祖国を取り戻すため 11
「もう君たちと話し合うことはないよ」
官邸に入るとマガラが開口一番にそう呟いた。
「今回急にチカリヤへの吸収合併の話が出てきたことについて、詳しくお話をうかがいたい」
「ペトだったかな、君は。こちらの人は?」
「俺はブルと言います。いつもはホテルに残って、会談内容の速報をSNSに流していました。今回はさらにタイムラグをなくすためにここから直接投稿します」
「ハットにペトにブル。三人揃ったわけか。何人来ようがもう決まったことだ、結果だけ聞いていけばいいさ」
「あの、党首、どうしたんですか? 元気がなさそうですね」
「ああ、ハット。君たちが何を必死に言っていたのか意味がわからなかったが、今回のことでようやく理解できたよ」
「洗浄党の解体と、その後の地位が確約されていないことですね」
「私は洗浄党解体前の昨日党首を解任され一役員に降格さ。何の権限も持ち合わせなくなったんだよ。この調子じゃあ、オルダヤが併合された後は奴隷生活しか待っていないな。まさかタテハナ総帥に梯子を外されるとは思ってもみなかった。バーブやオウダにも悪いことをしたよ」
ハットとペトは、ヨウラが初めて本心で話をしている、そう感じた。
「それで党首は誰に?」
「私だよ、私が洗浄党最後の党首でありオルダヤ最後の首相となったんだ。ヒカルゴ洗浄党から移っていきなり副党首となり、そして最後の党首に上り詰めたんだ。なので今日の会談は私中心で進めていくよ」
マガラが副党首から党首へ格上げとなり、同時に首相に就任した。洗浄党最後の党首で、オルダヤ最後の首相に……。
「なせこれほど急いでオルダヤを譲渡することになったのですか?」
「簡単に言えば君たちのおかげさ。選挙制度の変更や選挙監視団を各国から派遣してもらう、そんなことをすれば洗浄党は壊滅の危機に陥る。しかもチカリヤとの併合の話も消滅しかねないし、それどころかアストルとその同盟国によってわが領土は好き勝手に荒らされる。そうさせないために、チカリヤへ国のすべての譲渡を決め急いでいるんだよ」
ブルは今聞いた話をその場で次々にSNSに発信していく。リプ欄を閉じてとにかく発信に集中している。ただリポストで次々に世界中に拡散されていき、オルダヤが今から進もうとしている道が間違っているという指摘が相次ぐ。
また三人の行動はチカリヤにとっては障害であり、その障害は世界中の人たちが支持していることから、チカリヤは一気に強行突破を図り力による現状変更を試そうとしている。近代国家がやるべき手法ではないと激しい非難も吹き荒れる。
これらの投稿は一般人だけではなく各国の情報機関も注視しており、当然情報として各国の首脳クラスにも逐次報告される。各国の首脳たちもチカリヤの暴挙とオルダヤの誤った選択をSNS上で非難し、さらに各国の首脳同士が緊密に連絡を取り合い、良い落としどころを見つけるために奔走している。
これらと並行してチカリヤの暴挙に対して、国連が何らかのメッセージを出すため緊急理事会も招集されるなど、世界中の目がオルダヤとチカリヤに注がれている。そしてそのオルダヤを牛耳ってきた洗浄党と話し合う場を持っているのは、ヒカルゴやアストルなどの共同特使としてやってきたSNSの発信者である三人。
もちろんこの三人がチカリヤやオルダヤを動かすほどの力を持っているわけではなく、ただSNSで発信しているに過ぎない。でもその発信によって世界中の人々の耳目を集め、そして多くの国が動かなければと思ってくれている。今まさにSNSによって世界の動きを変えようとしているのです。
「もうオルダヤをチカリヤへ渡すことは決定しているのですか?」
「決まっているよ、もちろん正式な合意と条約本文への署名は明日以降になるが、既定路線だと言い切れるよ」
「ヨウラはオルダヤが自治区になってからも、政府側に何らかの形で残れる約束でしたよね?」
「党首は自治区の知事の下、従来と変わらない役職に就くと言われていたんだけど、私は党首ではなくなったから何も約束されたものはない」
「新しく党首になったマガラは安泰ということですね」
