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いざ、決戦 3


「オルダヤ国の首相であり、洗浄党の党首である私セビイ・マガラは、今回の条約への署名を拒否します」


 タイダの宣言の後に署名する机の前に歩いたマガラは、こう宣言して一礼してから椅子に座った。


 集まった記者から一斉にフラッシュを浴びるマガラ。喜びを隠せず立ち上がって小躍りしながらハットたちやパガーノの手を順に取るジェンキンズ大統領。マガラの横では苦虫を噛み潰したような顔をして睨みつけるバーブと、暴言を吐くなど悪態をつくオウダ。しかしイグリーは微笑みを浮かべながら静かに座っていた。


「やはり洗浄党の人たちは腰抜けばかりね。いざとなったら怖くなって逃げ出してしまう。今日もそうなるだろうとは思っていたけど、本当に情けないわね。国の運営が不可能な党だと露呈したわけだし、もう解党すればいいのよ。そもそも合意署名すれば、そのまま洗浄党解党の話に進むことになっていたわけだし」


「洗浄党解党ですか、すると私は洗浄党最後の党首ですね」


「洗浄党に所属していない者は議員になれない、そして議員でなければ首相など閣僚にもなれない」


「さすがオウダ、経験者ですね。それで洗浄党の解党は誰が決めるのですかね? いつものように上から降りてきた命令に、まだ党首である私が署名すればすべて完了ですかね」


 マガラは吹っ切れたのか、饒舌に話す。


「マガラ首相、その覚悟ができたうえでの署名拒否ですね。署名した後にあなたと解党についての話し合いをすることになっていましたが、残念ながらそれも叶わなかった。今日あなたが署名の場に来なかったり、出てきても署名をしなければトクル・カスト最高顧問と解党について協議することになっています。バーブ、オウダ、今からカスト最高顧問との会談よ」


 そう言うとイグリーは二人とともに官邸を後にし、記者たちは追い掛けて出て行った。




「マガラ、よく決断したな」


「はい、ジェンキンズ大統領。二択でしたが、より不幸になる人間が少ない方を選びました」


「それでいい。よくやったよ」


「マガラ首相、何か勝算があったのではないですか?」


「パガーノ大統領、勝算なんてありません。どちらに転んでも私のこれからの人生に大差はありませんから、まだマシで政治家らしい選択をした、それだけです」


「マガラ、君を今からアストル国が保護する。家族は?」


「両親がヒカルゴにいます」


「そうか、そちらはパガーノに任せるとして、君は今日からホテル住まいだ、いいな。ハットたちもホテルへ戻ろう、今日の仕事は終わったからな」


 ハットたち三人とマガラは車に分乗してホテルへ向かった。




「大統領、このホテルは安全なのですか?」


「マガラ、安心しろ。もともとはチカリヤで不動産業を営む男の物だったが、資金繰りが悪くなって手放したのだよ。その後アストルの投資ファンドなど二、三社が手に入れては手放し、最終的に私が買ったんだ」


「え? このホテルはジェンキンズ大統領の物なのですか!」


「正確に言えば、私が会長を務める会社が購入した物だけどな。このホテルで働いているのもオルダヤ人で、洗浄党やチカリヤに毒されていない人を選りすぐっている。もちろん今回は念入りに各部屋の点検をSPや警備隊にしてもらった。だから私が安全性を保障するよ」


「そうなのですか……、しかしなぜ、オルダヤとはうまく行っていない中でホテルを買われたのですか?」


「私の見込みではオルダヤはアストルと手を結ぶだろう。もちろん外れることもあるが、その時はその時さ」


「だからオルダヤに執拗にチカリヤと手を組まず、アストル陣営に傾けとおっしゃっているのですか?」


「もちろん少しはその気持ちもある。しかし、オルダヤを開放すればホテル何百棟、いや何千棟以上の経済効果がオルダヤにもアストルにも降り注ぐことになる。私は今は大統領だ、私個人や会社の利益よりも国全体の利益を優先しているよ。大統領職でなければ、もっともっと建物や土地を買い漁っているさ」


「大統領個人としては今は直接投資はやらないと?」


「あくまで今はな、まあ部下たちが適切に判断して行動してくれるよ」


 ハットたちも最初にこのホテルのことを聞いた時はかなり驚いたようですが、とにかく安全に過ごせることに間違いはない、はずですが……。




「マガラ、まだ首相なのよね?」


「パガーノ大統領、私はまだ解任されていないので首相ですし、洗浄党党首のままです。まだ解党されていませんからね」


「確かオルダヤでは首相は議員の中から、そして議員は洗浄党に所属していないとダメなのよね」


「そのとおりです、私はオルダヤに来てすぐに議員の補欠として洗浄党の名簿に登録され、ヒロム・ヨウラが議員を辞職したことで議員となりました。その前に彼は首相を解任されていたので、議員になったと同時に首相に指名されたというわけです」


「もしも洗浄党が解党されると、オルダヤの決まりでは今の政府も解散しちゃうの?」


「そうなりますね」


「だとしたら、条約を締結してチカリヤに併合されるにしても、誰がそれを認めたり署名したりするの?」


「いざとなれば、タテハナ総帥やカスト最高顧問が代わりをするでしょうね」


「でもそれって法で決められていないことよね? しかも党自体が消滅し、そしてタテハナやカストは民間人でしょ?」


「パガーノ、例えばクーデターを起こし現政権が滅び暫定政権を樹立し、現行の法律で認められていない行為を強行する事例もある。それじゃないか?」


「ジェンキンズ大統領、それって軍部が政権を握ることで起きるものですよね。タテハナやカストは民間人だし、オルダヤの治安警察や軍部が彼たちに協力するのか怪しいと思うのです。もしも軍部や警察が協力しなければオルダヤのすべての法律は有効に作用するから……」


「パガーノ大統領、だとしたら新しい首相の指名もできないからマガラ首相はそのまま、ということですか?」


「ハット、私はそう思うのよ」


「パガーノ、もしそのようにストーリーが進みそうになれば、自分たちで作った法で縛られて動けなくなる、そういうことか?」


「はい、ジェンキンズ大統領。私はそのように思いますが」


「だとしたら……、ハット!」


「ジェンキンズ大統領、早速治安警察や軍部に対して洗浄党政権に賛同しないように呼び掛けます」


 党による国家運営を構築してきたオルダヤでは、党が消滅した後のことまでは考えられていない。いま洗浄党が消滅すれば首相の交代も法改正も、もちろん他国との条約締結も事実上不可能となる。もちろん党を残してマガラを党首や首相から解任し、新たに別の者を立てればこれまでどおりの筋書きで突き進むことは可能だ。


 ただここ最近のドタバタ劇を見て、首相を引き受けようとする者はほとんどいないだろう。


 それに対して、チカリヤを代表してオルダヤ併合を進めようとするイグリーは、もう洗浄党の動きにはうんざりしているだろう。洗浄党をすぐに解党し、バーブやオウダといった取り込んだ人材を使って首相とさせ、一気に併合まで進めたいだろう。もちろんそうなるとオルダヤの法律を完全に無視して強引に進めることになるが。




 早速軍部や警察などに対して、SNSを使って洗浄党へ協力しないようにとのポストをどんどん発信していく。もちろん、いま進められようとしているチカリヤへの実質的な併合によって、その先の生活どころか、人権の保証もなくなることを強調もしている。


 演説の時にも治安警察を中心に洗浄党に反旗を翻す人もかなり見掛けられたが、ここ数日の動きで洗浄党を絶対的に支持する人たちがかなり減ってきた、そんな印象を受けるハットたちでした。


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