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始まりはSNSから 7

 ハットが刑務所に収監されて一年が過ぎた。アルミ製のボートもオールもウェットスーツも、そしてある程度の食料の備蓄もできた。残るは小型の船外機だが、シンを敵とみなす刑務官の監視の目が厳しく、刑務所長代理という立場であっても容易に持ち込めません。そこで島外から持ち込むことを断念。シンは刑務所に配備されている警備用の小型ボートの船外機を入手することにし、故障して放置されていた船外機を元整備士の受刑者に修理してもらっている。


 さて脱獄の実行日はいつが良いのか。とにかくシン派の刑務官が多い日がいい。現状のシフトでは出勤している刑務官のうち、シン派が三分の二以上を占める日はない。そこで勤務シフト作成者でもあるシンは、月に最低二回は自分たちの派閥の刑務官だけが勤務する日を作った。


 反刑務所長派で反洗浄党派、そして三人を支持する刑務官だけが勤務する日。その日ならば刑務所の敷地を出て島外へボートを蹴り出すことも不可能ではないはずと、シンは考えたのです。


 ただ、女刑務所長のイグリーは一筋縄でいかなかった……。




「おい、ハット! 話があるから奥に来い」


 雑居房でくつろいでいると、牢名主に呼ばれたので房の奥の方へと移動した。


「ハット、おまえもここにきて一年が過ぎたが、そろそろ刑務所長様に貢いで、刑期を短くすることを考える時期じゃないか? 俺が取り次いでやろうか?」


「それほどお金も貯まっていませんし、まだ上納するには厳しいかなと思ってます」


「そうか……、それとちょいと小耳に挟んだのだが、おまえは反洗浄党派のトップのシンドリと手を組んでいるって話があるが、それは本当か?」


「手を組むとか、そういうことはありません。話をすることがあるというだけです」


「あまりシンドリには近付くなよ、あいつの手下だと認められると処刑される危険性が高いからな」


「そうなのですか?」


「ああ、シンドリと親密に話している様子が見つかれば、所長が直々に処刑の判断を下すんだよ。受刑者はもちろん刑務官だってシンに近付かないようにしている者も多い。そのことは頭に入れておけ」


 牢名主のグリーンが言うのだから事実なのだろう。反洗浄党派のシンを敵対視する所長派の刑務官は多く、シンと話をしている場面を見ると不審な行動が見受けられるとして、あの会議室に連れて行かれ暴行を受けて処刑される可能性が高いという。


 そしてグリーンが最後に付け足すように言った。


「刑務所長がシンドリの最近の動きが怪しいとして監視を強化している。そこにおまえの名前も浮上しているようなんだ。だから俺の忠告は素直に聞いておけよ」


 ハットはグリーンに頭を下げて、房の手前のハットの定位置に座り直した。


 ――グリーンが言うことが本当ならば、脱獄を急がないとマズいことになるかもしれない……。


 房を自由に出入りできる時間は過ぎていたので、取りあえず今晩はおとなしく眠ることにしたハットだが、結局は寝付けずに朝を迎えた。




 朝食を三人で取りながら、昨夜グリーンに言われたことを説明したハット。


「シンが元整備士に依頼して船外機の修理を行っているけど、それに絡んで所長がシンの監視を強化しているという話を私も聞いたよ。それにわれわれ三人がシンと手を組んでいるという噂もあるようだし、用心しないと処刑されるかもしれないな」


 ペトは冷静に答えた。


「ペト、刑務所長派の受刑者もいるのかな?」


 ブルはやや怖くなったのか、ペトに質問を返した。


「もちろんいるさ、というか、ここから早く出たいという一心で、刑務所長に付く人の方が多いと思うよ」


 脱獄しようと考える受刑者はそうおらず、所長たちに反発していたら処刑の恐れが高くなるので、お金を貢いで早く出ようと考える受刑者が多いのは当然のこと。それに刑務所長に少しでも刑期の短縮をしてもらうために、様々な情報を密告する受刑者もいるはずだ。


「ところで、最近は〝ボス〟のやつは食事の時に見掛けないな、ハット、ゴム加工の職場にはいるのか?」


「ブル、ヒーは職場にはいるけど、話をしないというか近付いてこないんだよ」


「ヒーのことだ、敏感に察知して危険を回避しているつもりなんだろう」


「まさかとは思うけど、この話の出所がヒーだったなんてことはないよね。怪しいって報告されたとか……」


「ハット、ブル、私がヒーと情報を共有するなと最初に言ったのはこういう事態を恐れていたからなんだ。本当に信用できる人間以外とは一切情報を共有しないことが大切だからね」


