始まりはSNSから 6
ゴムが焼ける臭いを嗅ぎながらもなんとか仕事に、そしてウェットスーツ作りに励むハット。そんなハットに声を掛けてきた男がいた。
「君、最近何を作っているんだ?」
この男、最近は食堂でも視界に入る範疇にいることが多いのですが、食べ方は汚く箸の持ち方もどこかおかしい。口にいっぱい頬張ったまま喋る様子を見て、ハットはできるだけ近付かないようにと思っていたのですが、相手に近付かれてしまった。
「刑務官に頼まれたのですよ、かなりいいお金をいただいたので優先的に作ってます」
「ほお、君はもっと骨のある人間かと思っていたけど違ったみたいだな……」
そう言うとハットから離れて行ったやや小太り体形の男。囚人番号の先頭のアルファベットはVとなっていて、どのような犯罪を犯して収監されたのか見当も付かない。ただ何だか気持ちが悪いとしか思えなかった。
最近食事はブルとペトの三人で取ることが多いハット。もちろん脱獄計画の話をしながら食事をするのですが、一日の作業を終えた夕飯時のことです。
「あの後ろに座ってるやつ、最近食堂でよく目にするけど気持ちわるいな」
金属加工の仕事で筋骨隆々となった腕をさすりながら、ハットとペトに話し掛けたブル。ハットとペトが振り返ると、
「同じ職場のやつだ……」
そこには数日前の作業中にハットに話し掛けてきた男が座っていた。うんざりという顔を見せながらつぶやいたハットに対してペトは、
「私より長い間放り込まれている、えっと、名前は……、シルゲス・ヒーバーだ。番号の頭がVだろ、Vは盗撮とかわいせつ事案で捕まったことを意味しているんだよ」
「盗撮とかわいせつ?」
ハットとブルが声を合せて反応すると、
「鉄道マニアらしいんだけど、合間にトイレに侵入して女性を盗撮して闇サイトで売りさばいていたらしいよ」
――どおりで気持ち悪いはずだ……。
シルゲス・ヒーバーは収監されて一〇年以上になる三三歳。常に得する方に付くことばかりを考えていて、仲間であっても平気で裏切ることが多く、それ故に刑務所生活の中で仲良くなった収監者はほぼいない。洗浄党派や反洗浄党派でもない日和見派と呼ばれる男です。
だがブルが思いがけないことを言い始めた。
「そんな奴だと逆におだてたら何でもするんじゃないか? それこそあいつをボスに仕立て上げ良い気分にさせておいて使うんだよ」
ゴム加工は意外と脱獄における用途が広い。組立アルミボートだから継ぎ目からの水漏れに備えてゴムでパッキンを作るとか、船外機はあっても緊急用にオールを作って滑り止め用のゴムを作るとか。手袋なども必要になるだろう。
「ブル、ハット、後は私に任せてくれるかな、上手くおだてて仲間として引き入れておくよ」
ペトは教師をしていただけあって頭脳戦には長けているのだろう。数日後に相手を持ち上げて、気分良くさせて引き入れることに成功する。
ただしペトからは、彼に脱獄の話をしてはいけないと強く念押しされた。利用しやすい部分はたしかにあるが、とにかくどちらが得だと計算して動くタイプであり、仲間に対して背後からピストルを突き付けるような性格を持つ日和見派だからだそうだ。
――そんな人を仲間に引き入れて大丈夫なのかな……。
彼の気持ち悪さと相まって、ハットは不安しか感じなかった。
自身を〝仲間〟として認めてくれたハットたちに、シルゲス・ヒーバーは名前ではなく〝ボス〟と呼ぶように要求してきた。ペトが仲間に引き入れる際にボスになってくれと頼んだからで、言い出すことがわかっていたから驚きはしなかった。
こうしてボスを仲間に入れて四人で脱獄の計画を着々と進めていくことになったが、ペトやブルとは違いハットはボスと同じ職場なのでずっと横にいるために、やたらと質問攻めに遭うのでその対処法に苦慮していた。
〝そのウエットスーツはどの刑務官に頼まれたんだ?〟
〝ボスの俺にお前たちが企てていることをすべて話せよ〟
〝お前たちに指示を出している刑務官はいったい誰なんだ?〟
シルゲス・ヒーバーは自身がボスなのだから、グループのすべてを把握しておくのは当然だと思っているが、三人は彼のことをボスだとは一切思っていないし、ボスというのはニックネーム程度のものだと認識している。それだけにハットは対処法に悩むのですが、刑務所長代理のシンに相談しても埒が明かないどころか、
「ハット、君がどのように対処するのかを我々は興味を持って見ているよ」
としか言われない。
後にわかったことですが、シルゲス・ヒーバーを仲間に引き入れて利用しようと考えたのはシンで、最初からハットを試すためでもあったようです。
「ボス、グループのボスだからすべてを把握しておきたい気持ちはごく普通のことだと思います。でも、グループとしては大したことではなくとも、依頼してきた方たちにとっては漏れると命に係わることだってあります。特にこの刑務所内では処刑が待っていますから、グループ、仲間、ボスであっても個人的に秘めておく必要があると思うことは口外しないようにしています、すみません、ボス」
シルゲス・ヒーバーは口ではわかったと言いましたが、納得していないのか苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべています。
「ハット、俺もお前に伝えられないことが出てくると思うが、それは理解しろよ」
「もちろんですよ、ボス!」
「ボスと呼ぶのは何かを悟られそうで怖いから、ヒーと呼んでくれたらいいよ」
「はい、わかりました、ヒー」
ヒーはハットの説明に納得したのではなく、お前がそういう態度で出るのならば俺だってお前には何も教えはしない、そんな気持ちからの発言でした。
ただしこの刑務所内では、何か不審な動きをすれば捕まって処刑されることはヒー自身が長年実際に見てきたこと。ハットに命に係わることだってあると言われ、自分がボスと呼ばれている場面を刑務官に見られたら自分の命が危ない、そう思ってボスと呼ばせないために咄嗟に口にしたことでした。




