祖国を取り戻すため 8
官邸に戻ってきたヨウラ党首の顔は明らかに引きつっている。監視カメラの映像を別室で見ていたのでしょう。本物の文書だとして渡した物が明らかな偽物だと見破られた瞬間を。
「タテハナ総帥が特別に許可されたので、合意案の文書という政府間の約束事が書かれた機密文書を君たちに公開したわけだが……」
「党首、ダメですよ、モニターで見ていたでしょ? すべてがバレていますよ」
その言葉に対して副党首が進言したのですが、ヨウラ党首は今ここで吐く台詞も指示通りにこなしたために、明らかに頓珍漢な空気が官邸内を包む。
「何を言っているんだ? 本物の合意案の文書を見せただろ?」
ヨウラ党首は指示された言葉だと長文でもスラスラと噛まずに喋られるのだが、想定していない質問への返答はまごまごして、二、三語を組み合わせるのが精いっぱいのようだ。
「ヨウラ党首、もうすべてバレていますから……」
ペトが追い打ちを掛けるようにヨウラ党首を追い込む。
「それよりも、国家間の約束事が書かれた機密文書なのに、どうして政府の一員ではない党の総帥の許可によって公開されるのですか? この国のトップは首相を務めるあなたではないのですか? 首相よりも上に立って国を動かす存在がタテハナ総帥だとすれば、国の完全な私物化ですよね」
ハットは偽物の文書の公開以上に、タテハナに許可を得て国家間で交わした文書の公開を決めたとする、その発言を問題視した。
「でも、要求に応じて見せただろ?」
「ヨウラ党首、数ページ見るだけで偽物だとわかる物を出しておいて、とにかくそう言って逃げきれとタテハナ総帥に指示されたのですか? 洗浄党としては国民には何一つ開示するつもりはないということが、今回の件で明確に証明されました。国民のことなんてこれっぽちも考えていない、そういう政党なのですね」
ペトは容赦なくヨウラ党首を追い詰める。
「党首、タテハナ総帥の怖さは私も存じておりますが、今の状況は洗浄党を、そしてこのオルダヤを滅亡させかねない事態です。彼たちは今日のことをSNSで発信しますよ。すると国民が知り、ただでさえ不穏な空気が満たされているこの国が、本当に大混乱に陥ります。それを避けるためにも合意案を彼たちに開示し、要点だけ発信する許可を与えて国民にも知らせましょう!」
「いや、副党首、やはりタテハナ総帥に盾突くことは避けるほうが良いかと……」
「今の言葉は洗浄党が国を治めるとどうなるのかをよく表していますね。この国はタテハナ総帥の掌の上で転がされているだけで、すべては総帥の一存で決まる。そこには国民どころか政府とか国という概念もない。ただタテハナの懐が厚くなるか薄くなるかが国家運営の基本。だからタテハナはチカリヤととんでもない内容の合意をした。自分だけは今以上に懐が分厚くなるから。本当に最低な人ですね」
「今ハットが言ったことに付け加えるとすれば、そんな最低なタテハナという人間に、尻尾を振って従わなければ生きていけない洗浄党の全党員の情けなさ。首相になろうが閣僚になろうがただ名前だけ。タテハナの後ろを尻尾を踏まないように気を付けて歩くだけ。私はこんな国ならば滅んでもかまわないとさえ思いますよ。チカリヤへ国ごと差し上げればいいんじゃないですか? 私は国民を引き連れて海外へ逃げますよ」
「僕もペトの意見に賛成です。チカリヤの奴隷になるくらいならば、オルダヤを捨てて国外へ脱出するほうがいい。貧しい生活を余儀なくされても、チカリヤに支配された空間に生きるよりはマシだから」
「君たちはわが国民を連れて国外へ逃げ出すと言うのかね」
「党首、オルダヤに残るのは洗浄党の関係者とチカリヤ系の人たちだけになりますよ。そして奴隷と同様な生活を強いられて、そこで初めて私たちがなぜこれほど警告を発していたのかがわかると思います」
「党首はチカリヤに国が呑み込まれても自身は安泰だと思っていますよね? 安泰なのはタテハナとカストとマカイの三人くらいですよ」
「私はチカリヤに併合されてオルダヤ自治区になり洗浄党が消えても、身分が保証されているから大丈夫だよ」
「ではお聞きしますが、党首がタテハナから見せられたチカリヤとの合意案の文書、ヨウラ党首の署名がある部分だけ偽造された物だとしたら?」
「それはない、私が首相として署名したものだ。偽造はあり得ない」
「党首が署名し、その場ですべての合意項目に目を通しましたか?」