「脱獄に関する情報は大丈夫かな……」


「脱獄に関する情報は彼には一切していないし、もしも所長たちが脱獄に関して何かに気付いていたら、私たちはすでにこの世にはいないはずだよ」


「ペト、ブル、用心していないと僕たち危ないかもしれないね」


「私もそう思う。今日はシンが私の事務室へ来る予定になっているから、どうするべきかを話し合ってみるよ」




「調達した船外機の修理が終わったよ、いつでも使えるぞ」


 ペトが働く食材管理事務所へシンがやってきて、開口一番こう話した。


「それはいいのですが、所長が私たちを疑って監視を強化しているという噂が流れています、作戦を実行しても大丈夫ですか?」


「やはりそうか、最近所内の刑務官の配置場所を所長が変更したのか、やたら見られている気がするんだよ」


「シン、この後はどうすれば?」


「来週の月曜日、刑務官は私の部下たちだけだ。その日に作戦を決行してもらうよ」


「来週の月曜日の夜に脱獄……」


「今度の月曜日、所長は官僚たちとの会議に出席するから刑務所にはいないんだよ、すべての条件が整っていると言えるだろう」


 五日後に脱獄することが決まった。刑務官たちがお手製アルミボートへ船外機を取り付け、ウエットスーツや食料などの所持品とともに事前に海岸に出しておく。三人は刑務官に連れられて海岸まで出ていき、そこでボートを蹴り出し海へと出ていきます。


「地図というか、海図があれば本当は良いのですが……」


「われわれでも手に入らないし、そもそもこの島がどこに存在しているのかも知らないしなあ……」


 オルダヤの地図にはガルドラ島や刑務所は描かれていない。国外から地図を持ち込むことも厳重に取り締まられていて、ガルドラ島のことをこの国で知るのはごく一部の人間に限られる。


 刑務官たちは一日一八時間勤務と翌日の非番を四回繰り返すと、その後に六日間の公休がやってくる。六日間の公休は島を離れて自宅で過ごす人が大半で、護送用の船を使って島を離れます。さすがに刑務官には目隠しはしませんが、窓の無い船室で過ごすので島のことについては何も知らない。


 刑務所ナンバー2の刑務所長代理も同じ扱いで、島の所在地は徹底的に隠匿されているのです。




 ペトとシンは事務所で脱獄の日を決めた。その一方でゴム加工場で働くハットのもとにやってきたヒー。


「ハット、最近は〝ボス〟の俺様を避けているんじゃないか?」


「僕はずっと変わらずここで作業をしているし、ヒーが僕を避けているんだろ?」


「そうかもしれないな。ハットは反洗浄党派で反所長派のシンドリの手下。下手にハットに近付いたら捕まっちまう」


 それだけを話すと、ハットから去って行こうとした。


「じゃあ、もうヒーは仲間でもないし〝ボス〟でもないよね」


 ハットはヒーの背後に向かってそう話した。


「そうだな、反所長派のハットに近付くなんて怖い真似はできないからな」


 こう言い残しグループから離脱した。どのグループに擦り寄れば得なのかを計算し、所属していても損だと思えば無慈悲に背後から弾丸を撃ち込めるタイプ。もしも今、脱獄の計画がヒーに漏れれば、漏れるまでいかなくとも疑われたらすぐに刑務官に垂れ込むだろう。


 ――具体的な脱獄の計画が決まる前に抜けてくれて良かった……。


 ハットは心底そう思った。




 昼食時に食堂に集まった三人。


「ヒーがグループを抜けました、僕に近付くと捕まる恐れがあるからだと言ってました」


「いいんじゃないか? ここに残って有利な受刑者を見つけて、くっついていればいいんだよ」


 ハットの言葉にブルが素直な感想を口にした。


「彼のことだから、これからはわれわれに対して敵意むき出しの態度を見せるはずだ。それもわかっていたことだけどね」


 ペトは冷静にそう言い、さらに続けて話した。


「さっきまでシンと話し合っていたのだけど、脱獄は来週の月曜日に決まったよ。すべての刑務官が反所長派の日で、なおかつ所長は会議のために島にはいないそうなんだ」


「ヒーのやつ、もう少しグループに居ればここを出られたのにな」


「ブル、彼の性格からすると、脱獄の話を耳にしても自分は加担せず、自分に有利に働くはずの刑務官を探し出して脱獄の噂を耳にしました、なんて告げ口すると思うよ。恩赦で刑期を短くしたり出所できる方向へ持っていくだろう」


 ペトがブルに真面目に答え後、脱獄の方法などの詳細の打ち合わせを行った。


 ついにガルドラ刑務所とお別れできる日がやってきますが、脱獄という重罪を犯す日が決まったわけでもあるので、さすがに心の中では笑えない三人。それにガルドラ島はどこに浮かぶ島で、どの方向へ逃げれば良いのかまったく見当が付かず、ただやみくもにボートを走らせるしかない。


 監視システムが見張っているので笑顔を取り繕ってはいますが、心の中は不安で埋め尽くされた三人でした。

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