ついに故郷へ 4
ハットはイタたちが用意してくれた演説台に上った。
「僕はミッドハット・ホールと言います。あの、マイクやスピーカーの設置をしてくれたイタロ・アソールさんたちですが、僕やペトそしてブルをガルドラ刑務所から抜け出せるように手配してくれた方々です。彼たちがいなければ僕たちは今でもガルドラ刑務所の中にいるか、不平不満をシステムに検知されてこの世にはいないはずです。僕たちを救ってくれたヒーローに、みなさん、拍手を送ってください!」
いったいどのくらいの人が集まったのかはわからないが、とにかく割れんばかりの拍手がイタたち元刑務官に送られた。
なかなか止まない盛大な拍手。イタは演説台に上ってハットからマイクを受け取った。
「今夜集まっているみんなと同じ、俺たちは洗浄党からオルダヤの解放を願う市民さ。元はガルドラ刑務所で刑務官をしていたが、そんな刑務所にも洗浄党は悪だときっぱりと話していた上司がいた。その上司が、彼たちならば必ずオルダヤを洗浄党から解放してくれる。あと数年辛抱すれば大丈夫さ、彼たちを信用しようと言っていたんだ。現実に三年半で今の状況にしてくれた。たった三年半だぜ!」
さらに盛大な拍手と歓声が沸き上がったマーシュ中央公園。公園の周りはオルダヤの治安警察が取り囲んでいる。隙あらば聴衆もろとも捕まえようとの魂胆だろう。それに対して警備チームは治安警察と対峙するようにマシンガンを構えたままだ。どちらかが先に動けばこの公園は血の海になるかもしれない。とにかくピリピリとした雰囲気が漂いながらも、三人の声明を待っている公園に集まったオルダヤ国民。
イタからマイクを受け取って再び演説台に上ったハット。
「集まっていただいたみなさん、ネット配信で見ている方々、最初に聞いてほしいのです。僕たちは三人で活動していますが学や知識なんてありません。僕なんて高校も卒業できていない。ただ集めた情報を頼りに時にはストレートに、時には三人の考察を交えて発信しているだけで、特に何かに優れた人間ではないです。みなさんの方が知識もあるだろうし、僕たちより深い考えがあると思います。違うのはその気持ちを表に出すか心の中に押し込めてしまうか、たったそれだけです」
ハットは思いの丈を話し始めた。
「僕たちはオルダヤ国外にいたから発信を続けることができた。でも国内にいれば発信は不可能、一度だけ発信したら捕まって懲役四五年でしたから。だからと言って黙ったままでは今の状況が続いてしまう。みんなで団結して一言でいいから発信しませんか? もっと自由な国になってほしい、そんな一言でいいんです。それも難しければ僕のSNSにいいねを押してください。その数だって国を動かす大きな後押しになるのですから」
この後もハットは語り続けた。オルダヤ政府や洗浄党への直接の不満や批判は口にせず、自分たちの力でオルダヤを変えていこう、そのための一歩を踏み出そうと訴えたのです。
でもその言葉はいつもSNSで発信している内容と同じどころか、いつもよりオブラートに包んで奥歯にものが挟まったような言葉ばかり。でも直接訴えることで、個が動き集結すれば大きな力になることをわかってもらいたかった。SNSにいいねを押すだけでも、それだけの人数が賛同しているのだと証明することにもなる。それを伝えたかった。
「今日は洗浄党やオルダヤ政府を批判することは言いません。批判する前にまずはみんなで一歩だけ前に進みましょう。どのように前進するのかは同じじゃなくてもいいんです。過激なことを口走らなくてもいいんです。怖くて何も表明できなければそれでもいいんです。ただし心の中で絶対に揺らがない強い決心を持ち続けてください。何があっても諦めない気持ちだけは持ち続けてください。そこから少しずつ自分自身で変化していきましょう!」
一時間近く話し続けたハット。聴衆が大いに盛り上がって大歓声が渦巻く中、演説台の下でペトがハットを手招きしていた。台から降りるとペトが話し掛けてきた。
「ブルとも話していたんだけど、オルダヤの治安警察の人たちの中にも、目をこちらから逸らさずにじっと聞き入っている人がいるんだ」
「俺は最初、俺たちをいつ狙い撃とうかと構えているだけかと思っていたけど、何人かは銃を下に降ろして演説を聞いているんだよ」
「僕、話すのに必死で、集まっている人たちの顔をまともに見れていないから、全然気付いてなかったよ……」
「イタのような刑務官がいたのと同じで、治安警察の中にも現状に不満を抱く人がいても不思議ではないからね」
話を聞いたハットは警察官たちにも訴えなきゃと思い、最後の呼び掛けのためにもう一度演説台に上った。
「集まってくれた方々、本当にありがとうございました。それと、自身の意思ではなく命令によってこの公園を取り囲んでいる警察の方々。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。でも今の待遇に満足していない警察の方だっておられると思うのです。そういう方もぜひ僕たちが発信するSNSにいいねを押してください。一つでも二つでも、いつもよりいいねの数が増えればありがたいですから」
何かに気付かされ、明らかに顔色が変わる治安警察の警察官も多かった。もちろんハットに賛同などせず、舐めたことを言いやがってと捉えた人の方が多かったとは思います。少数かもしれないけど、今の待遇や情勢に不満や危機感を持つ警察官だっているでしょうから、心に何かが芽生えたのかもしれません。
「あの……、くだらない話だったと思います、すみません。何だか申し訳ないです……」
演説台の上で深々と頭を下げたハット。
それに対して手拍子とハットコールで応える人々。やがて多くの人たちが三人へと近付こうとするのですが、それは警備チームによって阻止された。残念ながら公園へ来ている人すべてが三人の支持者だと言う証拠がなく、洗浄党の命令によって公園へ来た人も隠れているはずです。三人を守るという使命を帯びている以上、警備チームは阻止せざるを得ません。
警備チームに囲まれながら車へ移動する時、三人は固く握った拳を天に突き上げた。ハットは左手に握りしめられていたマイクに、 「みなさん、ありがとう! 本当にありがとう!」と叫び続けていた。
ついさっきまで大興奮の渦中にいた三人ですが、車の中ではすでに冷静ないつもの状態に戻っていました。
「すごい熱気だったけど、俺は何だか変な気分なんだよ」
「私もだ。今のオルダヤでは熱狂的になるどころか、自分の気持ちを表すことも普段は難しいのかなって思った」
「僕も台の上から同じように感じました。問い掛けに反応してくれていたけど、特に重要なことを言ったわけでもないのに、これって何って……。そんな気持ちにもなっていました」
「SNSで発信を始めた本当に最初のころ、事実の投稿に対して素直な反応のリプライを送ってくれる人が多かっただろ。そういう人たちだけがたくさん集まっていた感じがしたんだ。オルダヤっていったいどれほど規制が敷かれ、自由に身動きできない国なんだろうな……」
演説自体は成功した。そして投獄されていた時から味方だった刑務官たちの一部の方は無事で、いろいろとお手伝いをしてくれたことは本当にうれしかった。でも、オルダヤの人々の自由って本当に制限されていることも垣間見れた。今、三人は自由の身だが本来ならば今もガルドラ刑務所に投獄され、オルダヤの一般の方たちよりもさらに制限された空間で生きているはずだった。
刑務所生活よりはるかに自由なはずのオルダヤの一般国民たちを見ると、オルダヤの現状が嫌でも浮き彫りにされて目に付いてしまう。だからまだまだ頑張ってオルダヤを真に自由な国に押し上げなくちゃと、車の中で三人はそれぞれに思いを馳せた。




