始まりはSNSから 9
オイルライターの灯りを頼りに囚人服を砂浜に脱ぎ捨て、ボートに置かれたお手製のウェットスーツに着替えた。
後ろを振り返るとシンやその他の刑務官たちが、ライターを片手に見送ってくれる様子がボンヤリと見えた。
三人はボートを海に浮かべてから乗り込み、砂浜をオールで押し出してボートを少しだけ進める。船が海に浮かんだところでペトが、ボート内に持ち上げられていた船外機を海に浸けエンジンを掛けた。
感傷に浸る間もなく真っ暗な海で、方向も何もわからぬままに取りあえず沖合だと思う方向にボートを進ませる。海岸を見るとライターの灯りだけが薄暗く揺れながら灯っていることだけがわかり、見えるはずもないのに三人はシンたちに手を振り続けた。
――本当に刑務所から出られたんだ、ありがとう、シン。昔のオルダヤを取り戻せるように頑張るよ……。
ハットはボートの上から、何も見えないが海岸に立っているはずのシンに誓った。
「もう後ろばかり見ていてはいけない、もっと前を見て進んで行こう」
ペトの言葉にハットとブルは前を向こうとしたその瞬間、真っ暗な海岸の方でまるで花火でも発射しているかのような閃光が見えた。海の上では音は聞こえずただ光るだけだが、ライターの灯りとは比べ物にならない明るい灯りが激しく点滅を繰り返している。
「ペト、海岸で銃撃しているんじゃないか?」
ブルの言葉にペトとハットも振り向き直した。
「銃撃? 誰が? 今日はシン寄りの刑務官しかいないのに」
「シンたちが僕たちを撃ってる?」
動揺が広がる三人に向けてライトが照らされ、海岸は眩しくて見ることができない。
「ペト、ブル、ボートが追い掛けてきているんじゃない? 僕たち狙われているよ!」
「刑務官ではなく狙撃隊だ! 私たちも危ないがシンたちは大丈夫なのか?」
方向がまったくわからない真っ暗な海を、沖だと思う方向にボートを進ませる。しかし、アルミ製の船体に銃撃を受けたようで、当たった瞬間に音と振動、そして火花が飛び散った。薄いアルミの板をつなぎ合わせただけの手作りボートには何カ所か穴が開いたようで、海水がどんどん入ってくる。
「まずい、俺たち殺されるぞ!」
「やはり脱獄は無理だったのか、私の拙い考えは通用しないのか……」
慌てふためき、諦めの境地に至ったブルとペト。
「海に飛び込もう! ボートを無人にして走らせれば追っ手はボートに付いて行く!」
「ハット、ここはサメが多い潮流の早い海域だぞ! 海に入れば喰い殺されるか溺れ死ぬだけだぞ!」
「俺たちライトで捕捉されているぞ、飛び込んだら海に向かって撃ってくるぞ!」
「ペト、ブル、ボートにいたって撃ち殺されるだけじゃないか! 僕はあんな奴らに撃ち殺されるくらいならばサメのエサになるほうがいい! それに海に入った方が撃たれる確率は下がると思うよ!」
ボートにしがみついていたら追っ手に明確な銃撃場所を知らせるのと同じ、それに比べ海の中ならばライトで照らしても反射して見えにくいはず。海の中のほうが撃たれる確率は下がると考えたハットは海に飛び込んだ。サメが多く潮流が速いとされる真っ暗な海に飛び込む恐怖心以上に、狙撃隊に銃殺されるほうがはるかに怖くて悔しいと思ったのです。
その様子を見たペトとブルも意を決したのか次々に飛び込んだ。ペトが船外機を固定した状態にしていたので、ボートはぐるぐる回るようなこともなくまっ直ぐに進んで行く。ライトで捕捉していた狙撃隊のボートは思っていたほど接近しておらず、無人のボートを遥か後方から追い掛けて行った。
ライトでボートは補足されていたけど、安い真っ黒なゴムで手作りしたウェットスーツは光沢がなく、真っ暗闇の海や空と同化してかなり見づらかったことが幸いしたのかもしれない。ただしお手製なので浮力はほぼない。ハットは万が一のことを考え、同じゴムで人数分の小さな浮袋を作っていて、三人は必死でその浮袋にしがみついていた。
とりあえず追っ手の銃撃からは逃れられたが、今度はサメに襲われるかもしれないという恐怖心が沸き上がる。時々足に何かが当たり、そのたびにサメに襲われたと思い大声を上げる三人。ハットだって偉そうなことは言っていたが、やはりサメに襲われるのは怖いのだから。
しかし冬の海は五分も浸かっているだけで手足の感覚がなくなり、浮袋に捕まるのが辛くなってくる。三人で寄り添いながら声を掛け合ってはいるが、声を出す気力も失っていく。小声になってもいいから眠らないように声を出そうとするが、波音に消されて声が届かなくなる。
さすがに死を覚悟し始めた三人。何とか起きていなきゃと踏ん張っていたがやがて眠たくなっていき、三人とも気を失った。流れに身を任せるだけになった三人はいったいどこへ……。
一方の刑務所長は狙撃隊の隊長とともに、刑務所の海岸出入り口の上にあるテラスにビーチチェアを並べ、寒空の下ワインで乾杯していた。
「邪魔者のシンの始末もできたわね」
「もうオルダヤは洗浄党派とか反洗浄党派なんて時代ではないし、オルダヤ人が出る幕でもない」
「そうよね、洗浄党なんてもう過去の遺物なのよ」
「洗浄党であろうとなかろうと、われわれにとって目障りな者は処分していく。本国の方々もさぞお喜びになるだろうし、君はこんな刑務所ごときを仕切るだけで終わっちゃいけないぞ」
「ええ、そのつもりよ。オルダヤ人なんて殲滅して、このオルダヤをわれわれの国に仕立てていくわよ」




