
七日目の朝、ハットたち三人を乗せた車は約五時間かかって国防省に到着した。ここは二九、一二(旧称 マーカシー)の町外れで、どうして国の重要な部署を首都から遠く離れた田舎町に設置したのか不思議だった。ちなみに二九、一二は海沿いの街だが、完全に遮られるように大きな壁が海岸線に連なって建っており、海は一切見えなくなっている。
そして二九、一二の沖合にはガルドラ刑務所があるガルドラ島がある。三人が四年半前に脱獄した島です。またホテルから国防省まで移動する間にはさまざまな街を通過した。ブルの出身地、二二、六六(旧称 ビージャ)やハットの出身地、一七、一〇三(旧称 パシラ)と言った街も通過した。二人は長年過ごしてきた街を通過する時、いったい何を思ったのだろうか。
「ハットとペト、それにブルだね、こちらへ」
国防省の建物は想像とはまったく違っていて、四階建ての古い建物でまるで雑居ビルのよう。もちろん出入館に対する警備は厳重だけど、このビルだとミサイルどころか、古い戦車の砲撃にも耐えられるとは思えないほど。本当にこんなビルに軍部のトップがいて、オルダヤを守れているのだろうか。
案内されて四階の司令部に入る。
「こちらです」
案内役の後ろを付いて歩いて行くが、総司令官なのだから豪華な別室にデスクがあるのかと思いきや、普通の会社の係長や課長クラスと同じように、同じフロアの一番奥まった所に机が置かれている。その机に向かって歩いて行くけど、歓迎されていないのか誰も目を合せようとはしない。
「悪いね、呼び出して。私はオルダヤ軍総司令官のグラハム・ハンターと言います。ここではあれだから、こちらの応接室に入ってください」
総司令官の机の横にある応接室へ、警備チームを残して三人で入った。
「軍に対して、洗浄党を支持するなと発信したことに対するペナルティですか?」
ペトが臆せずに総司令官に話し掛けた。
「そういきり立って話をしなくてもいいよ。私だけではなくここで働く者、そして各部隊で働く者のすべてが君たちの発言を注視しているのは事実だ。そして国防大臣から軍によって処分するようにと命じられているが……」
「やっぱり俺たちを処刑するつもりなんだ!」
「だからそういきり立つなって。オルダヤ国軍としては君たちを処分することはない。そのことは国防大臣にも進言した」
「え? 僕たちを捕まえたりはしないのですか?」
「今回だけではなく、以前から党に対して敵意むき出しでSNSに発信していたよね。私も当初はこのまま君たちを放置しているとオルダヤにとって良いことはないと思っていたので、全隊員に対して君たちを支持するな、国や党のために働けと発破をかけていたよ。しかし各部隊の隊員たちから、間違っているのは党ではないかとの声が寄せられるようになった。私自身も正解を知る必要があると思い、各国の軍の司令官と会うたびに話をしてきた」
各国の軍の司令官たちは意外なほど横の繋がりが太い。友好国や経済的に繋がりの大きな国だけではなく、敵対する国の司令官ともパイプを持っている。誰もが戦争を引き起こしたいとは思っておらず、偶発的に戦闘状態にならないように各国の軍の司令官たちは協力し合っている仲だ。
もちろん国によっては領海に侵入して出方を観察したり、時には既成事実化して他国の領海内の島を奪おうと試みたりもするし、領空侵犯したあとどのくらいの時間で偵察にやってくるのかを観察もしている。そういった国々は表向きはパイプがあるように装うが、他国への非難ばかりに執心して自国の軍備強化を隠そうとしている。そういった国の代表格がチカリヤです。
洗浄党が行おうとしているチカリヤへの国の譲渡が他国の軍司令官の間でも関心が高まり、各国が得ている情報とハットたちの発信の間にほぼ齟齬はないことも確認されていることから、オルダヤ国軍総司令官としては洗浄党の指示には従えないと判断したという。
「以前にもチカリヤが我が国へ押し寄せようとし、国内が殺伐とした状況に陥った。その時は洗浄党が気付いてチカリヤを締め出したのだと思っていた。ところが今度はチカリヤが国を奪いに来ていて洗浄党が賛同しているとなれば、わがオルダヤ国にとって敵はいったい誰なのかということだ」
オルダヤ国軍総司令官グラハム・ハンターは洗浄党を敵対視していると明言した。
