祖国を取り戻すため 12
官邸を出て駐車中の車に乗り込み、話をしながら昼食のパンを食べたり、所属するヒカルゴの情報調査室やアストルのリリック分析官へ会談の内容などの報告、さらにはSNSへの投稿も行っていく。お昼の休憩と呼ぶには忙しすぎるのですが三人はこれが仕事。オルダヤを普通な国へと変身させるためならば疲れたとは言っていられない。とにかく今が正念場なのだから。
「ペト、ブル、パガーノ大統領からのメールに、夕方にジェンキンズ大統領が来られるので会談し、明日の朝、オルダヤに二人で来るって。それと、このホテルではなくて〇三、一三にホテルを確保したので、明日、僕たちもそちらへ移動するんだって」
「ハット、今、〇三、一三って言ったね、私の生まれ故郷ボーツだよ……」
〇三、一三は首都〇一、一に隣接する街で、旧称ではボーツと呼ばれていた。その街で生まれ育ったペトはこみ上げてくるものがあったのか、口をつぐんで涙を流している。
「〇三、一三にはここより安全で快適なホテルでもあるのかな?」
「ブル、大統領からのメッセージには、安全で食べ物も美味しいとジェンキンズ大統領が保証しているって書いてあるよ」
「そうなると、やっとパンばかりの生活から脱出できるのかな」
「自腹だったらどうする?」
「自腹は痛いけど、今泊まってるホテルみたいに高くなければ、一食くらいは美味しい料理を腹いっぱい食べてみるぜ」
ハットとブルは軽妙なやりとりをしていたが、ペトは堰を切るように。
「私の故郷に凱旋するんだ、洗浄党やチカリヤに負けていられない。全力で潰しに掛かってやる」
これまでに見たことがない鬼のような形相をしたペトを見たハットとブルは、全身がゾクッとするような怖さと、ビクッと電気が流れたような感覚に襲われていた。そう負けられない、遠足で来たわけではない、成果を残すために来たのだ。でも何も成果は得られていない。軽口を飛ばす余裕も必要だけど、今は洗浄党側との交渉で勝利しなくちゃ意味はないんだ。
二人はペトの表情からそんなことを思い、午後からの会談に臨んだ。
「単刀直入にお聞きします。オルダヤの現在の選挙制度をまずは変えませんか? 今後ヨウラもマガラも無所属になりますよね、選挙制度を変えておけばまた立候補出来ますよ。当選して議員に戻れればチカリヤへの併合を拒否する提案もできる。動きましょうよ!」
午後の会談開始直後からペトは積極的な提案を始める。明日にもチカリヤの自治区になる話が正式合意される見込みだから、それまでに選挙制度の刷新を約束させなければいけない、そんな思いからです。
「ペト、明日にはチカリヤの代表団が官邸へやってきて、正式にチカリヤの自治区となることが決まるんだよ。もう後戻りはおろか、止めることだってできやしない。私の身の振り方だって既定路線をただ転がっていくだけ。もうどうにもならないんだよ……」
「明日のチカリヤの代表団って誰が来られるのですか? やっぱりチカリヤ本国からシュトレ・ルキン国家主席が来るのですか?」
「シュトレ・ルキンの名なんて私は聞いていないけど……、私の知らないところで決められているようだから……」
「明日、ヒカルゴとアストルから大統領がオルダヤにやってきます。チカリヤの軍門に降る前に何とかしようと、最後の交渉に臨むようです」
「え? また両国から大統領が? 首相であり党首の私はそんな話は聞いていないぞ!」
「マガラ党首、両国の大統領は真剣なんですよ! 話に乗ってオルダヤを救いましょうよ!」
マガラはまだ三人の話を信じられない。彼はこれまでの幾多の困難も、どこかからやって来る助け舟に乗って回避し続けてきた。今回だって流れに身を任せておけば、またどこかから助け舟が流れてくるはずと思い込んでいるのです。もしも三人の言い分を信じていたら、これが今回の助け舟なんだと思って飛び乗るはずなのですが。