「まあ、ヨウラ君には悪いけど、私はヒカルゴでこれまでにも党首や議員を歴任してきたから当然なのかなと思っているよ」
「あの、すみませんが、オルダヤが併合される前に洗浄党は解体されるのですよね?」
「ハット、そのとおりだよ」
「ということは、オルダヤが自治区になる前には洗浄党はもう存在しないから党首も顧問もいませんよね。ひょっとすると首相も存在しないかも。党首でも首相でもなくなった人が自治区で要職に就けるという約束はないから、マガラ党首も先のことは約束されていないのではないですか?」
「え?」
「だって先に洗浄党を消滅させて、その後にオルダヤを自治区にするわけですよね。この国の規定では議員は洗浄党所属でないとダメだし、首相ももちろんそう。一時的にオルダヤを無政府状態にして、併合の話をチカリヤが一方的に進めるとかではないのですか?」
「何を言っているんだね、チカリヤは約束しているんだよ。大丈夫さ……」
「マガラ党首は国のことではなく、これから先の自身のことを心配しているだけですね。チカリヤなんてすぐ約束を反故にするんじゃないですか? そもそもチカリヤとの合意案には何と書かれているのですか? ヨウラもマガラ党首も本物の合意案は目にしていないのではないですか?」
「僕もそこが気になります。昨日、合意案の原本だとして見せていただいた物も模造品だったし、ひょっとすると合意案の本物は誰も見たことがないとか、そもそも合意した証拠となる文書と言うか、書面の形では本当は存在しないとか、そんなこともあり得るような気がしますけど」
「……」
「……」
ペトとハットの指摘にヨウラもマガラも何も言い返せなかった。昨日は本物の合意文書だとして意気揚々と開示したつもりが、まったくの偽物だった。結局は二人とも合意案の文書というものを見たことがなく、おそらくだけどタテハナやカストから、今後オルダヤの国が消滅しても君たちは安泰だと口頭で説明されただけだったのかもしれない。
「ヨウラもマガラ党首も、洗浄党とチカリヤが描く道をオルダヤが進んで行ったとき、今より国が良くなると思っているのですか?」
「ハット、今のオルダヤの状況は本当に悪い。もちろん今思えば政治がその原因かもしれない。ただ、今の状況を根本的に変えるにはチカリヤの力はどうしても必要だ。オルダヤ単独では沈み行く一方なんだ」
「今、マガラ党首が言われた通りで、このままではオルダヤは沈没していく。われわれも国民もいっしょに泥船に乗っているようなもの。だからチカリヤの主導で国を立て直すしかないと思っている」
「お二人ともいまだに目が覚めないのですね。これまでチカリヤが行ってきたこと、洗浄党の上層部が行ってきたこと、国民が今、何を考えているのか、あなたたちは何一つわかっていないし考えようともしない。タテハナやカストに言われるがままだ。もっと自分で考えましょうよ、このまま進むとこの国はどうなるのか、そうならないようにするには政治家として何をすべきかって」
「ペト、言われている意味はわかるんだが、タテハナ総帥やカスト最高顧問の指示だけに頼ってこれまで国を運営し、ある程度の成果を上げてきたんだ。確かに現状は悪いと思うが、私としては信じて進むほうが良いと思っている」
「ではお聞きしますが、マガラ党首は過去にさまざまな党を渡り歩いてきた。その選択はすべて正解でしたか? マガラ党首の決断によって、これまでに数多くの党を消滅させていますよ。そのあなたが今回の選択も正しいだなんて言うと、その逆を選ばなきゃ国が本当に滅びるとしか思えないのですが」
「確かにこれまでたくさんの党を潰してきたし、これまでと同じ結果ならば洗浄党どころかオルダヤという国も滅ぶ。でも今回は滅ぶと言うよりチカリヤの一員となって、未来永劫残り続けると言うのが正確な言い回しだろ。これまでとは違うんだよ」
「これまでとは確かに違いますね。これまでは党の消滅までだったけど、今回は国を滅ぼそうとしているのですから……」
ハットの言葉にマガラは顔を引きつらせながらも、睨みつけていた。