「でも私の口からこんなことを聞いたとは言わないでくれ。さすがにまずいというか、クーデターを画策していると洗浄党に睨まれたら、私を解任してチカリヤ寄りの司令官が誕生するだろう。そうなればもう誰もこの国を守ることはできなくなる」
軍は国を、国民を守るために命を張る。ところがその軍のトップにチカリヤ寄りの人が就任すれば、守るのはオルダヤではなくチカリヤとチカリヤ人になる。それを総司令官は危惧しているのです。
「なので私たちは君たちを拘束することは考えてはいない。それと、わが軍隊は一致して君たちを支持する。なのでこれ以上、SNSでわが国軍に洗浄党を裏切るようにといった呼びかけはやめてほしいんだ。これ以上呼び掛けられたら洗浄党の上層部からの圧力に耐えられなくなるんだよ」
「そうなんですね、わかりました。軍や警察などへの呼びかけは今後一切行いません。それとこれまでに発信した軍や警察関連の投稿も削除します。総司令官、申し訳ありません」
ハットが深々と頭を下げると、ペトとブルも次いで頭を上げた。
「頭を上げてください。君たちもこのオルダヤを守り、昔を取り戻すために活動されていることは十分に伝わっています。これからも気を付けて活動してください。それと治安警察や所轄の警察ですが、一部の上官に洗浄党の息が掛かっている者もいますので、くれぐれも気を付けて活動してください」
たったこれだけのことを伝えるために遠い場所へ呼び出したのかと思った三人ですが、省庁内からの電話やメールはすべて洗浄党がチェックしているため、正しく伝えるためには来てもらうしかなかったそうです。
「元々は官邸の近くに国防省があったのだが、ヘム・タテハナに土地を売却されて、われわれは地方のこんな小さなビルに押し込まれているんだよ。洗浄党に対してはその恨みもあるからね」
最後にグラハム・ハンター総司令官は屈託のない笑顔を見せた。
「俺、今の今まで軍隊ってあまり頭になくて考えたこともなかったんだけど、ペトやハットは軍隊にどういう印象を持ってた?」
「私は教壇に立って軍隊のことも教えていたけど、正直に言ってオルダヤの軍隊は影が薄い気がするね」
「僕も同じ感じかな。学校で軍隊のことも少しは習うけど詳しくは聞いたことがないし、そもそも普段の生活で軍人さんを目の当たりにすることもなかったし。演説を聞きに来ていた軍人さんを見て、軍服って何だか迫力があるなあって思った程度だよ」
「結局さあ、洗浄党やらタテハナって軍備を軽視して、国防省のビルを土地ごと売っちまうような連中だろ。それであんな地方の雑居ビルみたいなところに押し込まれて。国民も軍隊をあまり目にする機会はないし学校でもほぼ習わないから、軍隊を意識するほうが無理な状態になってるんだよなあ」
「今、ブルが言ったとおりさ。確かにサイバー空間での戦い、それこそハッキングなども大事だとは思うけど、でも軍隊ってただ戦うだけじゃなく大規模災害時の人命救助などは、あのフォーメーション化した動きがないとダメなんだよ。それだけ訓練を受けて国を守るために努力しているのに、金儲けにしか目がないタテハナのような連中が上にいるからこの国はおかしくなっているんだよ」
「自分の命を命を擲ってでも国を守る人たちに対して、洗浄党のやり方はやっぱりおかしいよ」
五時間ほど車に揺られて国防省からホテルへ帰ってきた三人、到着するとすぐにレストランへ来るように指示された。
「ということは、軍に関しては特に脅威ではないということだな」
「はい、ジェンキンズ大統領。総司令官は軍として脅威だと感じているのは洗浄党だとおっしゃっていました。ただ警察に関しては一部の者は洗浄党の息が掛かっていると」
「ペト、ブル、ハット、理解のある総司令官で良かったわね。じゃあ今後は軍や警察に対して、洗浄党から脱却する呼びかけは行わないのね」
「パガーノ大統領、もうこれ以上の呼びかけは不要ですので、対洗浄党、対チカリヤだけを考えていきます」
「あとはチカリヤ代表団のイグリーと洗浄党最高顧問のカストがどういう決断を行うかだな。マガラ、昨日は結論が出なかったのか?」
「今のところ何の連絡もありません。とにかく、今後の党の方針が決まれば私に通告してきます。通告があればすぐにお知らせします」
「マガラ、頼んだぞ。パガーノもハットも、今後の出方がわかればすぐに集まってもらうからな。それまではゆっくりしておいてくれ」




