祖国を取り戻すため 14
「ところで、チカリヤの代表団は何時ごろ来るんだ?」
「四時に来て調印し、その後場所を移動してパーティーを行うことになっています」
「まだかなり時間があるな、パガーノ、ハット、ペト、ブル。私が用意したホテルへ行ってランチにしよう」
ウネマの返答にジェンキンズ大統領はランチへ行くことを提案した。
「ハット、ペト、ブル、君たちは車で移動してくれ。定員オーバーになるからヘリには乗れないんだ」
そう言うと両大統領は官邸を出て、屋上のヘリポートに駐機した軍のヘリコプターに乗り込みホテルへ向かった。ハットたち三人も官邸を出て車に乗車し、ジェンキンズ大統領が用意したホテルへ向かう。
官邸から隣町の〇三、一三地区までは三〇キロほど離れていて四〇分ほどで到着した。オルダヤの人たちはあまり車を持っておらず、洗浄党の関係者や企業の管理職以上などが車を持つ程度。なので道路が混みあうことはあまりありません。
「もう少し時間が掛かるのかと思ったが意外と早かったな。レストランへ行こう、戦う前の準備で大事なことはお腹を満たすことだ。空腹では怒りっぽくなって正しい判断ができなくなるからな」
ホテルに到着するとジェンキンズ大統領が話し掛けてきた。
「あの、私たちお金がないんですよ」
「また洗浄党の連中は食事の提供をしていないのか! さすがに今回はある程度の接待を考えるはずだと思っていたのだが……。よし、腹いっぱい食え! 私が栄養補給してやるよ」
「はい、ありがとうございます!」
「こういう時の返事はやはりブルが一番だな。パガーノにも言っといてやるよ、かわいい部下たちがひもじい思いをしているぞ! とな」
大笑いしながらジェンキンズ大統領はロビーから去った。
「大統領は豪快そうであまり細かい目配りが出来なさそうに見えますが、実は全然違って真逆なんです。おそらくあなたたちの到着をロビーで待っていたのですよ。ジェンキンズ大統領はそういう方なのです」
アストルの警備隊員が三人にそう呟いた。
レストランでジェンキンズ大統領にごちそうになり、お腹いっぱいになって今日から泊まる部屋に入った。ツインルームを二つ繋げたコネクティングルームで、今朝まで滞在した三人部屋よりこの客室一部屋の方がはるかに広い。なのに二部屋も使わせてもらえる。本当にありがたいことです。
くつろぐ間もなく三人は車で再び官邸へ向かう。万が一渋滞などに巻き込まれても困るので二時一〇分にホテルを出発した。すんなりと走れたら三時には到着するはずが、考えられないほど渋滞しているし、さっきまでしていなかった道路工事はあるし、途中で二回も検問があった。洗浄党の作戦なのかチカリヤの策略なのかはわからないが、ハットたちに対する妨害工作と見て間違いはなさそう。
結局ハットたちは三時四〇分に官邸が入るマンション前に到着した。ほぼ同じ時間にジェンキンズとパガーノ両大統領を乗せたヘリもマンションのヘリポートに到着。揃って官邸へ入って行った。
〝え? ジェンキンズ大統領?〟
〝どうしてアストルとヒカルゴの大統領がここに?〟
〝首脳会談は先日終わったばかりなのに……〟
官邸に集まった記者たちがザワザワし始める。チカリヤとオルダヤの首脳が条約への署名をするその現場に、他国の大統領がいれば当然驚きいろいろと勘繰るだろう。ただ官邸に集まっている記者は洗浄党の息が掛かった会社で働く記者たちだけ。事実は伝えず洗浄党にとって不利にならないよう細心の注意を払って記事を書く人たちだ。アストルやヒカルゴの大統領のことを良く書くことは絶対にない。
また官邸内にテレビカメラは入っていない。オルダヤでテレビが生放送で流れる時、それは洗浄党の上層部が国民に向かって新しい法律や決まりを自画自賛する時くらいだ。お笑い芸人とバカな話をしながら洗浄党が決めたことを周知徹底させるのです。今日の場合だと、オルダヤとチカリヤが条約に署名する場面はテレビでは放映されず、自画自賛しながら条約が締結されたことを洗浄党の上層部が国民に伝える、その道具としてテレビは使われるのです。
もちろんジェンキンズ大統領はテレビカメラが入っていないことに気付く。
「国にとって大事な合意が結ばれようとしているのに、なぜテレビの連中は来ていないんだ?」
「正式に合意された後、党の最高幹部がテレビ出演するのが通例です」
「なぜ国のトップである首相ではなく、党の最高幹部に説明させるんだ? その最高幹部って誰だ? ヘム・タテハナか?」
