ついに故郷へ 15
レポートを流し読みしたヨウラ党首はバーブ副党首に手渡した。ヨウラとは違いじっくりと読み込んだバーブ。
「これはフェイクじゃないんだな」
「アストル国の分析官による正式なレポートです。これはメールに添付されていた物をコピーしたわけですが、使われている用紙はここにマークが入っているからわかると思いますが、アストル政府が使用する正式なもの。副党首ならばご存じですよね」
〝ヘム・タテハナがオルダヤ国を差し出す代わりに、オルダヤ自治区の知事になることが、チカリヤの国家主席シュトレ・ルキンによって保障されている〟
〝ヘム・タテハナはオルダヤの土地だけではなく技術や労働力まで差し出す代わりに、チカリヤで国営企業の共同経営者に就任する〟
〝洗浄党については計画遂行の支障になる。このため早期に解散させることでヘム・タテハナとシュトレ・ルキン国家主席は合意している〟
〝オルダヤは併合後チカリヤの一自治区となるため、法体系や慣習などはすべてチカリヤに合わせるべく努力する事〟
「こんなこと、私は承知していないぞ!」
「副党首は本当にご存じではなかったようですね、洗浄党内でこの件を知っているのは総帥は当然ですが、カストやマカイの両顧問のほかにヨウラ党首、あなたもですよね」
ハットはすごく柔らかい物腰でヨウラ党首に尋ねた。
「私は……、断片的にだな……、詳しくは私も……」
「党首であり首相のあなたが知らないわけがないですよね。チカリヤが近付いてくることだって計画通りだし、何を言われようが粛々と進めるだけという立場ですよね」
「ここまで詳細なことを知らなくても、オウダのように危機感を覚えて袂を分かつ人が出るのも当然です。洗浄党の中枢部にいても、この計画を知らされれば反対する人が出たって不思議ではないし、推し進めようとする人たちはチカリヤから役職を与えられることが約束されているんですよ、きっとね」
ヨウラ党首がまごまごしながら返答に窮しているのを見て、ハットとペトが真っすぐに見解を伝えた。
「ヨウラ党首、これは事実なのですか? 副党首の私にも内緒でこんな大きな計画を進めていただなんて……。私は、私の役職はどうなるんですか!」
ヨウラはバーブから視線を外し、テーブルに置いてあったケースからタバコを一本取り出して口に咥え、火をつけ大きく吸い込みハットたちに向かって煙を吐き出した。
「オルダヤは自力では立ち直れやしないんだよ。チカリヤに呑み込まれようが、オルダヤという国名が消えようがそんなことは小さな問題だ。われわれがこれから先も暮らしていける、その道筋さえ付ければ何の問題もない。われわれはこれからもチカリヤの一員として力を発揮していく、それだけだ。ただし私も詳細は知らない。このレポートは君たちが作ったフェイクだと思っている」
「ちょっと待ってください、まさか私は切られるのですか? 洗浄党から追い払われるのですか?」
「バーブ副党首、洗浄党がある限り君の地位は安泰だよ。洗浄党が消滅した後のことは私にはわからない。タテハナ総帥にでも聞いてくれ」
これまで国民のためになるのだからと洗浄党に心血を注いできたバーブは、その洗浄党に梯子を外されてしまった。このまま計画通りにオルダヤがチカリヤに併合されれば、バーブは路頭に迷う人生しか残っていない。それどころか、これまで国民の反感を一身に受け止めてきただけに、オルダヤ国民からの反発は必至で身の危険が迫ることになるだろう。
「なんかあれだなあ、俺たちは交渉のために来たはずなのに、洗浄党内部のごたごたばかり見せられてる。でも党首も副党首もこれだけは覚えておいてくれ、国民はおまえたち……、あなたたちに対する恨みは決して忘れない。それだけの酷い仕打ちを長年続けたのだから、これからおいしい話をしたって誰も飛び付きはしない、ただ反発するだけだ。その反発がこれまでに見たことがない大きな規模に膨らみ続けているんだ!」
「待ってくれ、私は確かに副党首だが、チカリヤとの併合だなんて話は知らなかったんだ、騙されていたんだよ!」
「副党首、今回のチカリヤの件はお気の毒かもしれませんけど、SNSで洗浄党にとって都合が悪いことを発信しただけで、禁固四五年なんて馬鹿げた法律を維持してきましたよね。そういったことも含めて、僕たちも国民もあなた方を許す道理がないんですよ」
副党首の言葉にブルとハットが追い討ちを掛けた。
「副党首、あなたはまだ洗浄党の一員です。この者たちの戯言のような要求を跳ね返し、現状のオルダヤを守るのはあなたの仕事ですよ。泣き言を言っている場合ではありません!」
「おい、ヨウラ! おまえはオルダヤがチカリヤに変わったって今と同じ楽な生活が保障されているから、そんなのんきなことが言えるんだよ! 俺はな、先がないんだ! このまま道を進んだって行き止まりなんだよ、後戻りもできないんだよ! もう洗浄党のことなんてどうでもいい!」
副党首は錯乱状態に陥り官邸から出て行った。
「もしもし、ヨウラです。ノガユ・バーブがこれからの方針に反発して、例の連中との話し合いの途中で官邸を出て行ってしまったんです。ですので……、はい、お願いします」
ヨウラは誰かに電話をし通話を終えた。
「ノガユ・バーブは副党首を解任された。洗浄党の党員でもなくなり暫定で第九ランクに位置付けされた。もうこの会議の場に出てくることはおろか、彼と顔を合わす機会もほぼないかもしれないな」
「切ったのですか? 副党首を?」
ペトが驚いたように質問した。
「われわれを裏切ったのだよ、彼はね。今も君たちとの交渉役として座っていたが、洗浄党の方針に反対し席を立った。だから党員剥奪とこれまでは議員と同じ第二ランクだったが、要監視者として第九ランクとなった。今ごろは引越し作業で大変だと思うよ」
「それって、その前に辞任届を出したオウダも同じ扱いなのですか?」
「彼もまったく同じだね。もう家を追い出されただろうな」
こともなげに言い放つヨウラ党首。やり方はどう考えても独裁政治だ。洗浄党の意のままにならない人や、反旗を翻した人はすぐにランクを下げて住処も奪ってしまう。これまで議員や副党首として国から与えられた豪邸で生活していた人たちが、今日からは築何年になるのかわからない木造の長屋暮らしだ。第九ランクに落とされたことで、会社員として働くことも極めて難しくなる。
第九ランクは自己破産した一家、ギャンブルや酒依存等の人とその家族、そして洗浄党によって要監視者に指定された人とその家族だ。残念ながら今のオルダヤではそういった方々に普通の仕事は与えられない。せめて家族は仕事に就かせてあげればと思うが、家族は同罪の考えがあるのでそれも難しい。
なのでオルダヤには本当は労働力はある、余っているほどだ。そこに目を瞑ってチカリヤから移民を受け入れて仕事をさせ、会社ごとチカリヤに奪われていく。洗浄党にすればどうせオルダヤ全体がチカリヤのモノになるのだから、別に問題ないだろうという感じなのでしょうか。
交渉相手がヨウラ党首一人になり、話し合いはよけいに進まなくなる。ヨウラはタテハナの指示通りに動くことしかできない、言ってみれば自身の考えなどない人です。三人がいろいろと質問し改善や改革を要求したところで暖簾に腕押し状態。まとまな返事など返ってはこなかった。
それでも夕方までは官邸で話し合いましたが、特に進展は見られず二日目の会談も終わりました。




