ついに故郷へ 8
「ハット、あまり人が集まっていないかもしれないね」
「うん、僕もそう思うよ。聴衆も逮捕すると警告されているみたいだから、怖くて来れない人がたくさんいると思うんだ」
アストル製のミニバン一台にハットたち八人が乗り、ホテルからマーシュ中央公園までの道中にそんな話をするハットとペトだが、後ろの席に座る合同警備チームの一人が話し掛けてきた。
「君たちって本当に影響力が大きいのだな。公園へ近付くにつれて人が多くなってくる。治安警察もいるが、一般人の方がはるかに多いな」
車列に向かって手を振る人がたくさんいる。三人が乗るミニバンのほかにも四台が連なる。もちろんすべての車にはスモークフィルムが貼られ外から車内は一切見えないが、このような車列は滅多に目にすることはないでしょうから、絶対にハットたちを乗せた車だと容易にわかってしまいます。
マーシュ中央公園横の駐車場に車を入れて、合同警備チームに囲まれながら車から降りた二人。
「ペト、ハット! 今日も準備は完璧だぜ!」
元刑務官のイタたちが治安警察の制止を振り切って駆け寄り話し掛けてきた。前回同様に演説会場となる公園内に演説台を設置し、聴衆に声が聞こえるようにいくつかのスピーカーも設置してくれた。
「イタ、いつもありがとう、感謝しているよ。でも私たちを応援するようなことをすれば捕まるんじゃないの?」
「ペト、見たとおり少し小競り合いにはなるが大丈夫さ。治安警察の連中が届け出なしで構造物の設置は認められないと言ってきたから、固定されていない物は構造物とは言わんし現にすぐ動かせるだろ。一時的に置いてあるだけだと言い返したら黙ってたしな」
「言い返して大丈夫なのですか? 洗浄党のやり方や汚さはよくご存じのはずなのに……。僕たちもマイクの音声をトランスミッターで飛ばして、みなさんにスマホで聞いてもらおうと用意してきたのですが」
「ハット、逮捕されたって俺はどうってことないさ。それとそのマイクは配信用に使うようにすれば特に問題はないだろ」
イタはニヤッと笑いながらハットにこう答えた。
「それよりも、ちょっと気を付けておくほうが良いと思うのだが、刑務所長がここへ来ているんだ」
「メリー・イグリーが?」
「刑務所長を辞めてから音沙汰が無かったんだけど、オルダヤにずっといたのかな?」
「イグリーはチカリヤ系のオルダヤ人で、シルバーピークに渡っていました。そしてシルバーピークのチカリヤ系の人民を束ねるトップ、チカリヤ本国へ戻ればそこそこの地位だと言ってましたよ」
「ハット、どうしてそんなことを知っているんだ?」
「シルバーピークで会ったんですよ、イグリーに」
このことはオルダヤ向けのSNSにも発信していたのですが、洗浄党によってすぐにアカウントが閉鎖されたので、あまり知られていないのかもしれません。
「チカリヤ系の人間なのか……、そういえばさっきこっちのニュースで、どこの国にいようがどこの国籍であろうが関係なく、チカリヤを貶めるような発言をして広めようとした者は逮捕できる、そんな法律が施行されるって言っていたぜ」
「例えば私がオルダヤ国内でチカリヤのことを話しても逮捕されるということ?」
「チカリヤ本国から身柄拘束の依頼があれば、オルダヤの警察だと動くんじゃないか?」
「それって、もう施行されているのですか?」
「七月からだと言っていたと思うぜ。だから今日は大丈夫なはずだが」
チカリヤの新たな法律施行とメリー・イグリーの出現。さすがに関係が無いとは言えないだろう。一度は洗浄党を倒すために協力し合おうと要請してきたが、三人はそれを断っているのだ。チカリヤのことだ、今はまだ法律が施行されていなくても、過去の事案に対してもさかのぼって適用してくるはずだ。今日の演説内容をイグリーが聞き、法律施行後に逮捕に動くということが無いとは言えない。
駐車場から公園へ歩いていく二人。その様子を見る聴衆から大きな歓声が沸き上がる。公園に入ると前回より大きくて高くなった演説台が目に入る。演説台は後方以外は透明な板で覆われていて、イタによるとポリカーボネート製である程度の防弾性能を持つらしい。イタたちが用意してくれたマイクを受け取り、自分たちで用意したマイクと両方を手にしてハットはその台に上る。
四方を合同警備チームに守られながら第一声をと思ったが、聴衆の最前列からイグリーが鋭い眼光をハットに投げ掛けていた。彼女はハットから視線を外さず見続けており、ハットもしばらくは逸らさずに見ていたが、これでは今の目的が果たせないから目を逸らした。
彼女にすれば、チカリヤと協力して洗浄党を弱体化させようとの協力を断ったことが気に入らないだけ。結局チカリヤはオルダヤに擦り寄ることで洗浄党の権力の座を骨抜きにして、すべてを手に入れる腹づもりのはず。もしも三人がイグリーの申し出を受け入れてオルダヤから洗浄党を追い出したとしても、次はチカリヤが三人に適当な理由を付けて処刑するのがオチだ。
つまりは、三人はイグリーとは相容れない関係なのだ。
「こんばんは! つい先日来たばかりだし、それに、この演説に参加すると治安警察によって逮捕されるといった情報もありましたから、今日は集まることは難しいと思っていたのに、先日より多くの人が集まってくださったように見えます、本当にありがとうございます!」
どのくらいの人が集まったのかは正確にはわからない。おそらく前回同様数千人の規模で集まっている。ただし洗浄党は前回のハットたちの演説には三〇〇人ほどは集まったようだが、その多くは演説に反対する人たちだったと国外へ発信していた。今回はより多くの人が集まり演説に反対したと発信することでしょう。今回もライブ配信を行っているので、見ている人たちは洗浄党の発信に違和感を覚えるはずですが。
演説の最初の言葉の後、公園に集まってくれた人たちの顔を見渡した。相変わらずイグリーは睨みを利かしているが、公園に集まってくれた多くの人たちは微笑んでいるように見えた。楽しみにしてくれていたのか、期待してくれているのか、バカにしてうっすらと笑みを浮かべているだけなのかはわからない。怒りに満ちた顔はイグリーと治安警察の隊員の一部、そして若干の聴衆だけのようだ。
治安警察は銃などの武器を持ちいつでも撃てる体制でいるものですが、銃を手にせずに優しい目でハットたちをじっと見る人もかなり多く、笑顔の人も多い。機関銃を構えていつでも撃てる体制になっている治安警察の隊員もいるのですが、なぜかそういう人は少なかった。
そして聴衆の中から大きな声が飛んできた。
「安心して演説をしてくれ! 何かおかしな動きがあれば、ここにいるみんなで取り押さえてやる!」
誰が発した言葉なのかはわからなかったが、その言葉の後は聴衆の多くが右手を天に向かって突き上げ、地鳴りがするような低い声で〝ウォーー〟という叫び声が響き渡った。
――この聴衆の中にはイグリーのようなチカリヤ系の人もいれば、洗浄党党員やその手先の人も当然紛れ込んでいる。でもSNSでただ発信しているだけの僕みたいな人間を待ってくれている人だっている。
そう感じたハットは考えてきた当たり障りのない文言は一切使わず、演説台の上で感じたことをそのまま口にしようと考え直した。




