祖国を取り戻すため 13
「マガラ党首、チカリヤとの合意締結の延期を決断してください!」
ペトが迫るのですがマガラは歯切れが悪い。
「明日のことだしなあ、今さら何と言って延期すれば良いのか……。それに私を拾ってくれたタテハナ総帥の顔に泥を塗ることになるだろうし……」
「それ以上に、命を狙われることが怖いんだろ?」
ブルの指摘に対してマガラ党首はややキレ気味に言った。
「当然だろう! どこの世界に命を狙われる可能性が高い選択をするやつがいるんだ!」
「マガラ党首、明日にはヒカルゴとアストルから大統領が来ます。僕が直接お願いしますよ、マガラ党首を守ってくださいって」
「ハット、アストルはわが国と敵対関係にあるんだぞ。そんな国の首相を守るはずがない!」
「党首、ヒカルゴもアストルも、今、考えているのはチカリヤといかに手を結ばせないかです。党首が合意の締結を延期すると決めれば、両国の思惑に合致します。そんな大きな決断をした方を保護しないなんて絶対にありません」
「なぜおまえらごときに、そんなことがわかるんだ!」
「僕たち三人はヒカルゴとアストルから全権委任を受けた特使です。オルダヤが時間稼ぎのために合意締結の延期を決めた、このためにチカリヤや洗浄党の上層部から狙われる危険性が高いので保護してくださいと言えば、両国は必ず動きます。僕たちはそれだけの権限を有していますから」
全権委任とはいえ、敵対する国の首相の命を守るように動けとはさすがに言えないでしょうし、大統領たちも〝はい、わかりました〟と二つ返事を返してくることはまずないでしょう。でも今はハッタリでもいいから、とにかくマガラが決断するように話をするしかない。
「党首、ここは延期を受け入れるべきですよ。このままチカリヤの自治区になれば、われわれもどうなるかわからないですよ」
ヨウラは国民ではなく自分たちの身をまずは案じた。結局は洗浄党という党は自分たちファーストの党で、国民のことなんてこれっぽっちも考えてはいない。ヨウラの言葉にこのことが凝縮されている気がした三人。ただし今はチカリヤの自治区になる合意や署名を延期させ、そして断念に持ち込まなくてはいけない。
「さすがは元党首ですね、私はあなたの考えを支持します。マガラ党首、どうかヨウラに続いて決断してください!」
ペトの言葉に黙ったまま俯くマガラ。官邸にいる全員が彼を見つめる。
どのくらいの時間、黙ったままだったのだろう。ふと頭を上げたマガラ。
「私は明日、体調不良で合意締結の場には出られない……」
そう言うと官邸から出て行った。
「首相の代わりに合意や署名に臨める人っているのですか?」
「オルダヤにも閣僚はいるのだが、みんな名前だけで首相の代わりに動ける者はいない。国家間の正式な合意締結だからタテハナ総帥やカスト最高顧問など党の幹部も代わりはできない。だからこのまま延期になると思う」
ヨウラがペトに簡単に説明し、今日の会談は終了した。
「そうだ、ハット。官邸での今日の出来事をほとんど発信できていないんだ。話しに加わると頭に血が上るせいでなかなか……」
「ブル、明日のチカリヤとの合意や署名が延期になったことも発信していないよね?」
「悪い、発信できていない……」
「発信していないほうがいいんだよ!」
ホテルに戻った三人。ハットはこの後すぐ、ヒカルゴの情報調査室とアストルのリリック分析官に詳細を報告した。
〝ハット、明日の正式な合意締結は、首相の体調不良で延期になったことはSNSで発信していないわよね?〟
パガーノ大統領とリリック分析官から、同じ内容のメールが返信されてきた。
〝ハット、ペト、ブル、よくやった。私が見込んだ男たちのことだけはある。この後パガーノ大統領と明日以降のことの打ち合わせを行う。明日オルダヤで会おう!〟
ジェンキンズ大統領からもメールが送られてきた。
昨夜は演説は行わず、SNSの発信と返信に追われた三人。五日目の朝はホテルをチェックアウトして車に荷物を詰め込んでから官邸へ向かった。
到着するとマガラは〝体調不良〟のために不在で、ヨウラのほかサモイ・ウネマ市長がいた。
「今日は君たちとの会談の予定はないよ」
「市長、まさか市長が党首の代わりに署名するのですか?」
「私は市長でもあるが、首相も兼任しているんだ。首相代行として今日就任したばかりだけどね」
