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祖国を取り戻すため 2


「オルダヤを操る洗浄党の話から入るのが普通だと思いますが、まだみなさんが知らないと思われる話を先にします。議員で洗浄党の役員を務めるオウダが党役員を辞職しました。洗浄党から抜けると自動的に議員も失職となります。続いて洗浄党の表向きのナンバーツー、副党首のノガユ・バーブも洗浄党から抜けました」


 ハットが発した話に対して聴衆の多くは驚きを持った反応を示しました。オウダは党を代表する口達者な武闘派で、なおかつ政策などにも詳しい人物。そして党首のヨウラを支え続けた人物です。またバーブは洗浄党の実務を担ってきた人物で、それこそ汚れ仕事などは彼が一手に引き受けてきました。


 そんな洗浄党にとってはある意味〝優秀な刺客〟を同時に失ったから上層部は焦り、チカリヤ側に演説の聴衆として参加するように協力を要請したのかもしれません。ただヨウラ党首がそこまで危機感を持っているとは感じられないので、それこそ〝総帥〟のタテハナや顧問のカスト、マカイの判断のような気はします。


 そしてチカリヤがオルダヤにお金で近付き、人民を大量に入れてから経済特区として領土の一部を自由に使い始め、さらに洗浄党を解体してオルダヤをチカリヤの自治区とする見返りにタテハナを自治区の知事に充てることと、チカリヤで国営企業の共同経営者に就任することがすでに約束されていることもハットは述べた。


「これらのことはアストルの情報機関、国家安全保障庁の調べで明らかになっています。冗談や嘘ではなく、本当に洗浄党はオルダヤという国のすべてをチカリヤに払い下げる、そんな計画を進めようとしています。今すぐ洗浄党にノーを突き付けなければ、わが国は無くなるんですよ!」


 オルダヤの一般の人々は黙って演説を聞いていた。信じられない人、もう一つ意味がわからずあんぐりしている人、あまりも危険なことに何も言えなくなっている人、中には言葉を発さずに涙している人もいる。オルダヤという国を操縦している洗浄党の度重なるミス、いや、私利私欲にまみれた悪政のために国が無くなろうとしているのです。


「何を言っているんだ! おまえたちが野垂れ死にしないように手を差し伸べているのがわがチカリヤだ。今、その手を握らなければ、オルダヤは多くの国の思惑の渦に吸い込まれて消えて行くんだよ!」


「もっと現状を見ろ、チカリヤが無利子で援助し、その援助を使ってインフラを整備しろと手を差し伸べているんだぞ。インフラ整備によって大量の雇用が創出され、オルダヤ国民は今の貧しい生活から脱出できるんだよ!」


 左胸に赤いバッジを付けた人々からハットへの非難の声が上がる。


「では、チカリヤを擁護する人たちにお聞きします。これまでにも同様に国家予算の数倍にもなるお金を無利子で貸付け、結局は返済できないとして整備した施設だけではなく、領土をほぼ奪って吸収合併した国は何カ国になりますか? 一つや二つの国ではないですよね。チカリヤに隣接する国を一体いくつ自治区として吸収しましたか?」


「わからんやつだな、今、その条件を呑まなければ国自体が滅び、国民は全員が難民となるんだぞ! それよりはわが国の一部として経済発展を分かち合うほうがはるかに幸せだろ! これまでにわが国の自治区となった周辺国の幸福感を知らずに何を言っているんだ!」


 ハットの言葉に反発するかのようにイグリーが意見を述べると、周りの赤バッジの人たちが大いに盛り上がる。


 ハットは元教師のペトの協力を得て、チカリヤに併合されて自治区となったいくつかの〝国〟の実態を調べていた。もちろんSNSの発信や演説に対して反対の意見をぶつけられることを見越してです。


「ある国ではもともと持つ言語を使用禁止にしてチカリヤの標準語を使うように義務付けし、学校での授業もチカリヤの標準語を使うようになった。ずっと国民の誰もが信仰していた宗教をチカリヤ教に改宗もさせられた。改宗せずに元の宗教を信仰していると厳罰に処しています。そういったことへの抗議活動も起こりますが、チカリヤは軍隊を出して制圧していますね」


「わが国がそういうことをしている証拠はどこにあるんだ! 誰もその現場を見たことはないし、アストル陣営の各国が作り上げた捏造だ!」


「確かにこの事実がメディアで流されることはかなり少ないですが、隠し撮りされた画像や映像はSNSだけではなく、フリーのジャーナリストが今でもよく公開しています。無理やりチカリヤに編入されて自治区とされた地域の人々は、激安の賃金で無理やり重労働をさせられ、女性の多くがチカリヤ人に襲われるといった悲惨な生活ぶりが露呈しています。これは国際機関の正式なデータとして公表されています」


