祖国を取り戻すため 7
官邸から使者がホテルにやってきた。何度も合同警備チームにチェックされ、付き添われるようにして部屋の前にやってきた。
「官邸からの使者だと名乗る人が来たんだが」
ヒカルゴの特殊警察隊員がトランシーバーで部屋にいる三人に連絡する。
「ドアを開けます」
ペトがそう答えて客室のドアを開けた。
「党首の言伝を伝えに来た洗浄党職員です。打ち合わせが終わったので官邸にお戻りくださいとのことです」
「そうですか、わざわざすみません」
「こちらの部屋へは電話が通じないのですが……」
「ありがとう」
ペトはそう言うとドアを閉めた。
「ハット、官邸に戻ろうか」
「うん……、ペト、何だか冷たい応対をしていたね」
「部屋の電話を使えなくした原因はそちらだろって思っちゃったからさ」
「じゃあ、二人とも気を付けて! 留守番はこのブル様に任せておいてくれ!」
ブルに見送られるようにペトとハットは部屋を出て、合同警備チームに守られながら官邸へ移動した。
「君たちの部屋に電話を掛けたのだが、故障でもしているのか繋がらなかったから党の職員を向かわせたんだよ」
「部屋の電話は故障ではなく細工されていて、受話器をフックに置いていても通話状態になっていたので使えなくしてもらいました。あれですね、前回来た時も部屋にいろいろと仕掛けられましたが、国として私たちを敵とみなしているわけですね」
「え? 今回はわれわれの仕業では……」
「オルダヤ国や洗浄党ではないとすれば、私たちをもっとも嫌っているチカリヤですかね」
「いや、それは、私ではわからないのだが……」
ヨウラ党首は演技ではなく本当に驚いているようだった。国や党が感知しないスパイ行為を、他国がホテルの客室に忍び込んで行うと言うのもまた通常は考えられない。チカリヤとの接近を第一に考える洗浄党のタテハナ総帥やカスト、マカイの両顧問あたりだろうか。それともすでにホテルはチカリヤの手に渡っていて好き勝手にスパイ活動が展開されているのだろうか。
「それで、チカリヤとの合意案が書かれた文書だが、一部を黒塗りにして君たちに渡します」
ヨウラ党首はそう言うと、合意案の文書のコピーを手渡してきた。大半が黒塗りにされているのだろうと思いながら受け取り、ペラペラっと何ページかをめくったペト。ページによってはすべてが黒く塗られていたりするが、意外とそのまま公開しようとしている。
「確認ですが、今、手渡されたこの文書のコピーですが、開示されている部分はSNSで発信しても支障はありませんね?」
「ええ、ダメな部分は黒塗りにしているので、それ以外の部分は公表していただいて結構です」
「あの、一つ確認してもいいですか? この、今いただいた文書が正式な合意案のコピーであるとの証明をいただきたい。もしくは、コピーではない合意案そのものと比較したいのですが」
「ハットと名乗る君、私が党首に掛け合い、さらに党首が総帥や顧問から何とか許可をいただいて実現したんだぞ。君はわれわれが手渡したこのコピーがフェイクだと言いたいのか?」
「説得していただいたことには感謝していますが、僕にはこれが本物か偽物かを判断する術がありませんから」
「われわれの目の前で比較するのならば、正式な合意案を出してもいいが」
「マガラ副党首、何もこんな連中にそこまでする必要はないと思いますが」
「党首、彼たちはわれわれの素晴らしい計画を世界中に公表してくれるのですよ、オルダヤという国がまっとうに政治を行っている証拠を示すチャンスでもあるんですよ。そうすればわが国の正しさが世界中に知れ渡り、今の状況を打破できるはずです!」
「副党首、さすがに国家間で合意しサインした本物の合意案を見せるわけには……」
また二人の協議が始まった。ヨウラ党首は名ばかりの党首で、洗浄党の本物の首脳陣に操られているだけ。なので自身の考えだけで判断し行動することなどできない。それに対してマガラは自分が正しいと思えば突き進むタイプで、党首脳の考えなどお構いなしだ。だからこれまでにたくさんの政党を消滅に追い込んできたわけだが。
「党首、すべては私が責任を持ちます!」