「私が署名し、中身の再点検をタテハナ総帥が行い、その後に手渡された。手渡された文書に私の署名があることを確認している」
「やっぱりすべてにおいてタテハナ主導で進んでいるんだ。だとしたら、洗浄党消滅後あなたはすぐにオルダヤ中枢部から追い出されますよ」
「私がこの国のリーダーだ! 私が追い出されたら誰がこの国の舵を切るんだ!」
「そんなの簡単な答えですよ、タテハナ、カスト、マカイと三人もいますよ。今だって党首はいわばお飾りなのですから」
ヨウラ党首とペトの舌戦が続く。
ヨウラ党首は自身が署名した合意案の文書に、オルダヤがチカリヤの自治区となった後も、何らかの形でオルダヤ自治区の首脳の一人として残れるとでも書かれているのでしょう。そしてタテハナに付いて行けばその座は約束されているはず、そう思っている。
ところが自治区になれば支配するのはチカリヤという巨大な国であり、オルダヤはその一部になる。チカリヤの一部になったオルダヤを運営していくのは当然ですがチカリヤです。そうなった時、ヨウラ党首を必要だと思うのかは甚だ疑問。名誉としての地位としてタテハナに〝知事〟という称号を与えるかもしれないが、実際の自治区の運営はチカリヤ政府から派遣された人になるのは必定。
さて、ヨウラ党首にこの先の居場所は確保され続けるのでしょうか。
ハットたちは合同警備チームたちと車の中で軽食を食べていました。一応は国を代表してきている特使ですが、洗浄党側は厄介な客としか思っておらず食事の提供はありません。サンドイッチとサラダで昼食です。
「いつもいろいろなお店で買ってこられますね、ホテルの売店が一番近くて買いやすいのに」
ハットが警備チームにたずねた。
「ホテルの売店だと毒物などを仕込まれやすいからね。何せホテルの売店でパンを買う人はほとんどおらず、ハットやペトが食べるはずと察しが付くだろう。だから毎回違うお店へ行って調達して来るんだよ」
――そんなこと考えもしなかった。何も気にせずホテルの売店で食事を買っていたよ。
「やっぱり気を付けるほうがいいですか?」
ペトも気になるのか警備チームにたずねる。
「もちろん!」
細心の注意を払わなければいけないのは、対洗浄党、対チカリヤという考えだけが頭にあって、自分たちがターゲットになり得るということを見落としていたハットとペト。ホテルは安心できる場所として頭にインプットされているから盗聴器騒動さえクリアすれば後は大丈夫、それに警備チームが守ってくれる、そんな思いから油断していたのです。
今までホテルの売店の物を食べても、体に異変が無かったこと自体が本当は奇跡、そう思い直しながらも洗浄党側との会談の行方も考察していた。
「ハット、ブルにここまでの会談の内容は送ったの?」
「うん、送ったよ。送った内容をいつものようにストレートにSNSに投稿したみたいで、かなり反響があるんだ」
「だろうな。結局、洗浄党の上の方の連中は自己保身だけで、国民のことなんてこれっぽっちも考えていないのだから」
「言い方は悪いけど、ヨウラ党首なんて使い勝手がいいから上に据えられているだけで、下手したらすべての責任を負わされて処刑なんてこともありそうな気がする。それに、あの人ってあまり自分の意見は出さないですね」
「すべてがタテハナをはじめ、首脳たちの操り人形なだけだよね」
「でもこの調子じゃあ、たくさんある要求が何一つ通らずに終わりそうな気がして……」
「肝心な話になるとはぐらかされる。やっぱり国民からの強烈な突き上げがないと動かないのかもしれない」
「今日も演説をしようかな……。ちょっと過激な言動をして、ある意味聴衆を扇動するほうがいいのかなって思うけど……」
「そこまで過激な言動を行う必要はないよ、ハット。国民の大半はもう気付いているのだから、言ってみれば軽く背中を押すだけで、みんなが一斉に動き出すような気がするよ」
「そうだよね、これまでたくさん事実を発信して、みんな洗浄党ではなく僕たちを信じてくれているのだから。動き出しやすいように軽く背中を押すように話し掛ければいいんだよね」
「ああ、それで十分だよ。イタたちに連絡をしておくよ」
こうして夜に再びマーシュ中央公園で演説を行うことを決め、午後からの会談に臨んだハットとペト。
しかし、のらりくらりとかわされ、何の進展も見ることもなく今日の会談が終わった。




