ついに故郷へ 9
「僕たちは今はヒカルゴの情報調査室という部署に所属していますが、多くの職員とは別の部屋で仕事をしています。情報を得る人たちと僕たちのようにその情報を出す仕事と、まったく真逆な仕事ですから。情報調査室は大統領直轄の部署で各国の調査機関と連携していますから、報道されない内密な情報にも触れることがあります。もちろんそういった情報は内緒なので発信できません。つまり、僕たちが発信している内容以上の信じられないことが世界中で実は起きているのです……」
ハットは聴衆の人たちの顔を見ながら、思ったことを口にしていった。
「洗浄党が掲げる改革によって何か良いことはありましたか? ランク付けされて住む場所や職業が制限される。こんなことを今の時代に行っているのはオルダヤくらいですよ。一般の公務員は大量に整理され、洗浄党の元締めヘム・タテハナが率いる人材派遣会社に任されている。政府が使うお金は減っているはずなのに税金や社保は上がり続け、それ以上に政府や洗浄党のピラミッドの上の方の人たちの年俸は上がり続けている」
一気に洗浄党批判を展開し、次にオルダヤの置かれている現況を話し始めた。
「今のオルダヤは世界の中で孤立しています。アストルと同盟国だったころは世界各国との貿易も盛んで、世界の中でも恵まれた国でした。僕自身はそんな時代は知りませんが。ところが洗浄党の政策でチカリヤへ急接近したことで、アストル陣営の各国からはチカリヤの属国と見なされた。今では生活に必要な物資の輸入も思うようにいかず、みなさんの生活はかなり苦しくなっていますよね」
現在のオルダヤの状況を端的に話した。
「洗浄党はその状況を打開すべく、国内からチカリヤ系の人々を言ってみれば追い出しに掛かりました。ただこの国の経済界のトップ、大きな会社の重役たちは大半がチカリヤ系の人々、おまけに国の中枢部にも多数のチカリヤ系の方がいました。いま僕の目の前にいる方も、ガルドラ刑務所で所長をしていたチカリヤ系の方です。そういった方々も含めて片っ端から追放していきました」
国民の大半が知る洗浄党がチカリヤ系の住民を追い出したことを説明した。
「すると今度はチカリヤに近い国々もオルダヤから遠ざかっていき、そして世界の中で孤立した国となっているのです。だからと言ってもう一度チカリヤと手を結ぶなんてことは絶対にダメです。なぜならば、チカリヤは世界中の国々に近寄ってはその国をすべて吸い上げていく。施設や設備だけではなく国土も奪い取っていく。ヒカルゴは同じような目に遭う寸前でパガーノ大統領が就任してそ難を逃れたのです!」
チカリヤの具体的な手口を問う声が聴衆から聞こえた。
「前回オルダヤへ来る直前にSNSで発信していますが、チカリヤはお金を無利子で貸し付けるので、追放したチカリヤ系の人々を再び入国させろと言ってます。その額はオルダヤの国家予算の数倍になる金額です。そのお金でインフラなどの整備を行うわけですが、国家予算を軽く超える金額を返せるはずがない。そこでチカリヤは整備したインフラを借金のかたに取り上げ、さらにオルダヤ国内にチカリヤのための経済特区を設けるのです」
それってチカリヤの資本で整備してもらってオルダヤは借りる形になるだけだし、経済特区だって土地の一部を貸すだけではと質問が。
「オルダヤがインフラ設備を自由に使えればいいのですが、実際にはチカリヤの所有となってオルダヤは自由には使えません。それと、チカリヤ系の人を初めに大量に入国させることで、会社のトップに就いたり新たに会社を設立する。そして経済特区を使って安い税金で商売できる。するとそこはチカリヤの人たちの土地になっていきますよね。そして軌道に乗れば特区をさらに広げていき、結果的にはチカリヤの一自治区状態になるんです」
ここまで話すと、チカリヤがオルダヤに対し、そういった攻勢を実際に仕掛けているのかという質問が飛んできた。
「これはある国の情報機関の情報で、今チカリヤはオルダヤに無利子借款の供与と追放されたチカリヤ系の人の再入国を求めています。この情報は前回オルダヤへ来るきっかけとなったもので、ヒカルゴとアストルの両大統領がここへやってきたのはその話に乗るなと説得するためでした。宿泊ホテルに盗聴器が仕掛けれられるなどしたため、アストルのジェンキンズ大統領が激怒して会談を切り上げて帰ったわけですが、その盗聴器などはチカリヤの仕業ではないかと言われています」