一〇分ほど二人で話し合ったが合意できず、マガラは立ち上がって本物の合意案の文書を取りに行った。慌ててヨウラ党首が後を追うが、ハットとペトの二人の目には寸劇のようにしか見えず、自然と笑顔がこぼれた。
「私には台本が用意されていて、決められた台詞を読んでいるだけにしか見えなかったよ」
「僕も同じです、しかも二人が出て行く様子が焦っているとか慌てている感じが一切なくて、運動不足の人で足腰に不調を訴える人がゆっくりと動いて行く、そんな感じにしか見えませんでした」
「しかもさあ、党首なんてこの会談に臨むための資料を開きっぱなしにしているんだよ。私は教師をしていたけど、そんな私でも最低限資料は閉じてから席を立つんだけどね」
そう言いながらも、置かれた資料には一切手を付けようとはしない二人。この官邸内にはおそらく無数の監視カメラが仕掛けてあり、二人のいずれかが手を付けた瞬間を撮影されたり、別室で監視している洗浄党の人たちが一斉に雪崩れ込んでくることも考えられる。ホテルの客室に盗聴器を仕掛けるような人たちですから。
「君たち、待たせて悪いね。これが合意案の実物だ、よく比べてくれ」
三〇分ほど経過した頃にマガラだけが戻ってきて、本物の合意案が書かれた文書を手渡してきた。
「これが実物なんですね、随分厚みが違いますね」
先に渡された合意案のコピーだとする文書と比べて、その厚みがまったく違うのです。紙の種類の違いは当然あるわけですが、それでも本物だとする合意案は倍以上の厚みがある。
「ハットと名乗る君、合意案の実物は紙が一枚一枚分厚いから、どうしても厚みに違いは出るものですよ」
「そうかもしれないですね」
ハットはニコッと笑って両方の中身を比べ始め、その様子をペトとマガラも見守る。
五、六ページめくって見比べたところで、ハットは本物だとする文書とコピーの双方を閉じた。ペトは憤りの様子を見せ、マガラは顔が引きつっているようにも見える。
「洗浄党はどうして簡単に見破られることをするんですか? 一ページ目からまったく違う文章が書かれているし、本物だと言う文書には決定的な瑕疵がありますよ。チカリヤの正式な国名を間違えて揮毫しているのに、そこに公印が押されているとは。それにこの印はオルダヤの物ですよね」
「協議しているフリをして私たちを騙す意図をもって文書の偽物が作られた。本物だとする方なんてとても公式な文書だとは思えない、やや厚めのコピー用紙ですよね? これ面白いから、本物だと言っている合意案の文書ももらっていいですよね?」
ハットとペトがマガラに詰めるように言い放った。
「たぶん、何かの手違いだと思うが……」
「ところで党首はどこへ行ったのですか? 僕たちを逮捕するための手続きを取りに行きました?」
「逮捕はさすがにない、君たちを逮捕したらアストルとその同盟国との戦争に発展しかねないから」
「じゃあ、党首は何をしに?」
「おそらく電話かな……」
「指示を仰いでいるわけですね、でも……、今ここの様子は洗浄党の首脳たちも見ていますよね? あちこちに仕掛けた監視カメラの映像を通して」
「監視カメラの映像を見て、僕たちを言いくるめるための策を党首に授けているんですね」
ペトとハットの言葉に、マガラは何も話すことができず沈黙の時間がしばらく続いたが、重たくなった口を何とか開いて喋りはじめる。
「私が指示してこんなことをしたのではない。私は本心で合意案の文書の要点を公開し、国民の理解を得るのが重要だと考えている。まさか党がこんな子供の悪戯のようなことをするとは思いもしなかった……」
「悪いのですが、僕は洗浄党のいつものやり方だなとしか思っていません」
「だから最初から疑ってかかったのだね。これは本当に洗浄党の悪いところだ。だからと言って私はこの党を出るつもりはないし、君たちと手を結ぶつもりもまったくない。何とか党を中から変えていこうと、今そう思ったんだ」
「私はその選択が正しいと思います。敵対し合う同士ですが、私はマガラ副党首の姿勢は正しいと思っています」
変な一体感が生まれそうになった時、ヨウラ党首が官邸に戻ってきた。




