祖国を取り戻すため 5
「バーブ、ちょっと待ってください」
「刑務所長だったメリー・イグリーじゃないですか。まさかあなたがチカリヤ系の方だとは知りませんでしたよ」
「そんなな話はさておき、洗浄党へ戻るつもりがなければ、これから先は貧民として生きていくしかありませんよね」
「聴衆の反応がすべてですよ。洗浄党の副党首だった人間をそう簡単には許しはしないということです」
「では第九ランクの生活を受け入れるということですか?」
「現状では私は動きようがありませんから」
「この国から洗浄党が消えてなくなるのは既定路線です。ただしチカリヤによってこの国を制圧した後になります。そこで洗浄党消滅を前倒しで行えれば、私たちチカリヤ共和国も、そして洗浄党に反発する多くの国民も救われることになりませんか?」
「ハットの話によると、救われるどころかもっと困窮することになると。なのに洗浄党の一部の幹部はチカリヤに併合された後も悠々自適な生活が保証されている、その話を聞いて私は洗浄党を飛び出したのですよ」
「あなたに嘘を言っても仕方がないので言いますが、確かに大半の国民はチカリヤの奴隷にされます。ただしそれは一般国民の話で、チカリヤと契りを結んだ者は別です」
「どういうことですか?」
「あなたはちょっと鈍いな、だからヘム・タテハナたちに騙されて副党首止まりなんですよ。私はチカリヤ共和国では知事と同格、そして今回のオルダヤ制圧に関しては私がリーダーみたいなもの。その私と手を組んで洗浄党を先に潰し、チカリヤ主導で選挙制度を適当に作り変えてあなたを議員にさせる。その後オルダヤはチカリヤ自治区となって完全にチカリヤの支配下となる。議員のあなたは自治区内である程度の地位を持って生活できる」
「それは……、でもアストルをはじめ各国がオルダヤの選挙を監視、あるいは介入する可能性が非常に高い。そうなると簡単に議員にはなれないのでは? そもそも現状では票が集まらないでしょうし」
「いくら監視されようが、開票作業を実際に行う人が、チカリヤの息が掛かった人たちならばどうなりますか?」
「まあ、適当にカウントはできるかもしれないですね……」
「そんなものどうにでもなるんですよ。選挙を本当に公平に実施している国なんて皆無です。投票から開票までは不正が働いていないにしても、投票前にお金を渡せば投票行動自体が変わってくる。それが無理でも開票作業後に集計の数字を変えられたらどうなりますか?」
「しかし、それでは……」
「ではお聞きしますが、票数をコントロールせずに実力で得票率を九割以上確保した洗浄党の議員はいますか?」
「いえ、それは……」
「今日の演説の聴衆の様子が答えですよね。だから私たちと組んで、チカリヤへの併合後も安泰だと思っている洗浄党の首脳たちを蹴散らしましょうよ。私と組めばそれが実現できますよ」
一方のハットたちは演説を続けていた。ペトがヒカルゴのパガーノ大統領やアストルのリリック分析官に確認を取り、OKが出た情報ははどんどん話していく。チカリヤが他国を実質的な〝植民地〟として扱い、その結果国民はどのような生活を強いられているのかなど、より具体的な話をしていった。
リリックからのレポートを要約し、チカリヤに呑み込まれた後のオルダヤ国民は労働力としてのみ見られること、チカリヤ人の指導の下に生活していくこと、今よりさらに自由が制限されること、それに対してタテハナは自治区となるオルダヤの知事就任が確約されていること、他の洗浄党首脳も要職に就くことが約束されていること。
そしてタテハナがオルダヤの土地・施設・技術・労働力などを広くチカリヤに提供する代わりに、チカリヤで国営企業の共同経営者に就任することが約束されていることも話した。
もちろんその過程に至るまでに、オルダヤに以前居住していたチカリヤ人とチカリヤ系の人々を中心に大量にオルダヤへ定住させ、政府も党も企業もチカリヤ人が支配することが第一段階で、第二段階でオルダヤ国内にチカリヤの経済特区を多数設け、チカリヤの融資によって整備されたインフラなどを自由にチカリヤが使えるようにし、第三段階で国によるチカリヤへの実質的な併合を承認するという流れを詳細に説明した。
「これらの話はアストルの情報分析機関による正式なレポートとして後日出されます。僕が嘘を言っているとか、作り話だと言う罵詈雑言がSNS上にかなり飛び交うと思います。それらの罵詈雑言の大半はチカリヤまたは他国に定住するチカリヤ系の人たちによるもので、すべてはチカリヤ政府の指示によるもの。チカリヤの指示によるという証拠もありますので、できるだけ早い時期にSNSに公開します」
具体的な話をしたためか、大半の聴衆は黙っていた。ひょっとすると、どう反応するべきかわからないかもしれないし、自分の身に置き換えてこれから起こることを想像し、その恐怖のあまり声を出せないのかもしれない。もちろんまだ信じられない人もいるでしょうし、ハットたちによる作り話だと思っている人もいるでしょう。
ハットやバーブの演説に対してどこか批判的だった人も、今は黙っていた。
「ここからは僕の想像です、根拠のない話とも言えます。おそらくアストルによってチカリヤの出方、チカリヤの洗浄党に対する考え方が公になることで、少しずつ修正が入ると思っています。最終的なゴールは動かさないと思うので、その過程が変わってくる気がします……」
「長かったなあ、結局三時間もあの公園にいたんだな。ハット、疲れただろ?」
「疲れはしたけど、みんなが洗浄党に対してどう思っているのかも目の当たりにしたし、チカリヤの不気味な動きに警戒する必要があるなとも思ったし、僕にすれば収穫は多かったから良かったのかなと思うよ、ペトは?」
「私は洗浄党を去ったあの二人の動きが怖いんだよ。まさか国民に総スカンを食らうとは本人たちも思っていなかっただろうし、もう一度作戦を練り直してくるだろうから」
「以前はオウダと手を結んでもいいかなって思っていたけど……、僕たちと手を組みたいって思っているのかな?」
「おそらくね。特にハットはオルダヤ国内だけではなく、世界中に知れ渡っている有名なインフルエンサーだし、いろんな国の首脳と関係しているから、国政に挑みたい二人にとっては是非とも手を組みたいと考えるだろうからね」
「オウダはあのまま黙っていては洗浄党の上層部入りは難しいから、奇襲作戦に出たのかな。バーブは上層部にいながら仲間外れ状態でかわいそうだなとは思うけど、でもあの人も結局は、昨日までの暮らしを壊されたくはないってだけだもんね」
「そういうことだね。あの二人と私たちが手を組んでも、私たちには何のメリットもない。結局あいつらは議員になって、裕福な生活を送りたいだけ。ゲスな連中だということが見え透いているからね」
演説会場のマーシュ中央公園からホテルへ戻る車中、ハットとペトは今日の感想を話し合っていた。