「だから、その国際機関のデータ自体が、アストル側の国による作り話なんだよ! 実際には自治区に編入された人々は、生活が安定し以前より良くなったと口々に言っているよ!」


「えっと、今、発言された方、その情報はどこで入手されましたか?」


「チカリヤ国営テレビだよ、テレビが嘘をつくわけがないだろ!」


「なるほど、チカリヤ国営テレビですか。オルダヤやチカリヤだと自国に都合が悪いことは直(ひた)隠しに隠しますし、広めたいことは誇張する、それがテレビや新聞というものです。アストルなどでは報道する自社の論調に合わない場合は隠しますよ、報道しない自由だとか言って。なのでテレビや新聞は嘘をつくし、事実を隠したり歪曲もします。そうやって国や自社の考えを広めようとするものですよ」


 赤いバッジを付けた人たちはハットの説明を聞いてよけいに腹が立ったのか、再び放送禁止用語を使ってハットを罵り始めました。でもすぐにハットはこの人たちを黙らせました。チカリヤで起きた重大な事件や事故の中で、報道されていないものを正確な日付とともに読み上げていきました。中には噂レベルで耳にした事案も含まれていたことから、ハットに詳細をたずねる状態に。


 それらのデータもペトの協力によって資料化されていて、たずねられた件を詳しく説明していきました。


 赤バッジを付けた人たちは言い返せなくなったし、オルダヤの人々はチカリヤの実態を聞き恐怖を覚えたようです。実はこれも作戦の一環で、チカリヤという国は怖いですよと印象付けさせるためでもあったのです。


「すみません、チカリヤのことばかりお話ししてしまいました。ただ最初にもお話ししたように、チカリヤ側がオルダヤへ手を伸ばしていることは事実です。オルダヤを自治区としてチカリヤに編入し、その見返りを得る洗浄党の上層部がこの話を進めようとしています。私たちがこれからどうなっていくのか、チカリヤの自治区で起きた事例を見ればわかりますよね!」


 チカリヤと手を結ぼうとする洗浄党に反対しなければ、われわれの未来は暗澹たるものになるという具体例を挙げた形です。赤バッジを付けたチカリヤ系の人たちが多く演説に参加するはずだし、間違いなく怒声を浴びせられるだろう。感情的に言い返せばあの人たちの思うつぼだから、事実を具体的に淡々と列挙する、そうすればそれ以上の文句は言い出しにくくなり、オルダヤの人たちにはこのままでは明日はわが身ということを実感してもらう。


 ペト、ブル、ハットの三人に加えて、ヒカルゴのパガーノ大統領やアストルのリリック分析官の知恵と元となるデータを借り、そのデータをペトに整理してもらった。この作戦がピタリとはまりました。


「あのさあ、危険なのはわかったけど、洗浄党をどうにかしないと、指を咥えて酷くなっていく様子を見ているだけになりますよ! 具体的にどういう行動を起こすつもりなのですか!」


 ハットもペトも悦に入っていたところへ、若い男性の発言があった。まったくもってそのとおりで、ここで話をしてSNSで発信するだけでは国は変わっていかない。百歩も二百歩も動かなきゃいけないのに、今の調子では良くて二、三歩しか動くことができない。


「まずは選挙です、選挙で洗浄党以外の人を当選させなければいけません!」


「選挙なんて形だけで、票は全部すり替えられているじゃないか! 公正な選挙をして得票率が九〇パーセントを軽々超えるなんて、不正しなきゃ起きるわけがないんだよ! そもそも洗浄党の人間しか立候補できないじゃないか!」


 現状オルダヤの法律では選挙に立候補できる人は洗浄党の党員に限られ、当選者の得票率は九〇パーセントを軽く超えている。落選した候補者は例外なく秘書などとして働き、次の選挙で立候補して九〇パーセント以上の得票率を得て当選する。普通に考えればあり得ないことが起きているのです。


「えっと、まずは選挙制度を変えるようにみんなで声を上げましょう。まずはそこからです」


「これまでにも声を上げては逮捕され、刑務所内で処刑されたと通知が来て終わり。その繰り返しなのに、何をのんきなことを言っているんだ! 安全で弾が飛んでこない場所から発信して国民を動かし、おまえたちは高みの見物か。いい気なものだぜ!」


 さすがにハットは言い返すことができなかった。実際に酷い環境に毎日直面している国民と、安全な場所からキーボードを叩いているだけの人間。理想論のようなことをぶつけたって、国民はしらけるだけなのですから。


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