前回はみんなで立ち上がろうと言った、やや抽象的な発言に終始していたためか、盛り上がりはしたけど聴衆から言葉が発せられることはほぼ無く、じっと見つめられている感覚しかなかった。しかし、今日は最初からSNSで発信していないことも含めて積極的な情報開示が多いためか、聴衆から様々な質問が飛んでくる。
もちろんハットの発言に対して懐疑的な見方をする人もいる。ヒカルゴの情報調査室に所属しているからこそ知りえる情報のうち、開示しても大丈夫だろうという内容だけに限定はしているのですが、それでもそれは本当のことか、かなり盛って話しているのではないかと疑いの目を向けてくる。オルダヤでは情報統制されているのだから、聞くことの大半が信じられなくともそれは仕方がないこと。
でも懐疑的に見る人たちのうちの一人でもいいから、オルダヤが置かれている現状を認識してほしい。そして小さくても良いから洗浄党に対して声を上げてほしい。声を上げるのが難しければ、オルダヤを正しい方向へと導く人に投票してほしい。そんな気持ちがいつも以上に高まっています。
「ここではっきりと言います。洗浄党によるオルダヤの統治は完全に失敗しています。なぜ失敗したのか。それは自分たちが潤えば良いとの考えからチカリヤに近付き、ダメだと思って慌ててチカリヤを排除しようとしたこと。そしてそのチカリヤに付け入るスキを見せてしまったから、今の洗浄党は揺さぶられているのです。このまま洗浄党にオルダヤを委ねていたら、あっという間にチカリヤに呑み込まれてわが祖国の名は地図から完全に消えてなくなります」
ハットは勇ましく発言したのですが、その様子を撮影しているペトは気が気ではなかった。いつ治安警察によって身柄が拘束されてもおかしくはない、そんな発言だっのですから。ただ治安警察の隊員の多くはハットに笑顔で拍手を送り、残りの治安警察の隊員は機関銃を構え、いつ撃ってきてもおかしくはないそんな険しい表情を見せています。
聴衆に混ざって演説を聞いていたイタたち元刑務官がハットの方へ歩いてきた。イタが演説台に上ってハットからマイクをもぎ取った。
「いいか、みんな。ハットは一部の治安警察が銃を向ける中、ここまではっきりと話をしたんだ。まだ俺たちに知らせたいことは山ほどあると思う。でもな、俺たちが立ち上がり声を上げなきゃこの国は変わらない。今までも散発的に暴動は起きていたが、でも続かなかった。暴動でなくともいいんだよ、声を上げ続けることが大事なんだ。みんなでこの国を変えていこうや!」
聴衆の興奮もピークに達し、みんなが拳を天に突き上げ〝うぉぉぉーー〟という声を発した。
逆にイグリーなどチカリヤ系の人たちは、必死でハットの言葉はすべて嘘だ、チカリヤはこの国を救うために頑張っているんだ、チカリヤは洗浄党と共にあるんだと叫びはするが聴衆の声にかき消される。イライラが募ったチカリヤ系の人の中には、ハットに向かって石を投げたり、命を狙うつもりで突進してくる人もいた。
イタたち元刑務官や警備チームによってそれらの行為は阻止されたが、機関銃を持たない治安警察の隊員がそれらの人を取り押さえ、身柄を拘束し連行していった。
――おかしい、治安警察が僕たちを襲おうとした人たちを取り押さえるだなんて。
そう思いながら再び演説台に上って、イタからマイクを受け取ったハット。
「このまま洗浄党に任せておいてオルダヤが良い国になると思いますか? でもまずは民衆の声をもっと聞くように働きかけましょう。チカリヤの願望なんて聞くなと! そして公平で公正な選挙が行えるように変えていきましょう。民主的な手続きでオルダヤを変える。そのためにもみなさんのさらなる大きな声が必要なんです!」
力づくで洗浄党を追い出すことはまず無理だろう。だから民衆が声を上げて正しい選挙を実施できる方向へと持っていき、民意で洗浄党を追い出していく。その前にはチカリヤによるオルダヤへの接近を阻む必要もある。もちろんアストルやその陣営、そしてヒカルゴの支援も必要だけど、その前にやはり国民がどれだけ声を上げ、変わることを要望しているのかを世界中に届ける必要がある。それしか洗浄党に勝つ方法なんて見つけられません。