「いいえ、本来ならば党首が説明するのが筋ですが、いつもと同じく顧問のトクル・カストかイムロ・マカイになると思います」
「党首って首相のウネマだろ? やつが署名して説明すればいいじゃないか」
「ウネマ市長は党首や首相を代行しているだけですので……」
「代行だろうと首相の座にいるのだから、そのくらいの説明はできるだろ」
記者とのやり取りを終えるとジェンキンズ大統領は、記者たちのさらに前に椅子を並べて座り、手招きされたパガーノ大統領やハットたち三人もその横に座った。大柄なジェンキンズ大統領が最前列に陣取ったことで、記者たちからは様子が見えないし写真が撮りにくいといった言葉が飛び交い、ジェンキンズ大統領は後ろを振り返ってこう言った。
「私より大きくなれば見えるだろう」
四時を少し回ったころに司会を務める男性が入ってきた。
「お集まりいただきありがとうございます、ただいまからチカリヤ共和国との新しい相互互恵に関する条約の締結と、その署名式を行います。私は本日の司会を賜りました洗浄党職員のモドル・タイダです」
ハットたち三人とパガーノ大統領は驚きすぎて声も出なかった。どうしてヒカルゴの前大統領モドル・タイダがオルダヤで党の職員として働いているのか、さすがに意味が理解できなかった。
それと同時に、相互互恵なんて考え方はチカリヤに対しては通用しないだろうとも思った。もしも相互互恵を考えるならばオルダヤは自国にとって最大限有利になるように交渉を進めていき、これ以上の譲歩は譲れないというラインがあるはず。ところが対チカリヤに関してはほぼ要求を丸呑みにする合意条件であり、オルダヤにとっては互恵ではなく片務契約のはずだと両大統領やハットたちは思った。
チカリヤとオルダヤの代表者が官邸へ入ってきて、記者たちと向かい合わせになるようにセッティングされた椅子に座る。まずはオルダヤの代表として首相代行を務めるウネマとノガユ・バーブの後釜として副党首になったヒメキ・ヨークが入ってきた。
――ヒメキ・ヨークって党首を務めていたヒカルゴ洗浄党が壊滅状態になって、オルダヤにやってきたんだ。
ヒカルゴで大統領を務めていたモドル・タイダは党の職員に、ヒカルゴ洗浄党で党首だったヒメキ・ヨークは署名式で首相の横に座る。洗浄党の中では首相や大統領の経験者よりも、党首や顧問の経験者の方がはるかに上だということを物語っている。席に着いたヒメキ・ヨークは、目の前にパガーノ大統領の姿があるのでかなり驚いたようだ。
それに対して司会進行のモドル・タイダは顔色一つ変えずに、決められたとおりに式を進行していく。やはり彼はサイコパスなのだろうか。
続いてチカリヤの代表団が入ってきた。本国から来るのかと思っていたら元ガルドラ刑務所長のメリー・イグリーを先頭に、つい先日洗浄党から抜けたノガユ・バーブとフッケ・オウダの二人が入ってきた。さすがにウネマは相当驚いているようで、口がポカーンと開いたままになっている。もちろんハットたち三人やパガーノ大統領も驚いているが、驚きを通り越して騙されているのではないかと感じてしまうのか、何度も頭を傾げていた。
そんな様子を見たジェンキンズ大統領。
「パガーノ大統領も、私の部下のハットたちも、そして記者たちもみんな驚いているが、いったい何が起きているんだ?」
「大統領、実は……」
ハットがそれぞれの人物について説明した。
「チカリヤ代表のあの女性以外は、洗浄党から最近抜けた人物ということか。こんな馬鹿げた状態でチカリヤがオルダヤを奪うことに賛成し調印するのか。本当に馬鹿げている、こんな茶番は直ちに中止しろ!」
「いくらアストル国の大統領とはいえ、少し口が過ぎませんか?」
「代行とは言えおまえは首相なのだろう? 全国民に説明して納得させたのか? 一つの国をこの世から消し去るんだぞ! 事の重大性がわかっているのか!」
ウネマに対して話した後、ジェンキンズ大統領は振り返って記者の方を見た。
「おまえたち記者は、今、この国が進めようとしている愚行を、全国民に知らせるために報道する義務を負っているんだ! それができないやつは記者でも何でもない、その自覚をおまえたちは持っているのか!」
「お静かにお願いします、定刻になりました。ただ今からオルダヤとチカリヤ両国の合意に基づく条約署名式を執り行います」
官邸内に微妙な空気が流れる中、場の空気を読めない司会役のモドル・タイダが、淡々と署名式を始めることを宣言した。




