始まりはSNSから 5
ゴムが焼ける臭いで本当は鼻が曲がりそうだけど、作り笑顔で仕事をしているハット。収監されて一カ月が過ぎたが、収監されたことやこの刑務所に対して良い感情を持つわけもなく、心の中では洗浄党への恨みの気持ちしかない。
小声ではあるけど険しい顔をして、言い争いを行う二人がハットのすぐそばにいた。刑務官が飛んできて二人を作業場から連れ出した。
――もう二度とあの二人を見掛けることはないのか。もちろん刑務所だから自由にできるわけはない、でも人間だからこそ感情を表に出して、思いの丈を吐き出したい時だってあるじゃないか。感情に反した作り笑顔で数十年もここで生きていけというのか……。
まるでその心の内を読まれたようなタイミングだった。
「P17―18725、ちょっとこっちへ来い!」
ハットが刑務官に呼ばれた。
――え? 笑ってたのに処刑されるの? 二日前に五〇人くらいが連れて来られたから?
〝ここでは新たに収監された人数だけ、元からいる受刑者を処刑する〟
忘れ掛けていたペトから聞いた話を思い出したハット、笑顔が消え一気に顔が強張った。ハットと同じようにSNSで洗浄党や党幹部に対する憤りを書き込んだ人たちが、国家に対して反逆行為を行った政治犯として二日前に収監されたのです。
恐る恐る呼ばれた刑務官の前へ歩いていきました。
「捕まえるわけじゃないから安心して」
刑務官は小声でハットに囁いた。
――〝捕まえはしないけど、すぐに処刑するだけだよ〟なんて言わないよね……。
小声で刑務官に言われたことに対して、ハットはさらなる恐怖心を感じる。通常は連行されるときは両脇を二人の刑務官に抱えられて引きずられるのだが、今日は声を掛けてきた刑務官一人が付き添う感じで、小さな会議室に連れて行かれた。
会議室には五名ほどの刑務官が椅子に座っていて、一斉にハットに視線を送る。壁には液体が飛び散ったような黒い跡がたくさんあり、その様子にここで殴られるなどした受刑者が多数いたのだろうと、ハットは容易に察した。
――この黒い跡に上書きされるんだね、僕が今から流す血によって。
ハットは覚悟を決めた。どうせ殴られ蹴られて死んでいくのならば、今、自分が持つ力を精一杯出して抵抗しながら死んでいこう。それが今のこの国や洗浄党に対する僕の気持ちだと表してやろう、そう思った。
「君は普段は何と呼ばれているんだ?」
「ハットと呼ばれています」
「P17―18725、この部屋では君のことをハットと呼ぶよ。さっきも言っただろ、捕まえたり処刑するために連れて来たんじゃない」
「はい……」
「そんなに緊張しなくてもいい、大丈夫だから。適当な椅子に腰掛けてくれ」
はい、そうですかと言って急ににこやかになれるわけもなく、ハットは緊張の面持ちを解くことができないまま椅子に座った。
「仕方がないか、ハットはこの国の今の仕組みに不満があるわけだし、われわれはその国側の人間だからな」
周りにいる他の刑務官たちはハットの様子を見て笑うわけでもなく、睨みつけるでもなく、ただ冷めた目で見ているように感じた。
「そういえば名乗っていなかったな、私はここで刑務所長代理をしているアダム・シンズだ、シンと呼んでくれたらいい」
――刑務所長代理って、刑務所長に次ぐナンバー2じゃないのか?
「私の肩書に驚いたかな? 私は刑務所長のメリー・イグリーに次ぐ二番目だが三人いる代理の中の一人だ」
「ここからは所長代理に変わって俺が説明していくよ。俺はイタロ・アソール、刑務官だ。みんなイタと呼んでいるよ。親が犯罪を犯し第一〇ランクだった俺をここへ連れて来てくれたのがシンだ……」
今この部屋にいる刑務官は反洗浄党派であり、言ってみればハットと同じ考えの持ち主ばかり。だから国家への反逆でここへ収監された受刑者たちはみんな仲間だと思っている。ただしSNSへの書き込みや発言、思想を聞く限りでは、ただ不満を募らせているだけの者が多いように感じる。
ただしハットのSNSへの書き込みは具体的に誰のどの部分が悪いのかを的確に指摘しているし、同じ容疑で収監されたペトによると、ハットはただ不満を募らせて文句を言っているような人間ではなく、教師をしていたハットの両親たちも筋が通った考えを持つ立派な人たちで、おそらくその考えがハットにもあるのだろうとペトが言っている。
だからここにいる刑務官は皆ハットを支援していくことで一致している、今日はそのことを伝えるためにこの会議室に来てもらった。
「そういうことだよ、ハット」
イタの話が終わるタイミングでペトがハットの前に姿を現した。
「ペト! これはいったい何なの?」
「そのことなのだが……」
所長代理のシンによると、今のこの国の体制を変えるには莫大な労力と時間が必要だし、思い切った作戦を実行し成功させなければ何も変わることはない。そして今ここに集まる刑務官のほか、同じ考えを持つ刑務官たちとも話し合った結果がこれだ。
洗浄党の党首であり首相のヒロム・ヨウラのほか、トクル・カストやイムロ・マカイと言った洗浄党設立メンバーたちのほか、彼たちの後ろで洗浄党を操る黒幕や、オルダヤを手中に収めようと虎視眈々と狙っている勢力もいる。そうなると国内だけで戦っていても解決は無理で、諸外国からの応援や圧力も必要になるはずと考えている。
しかし、武器を持つわけでもなく、兵隊を要しているわけでもないわれわれは頭脳戦で戦い抜くしかその方法はない。そこでハットにその先頭に立ってもらい、この国を昔のような素晴らしい国へ復活させてほしい、その思いから今日は会議室に呼んだのだとシンやイタが説明した。
「僕が先頭に立つ? 何も知らない高校生ですよ、僕に何をどうしろと?」
「まずは数人で脱獄してもらう。そのための準備に取り掛かってもらいたい」
「脱獄? 脱獄って即処刑ですよね? そんなの嫌ですよ!」
「ハットはゴム加工、ペトは食材などの管理事務、仲間入りしてもらいたい候補は金属加工に就いてもらっている。ゴム加工でウェットスーツを作ってもらい、金属加工でアルミ製のボートを作ってもらい脱獄してもらう。脱獄後の食糧確保はペトにやってもらう」
「ハット、君と仲の良いブルが金属加工に配置されているだろ」
「でも島の周りは潮流が速いしサメもうようよいると聞きますし、何時間も船に揺られてここへ来たのに脱獄は無理ですよ」
「ハット、ボートに取り付ける船外機を調達するから大丈夫だよ」
「ハット、作戦はシンやイタ、それに私が立案する。君はその作戦に従って行動してくれればいい」
「それって……、僕を先頭に立たせて盾にして、ペトたちが助かるっていうことじゃないの?」
「ハット、ここから抜け出すまではわれわれの手引きがなければ難しい、その後は君の考えに従いオルダヤを正常に導いてもらう」
刑務官のシンやイタ、ハットの両親と同じく教師だった受刑者のペトに押し切られる形で脱獄を図ることになったが、その後はいったいどうすれば良いのかハットにわかるはずもない。しかしハットがこのオルダヤを大きく変革していく原動力となっていく。まだまだ先の話ではあるが……。