「え? 首相になったのですか?」
「ああ、そうさ、マガラが復帰するまで党首と首相をしてくれと。タテハナ総帥のたっての願いだ」
「では条約の締結や署名は行われるのですか?」
「もちろんだよ、国家間の大事な約束事を正式に締結するわけだ。マガラが体調不良ということだから、私が代行とは言え首相として出席し署名する。まあ、仕方がなくだけどね」
「マガラはどうなったのですか?」
「うん、しばらく休養するそうだ。しばらくなのか永遠なのかは私にはわからないけどね」
首相が体調不良で署名できないのならば、代行を立てれば済む。オルダヤの首相や洗浄党党首が、いかに名前だけで何の実権も握っていないのかがよくわかる一幕だ。しかしそうも言っていられない、このままだとチカリヤへの吸収合併にGOサインが出てしまう。何か妙案はないかと頭をひねる三人ですが、さすがに今日行われる署名式を止める手段など簡単には思い付かない。
「ちょっと席を外させてもらうよ」
そう言うとウネマは官邸を出て行った。
「どうやらタテハナかカストあたりが、君たちがチカリヤとの締結を妨害していることをキャッチし、急遽ウネマに首相兼任を命じたらしいよ」
「ヨウラ、それでチカリヤの代表団がここへ来るのは何時ごろですか?」
「ペト、お昼を過ぎてからとしか聞いていないんだ」
「お昼過ぎか、さすがに時間がなさすぎるし、万事休すかな……、ハット、何か良い手はないかな?」
「ペト……、うーん、ジェンキンズ大統領が土壇場で引っくり返すくらいかな……。大統領たちは何時ごろお見えなのかな……」
洗浄党から心が離れたヨウラと話をしていると、ウネマが血相を変えて官邸に飛び込んできた。
「ジェンキンズ大統領とパガーノ大統領が来ているんだ! ヘリでこのマンションのヘリポートに直接飛んできたみたいなんだ!」
「ヘリ?」
ヨウラも驚いたような顔をして叫んだその瞬間、官邸にパガーノ大統領とジェンキンズ大統領が護衛などを数人を引き連れて入ってきた。
「ハット、ペト、ブル! おまえたちは本当に私との約束を実行するために頑張ってくれているな!」
「情報調査室所属としてよく頑張ってくれているわね、お礼を言うわ」
「あの、アポなしで重要な人物が来られると警備も手薄ですし……」
ウネマがあたふたしながら二人の大統領に話し掛けた
「ヒカルゴ洗浄党の党首も、よくアポなしで官邸へやってきては文句を言っていたわよ」
パガーノ大統領はさらっとかわす。
「大統領、ウネマ市長が代行で首相に就任したので、チカリヤとの合意締結や署名は予定通り行うそうです!」
ハットが二人の大統領に叫ぶ。
「そんな締結なんぞアストルは国家として認めない。事前の合意案を国民にも知らせず意思確認となる国民投票も行われていない。ハットによるとその案の文書の中身を首相も見たことがないようだが、そんな状態で署名して発効させるつもりか? 君が署名を行う代行首相か? 合意案の中身をきちんと吟味したのか?」
「ジェンキンズ大統領、そこはわが党の総帥ヘム・タテハナが細かくチェックして問題がないことを確認済みです。ですので私は安心して署名します。何の問題もありません」
「はあ? 国家間の合意締結に関して、国とは関係がない党の上層部の判断だけで決定するってことか? それで瑕疵があった時には誰が責任を持つんだ? 普通は署名した人間のはずだが」
「合意案が出る前に党が意見や要望を出し、国民に広く意見を聞き投票によって可否を決定するのならばわかるけど、国同士の約束事に党の人間が出てくること自体が異常よ。だからヒカルゴでは洗浄党は受け入れられなくなったの。オルダヤでは国民に何も知らせず強制しているようだけど、もうそんな時代遅れのことは通用しないわよ」
ヒカルゴとアストルの両大統領が一斉に洗浄党のやり方に異議を申し立てる。経験の薄いウネマでは到底太刀打ちは無理なようだ。
「チカリヤという超難儀な国との合意締結、そして条約への署名だ、アストルとヒカルゴを代表して私たちがその様子をしっかり見守るよ」
アストルのジェンキンズ大統領は、オルダヤがチカリヤへ編入し自治区となることなどの締結の場を監視すると宣言。もちろんヒカルゴのパガーノ大統領も同席するので、他国の大統領二人に見られる中でウネマは、チカリヤの自治区になることを認める署名ができるのだろうか。