それに対して首相や党首を解任されて党の一役員となったヒロム・ヨウラ。
「君たちのSNSでの発信をすべて読んでみたのだが、確かにその発言のすべてに信ぴょう性があるように思った。私はこれまで洗浄党にいれば大丈夫、上からの指示どおりに動いておれば生涯に渡り安泰だと思っていた。でもそれも終焉を迎えつつあるようだね。マガラ党首、彼たちを信じて、明日のチカリヤとの会談はもう少し熟考する部分があるとして中止しましょう」
「ヨウラ、おまえ、日和ったのか!」
「ええ、日和りますよ。これまではずっと洗浄党の指示に従い操り人形に徹して生きてきたんだ。それがいきなり糸を切られて自分でどうやって動けばよいのかもわからないんだ、彼たちの考えにすがりたくもなりますよ!」
三人はこの言葉を聞いた瞬間に心の中でガッツポーズを作っていた。そして先に洗浄党を辞めたバーブ元党首やオウダ元議員も陣営に加わってくれれば、そんなことも考えた。
「明日のチカリヤとの合意締結の際には、タテハナやカストが署名するのですか?」
「いや、首相が署名するよ。タテハナ総帥やカスト最高顧問はこの手の式には出てこないんだよ」
ハットの質問にマガラが答えた。
「その合意締結が良いか悪いかは別にして、タテハナやカストが裏で動いて実現するのに、なぜその晴れの場には出てこないのですか? そもそも基本的な案はタテハナやカストが了承の返事をしたのでしょ?」
ハットの質問にペトが答える。
「ハット、国家間の約束事になるから党のトップではなく国のトップが署名するんだよ」
「でも合意案は国ではなく党主導で話し合ってきたのでしょ?」
「ペト、ハット。俺が思うには、合意した条約に署名した人が結局は責任を負うんだろ? その前段階の合意案は 〝こうしましょうか?〟ってレベルだろ? 正式に締結した後に失敗したって時に、責任を取らなくてもいいようにタテハナやカストは逃げてるだけじゃないか?」
ブルが指摘するとヨウラの表情が一瞬で強張りを見せる。
「ブル、確かにそうかもしれない。過去にもチカリヤ人をオルダヤに大量に入れる際の条約に署名したのは当時の首相で、タテハナ総帥やカスト最高顧問は署名していない。枠組みを決めたのは彼らなのに。枠組みどおりにチカリヤ人をたくさん入れて実害が目立ち始めると、署名した人はすでに首相を辞任し党の理事になっていたのに、処刑されたことがあるんだよ」
「っていうことは、正式な文書に署名したら負けって言うか、罰ゲームみたいだよな」
ここまでの話を聞いていたマガラは青ざめた表情を見せた。
「マガラ党首、再考する部分があるとか言って、正式な締結の日時は延期するほうがいいんじゃないですか?」
「……」
「僕もそう思いますよ、マガラ党首。その間に選挙制度の改革案を提示して一気に成立させて、選挙後にチカリヤと合意するか否かを決めると発表しちゃえばいいんですよ。もちろんタテハナやカストが猛烈に反対するし、あなたを処刑すると迫るでしょう。でもそこまで一気に改革が進めば国民の支持は得られるし、それこそヒカルゴやアストルがあなたを必死で守りますよ」
「……」
「これだけは言っておきますが、ここまでしたからと言って、マガラ党首やヨウラが次の選挙で勝てる確率はかなり低いと私は思います。国民の大半は洗浄党に対してアレルギーを持っています。ハットの演説に入ってきたバーブやオウダが国民に認められていないことを見ても明白。でも落選しても自由な国になっていれば普通に生きていけるんですよ」
「ペトの言うとおりで、洗浄党が蔓延った状態だとマガラ党首もヨウラも普通に生活するどころじゃないですよね」
「ハット、でも洗浄党は解党して消滅するから……」
「マガラ党首、洗浄党が消滅するとタテハナやカストたちの今の権力も消滅すると思いますか? 僕はチカリヤから何らかの保証があると思いますよ、彼らだけは」
マガラに決断を迫るのですがはたして。




