始まりはSNSから 8
「V34―01022、それは本当か!」
「はい、どう考えても脱獄のための準備としか思えません」
グループを抜けたヒー。話し掛けやすそうな刑務官に、シンの指示によってハットたちがアルミ製ボートやオール、ウェットスーツなどを作っていたことを密告したのです。
「そうか……、この島の周辺の海域は潮流が速くてオールを漕いでボートで脱出なんてまず不可能なのだが。それは関係なく脱獄を企てているとすれば大問題だし上に報告しておくよ」
「お願いします……、あの、恩赦って受けられそうですか?」
「それは私には何とも言えないな、決めるのはもっと上の方たちだから」
実はこの刑務官はヒーと同じく強い側に付いて回る風見鶏のような男で日和見派。誰とでも最低限の話をしては情報を入手し、その情報を伝えれば自分に有利になると思う派閥へ擦り寄るタイプ。今回の件だと所長派の所長代理に伝えるはずですが、これだけの重大な情報となると、上層部に報告して間違っていたら虚偽申告として処刑されるし、情報を知っていたのに脱獄を見過ごすようなことがあってもやはり処刑される。
だから今入手した情報は何も聞いていないし知らないことにしておこう。もしもV34―01022が報告したと騒ぎ始めれば口を封じれば問題ない、この刑務官はそう考えたようです。
ヒーが報告するしないに関わらず、刑務所長たちはシンの行動を注視している。過去にもシンの仕業と思われる収監者の異常な行動があり処刑したことがあるが、証拠がなくシンにまでたどり着けていないだけなのです。
刑務所長の側近の一人が刑務官のシフト表を見ながら呟いた。
「今日は我々側の刑務官が多いから仕事をするのが楽ですけど、次の月曜日のようにシン派の刑務官だらけの日に入れられたらたまったものじゃない……」
どういうことなのかと思い刑務所長はシフト表を受け取り、シン派の刑務官だけが勤務する日があることを確認した。次の月曜日は所長は島外に出ている。
――シンドリめ、次の月曜日に絶対に何かを企んでいるな……。
月曜日の本局での会議はオンラインで参加して島に残ることにし、狙撃隊の隊長に狙撃隊員をスタンバイしておくように要請した。狙撃隊は刑務官ではなく警察官で刑務所周辺の警備のために配置されていますが、どうやら刑務所長と隊長は気の合った仲間のようです。
このことは所長と隊長の間での機密事項として扱い、側近たちにも内緒にしていた。所長は側近を含めて刑務官たちを信用しておらず、話が漏れ出すことを嫌っていたのです。
――少しでもおかしな動きがあればシンドリ一派を壊滅させ、私はこの島を足がかりにこの国すべてを手に入れてやる。洗浄党なんて屁でもないわよ……。
ハット、ペト、ブルの三人は朝から落ち着かなかった。何せ今日の夜にはこの島とおさらばするのだから。シンが作ったシフトによって、刑務所内の刑務官は全員がハットたちに好意的で、
「脱出に成功して、頑張って国を変えてくれ!」
「俺たちは明るい未来が来るまで待ってるからな、本当に頑張ってくれよ」
刑務官たちはハットたちへの期待を次々に口にする。
「ハット、ブル、さっきシンから連絡があって、ボートに船外機を取り付け、ウェットスーツや食料もボートに乗せて海岸に設置してあるって」
昼休みに食事を取りながらペトから報告を受けた。
――いよいよだ、まずはここを脱出することだけを考えよう、明日からは自由の身だ……。
ハットはそんなことを考えた。しかし今自分たちに期待されていること、それは今の政権を倒してオルダヤを元の正常な国に戻すことだ。ここからの脱獄は序章に過ぎないのだがその序章があまりにも大きな壁過ぎて、本当に乗り越えて行けるという自信などまったくない。
緊張の度合いが相当高まった状態で昼食を取っていると、
「やあ、元仲間たち! 元気にしているかい?」
話し掛けてきたのはヒーだった。
「うん、元気にそして愉快に過ごしているよ」
ペトがヒーに返事したが、ハットとブルは目も合わせず無言だった。
「ハット、ブル、君たちは元気がなさそうだね。そのほうがいいと思うよ、君たちが企んでいそうなことはきちんと報告しておいたからさ、そのうち多くの刑務官に囲まれて、この食堂には戻ってこれなくなるはずだからさ」
ヒーはそう言うと三人から離れて行った。
「ヒーは本当に何か言ったのかな」
「ペト、あいつは情報を売って恩赦を狙っているんじゃないか?」
「ハット、ブル、おそらくヒーのことだから、我々が作っていた物から想像すると脱獄を企てているはずなんて言ってそうだよ」
「本当にそんなこと言っていたとすれば、今日は無理なんじゃない? 僕……、マジで怖い……」
「さすがの俺もブルってしまうぜ、ブルだけにな」
「もしも本当に脱獄を企てているとヒーが報告すれば、その瞬間に我々三人は連れて行かれているさ。幸い今日はシン派の刑務官しかいないから連行されることはないだろう。大丈夫さ」
今日の作業が終わり、三人集まって食堂で夕食を食べていると、
「そろそろ作戦の実行に移ります、我々の後を付いてきてください、海岸まで案内します」
ペトの耳元で囁いた刑務官は三人に対してサムズアップして笑顔になった。
「ブル、ハット、行くよ」
ペトの声にブルは小さくうなずき、ハットは体中が震え出したようだ。
食堂の席を立ちあがった三人は、刑務官から少し離れて後を付いて歩く。すれ違う他の刑務官たちが次々にサムズアップしてくる。
「君たち三人にオルダヤの命運を預けたんだ、俺は信用しているからな!」
そう言って握手を求めてくる刑務官もいた。
大きな期待が掛けられている。それも国を救ってほしいというとてつもなく大きな期待だ。そのためには脱獄を成功させなければいけない。ある程度のお膳立てはできているけど、やはり怖い。怖くてちびりそうになる。
ペトは自信ありげに歩き、ブルは勇気を奮い立たせて歩く。ハットは体が宙に浮いているようにも感じるし、全身が重たくて大きなおもりを引きずっているようにも感じていた。
刑務所施設内の厳重な扉を幾度となく開けてもらっては通過し、最後に高圧電流が流れる扉の電源を切ってもらって刑務所の建物から外へ出た。目の前には白い砂浜があるはずだけど、もう日が沈んで辺りは真っ暗なので踏みしめて砂の感触だけを味わった。
横にいた刑務官がオイルライターで灯してくれると、シンが映し出された。
「ペト、ブル、そしてハット、とにかくこの島から離れろ、そしてどこかへ流れ着いたら早速行動してくれ。この国の命運は君たちに託した。成功を祈る」
シンは三人と順番に握手した。




