ついに故郷へ 5
ハットたちが使用しているホテル客室に再び誰かが侵入したことで、パガーノ大統領も態度を硬化。こういうやり方をする洗浄党は何があっても許せないとの態度を正式に表明し、オルダヤ滞在中にパガーノ大統領が納得できる回答が出されない場合は、強硬手段に出ると言明。
ジェンキンズ大統領も怒りが収まらないようで、一国の首脳が寝泊まりするホテルの客室に侵入する事案が発生し、さらに盗聴器の設置まで行うのはヒカルゴ連邦及びアストルに対して宣戦布告したのと同義であるから、アストル側が納得できる説明と釈明、そして正式な謝罪がなければ振り上げた拳をどこにどう落とされても文句は言えないのだと、厳しい口調でオルダヤ政府に警告を発した。
ホテルに到着すると合同警備チームからロビーで待つように指示されたハットたち三人。演説へ向かう前に発生した、ホテルの客室に侵入して麻薬やオルダヤ紙幣をカバン等に入れられたり盗聴器を仕掛けられたことで、少しでも空室にした時間があれば再度検査するように指示が下されているのです。
ロビーで待たされているハットたち。
「でも大統領や長官の部屋って、空室にしないように常に誰かが見張っているものじゃないのか?」
「なんでもリネンの取替えやルームサービスの時らしいから、ホテルの従業員かもしれないって……」
「だったら大統領たちはホテル側の人間であっても、誰も入室させられないな」
「それがさ、ブル。入室はさせずに部屋の外で必ず受け取るけど、持ってきたリネン類やルームサービスのワゴンの裏側に取り付けてあったりするんだって」
「そこまでやるのかよ……、そりゃあジェンキンズ大統領もブチギレるよな」
「空室の間に部屋に侵入して麻薬を仕込み、僕たちを麻薬常習者に仕立てようとしたんだよね。僕たちはいろいろとあってもオルダヤ国民のはずだけど、射殺されたことになっているから、もうオルダヤ国民ではなくなっているのかな……」
演説の興奮など昔のことで、車で移動中に元の三人の精神状態に戻り、ホテルに着くと洗浄党やオルダヤの現実を突き付けられる。
「部屋に入っても大丈夫です」
特殊警察隊の方に声を掛けられ、
「何か変わったことはありましたか?」
「今確認した時点では何も異状はありませんでした。ただ演説中だと思われますが、ドアにこれが貼られていたようで……」
特殊警察隊の隊員から一枚の紙片を受け取ったペトは、その紙面に書かれていた言葉を見てうんざりといった表情を見せた。
〝お前らごときでオルダヤを変えられると思うなよ〟
その紙片は合同警備チームが回収して、一連のオルダヤ政府・洗浄党による仕業だと思われる様々な違法行為の証拠の一つとされます。
ペトとハットはブルの部屋に入った。今日の演説に集まってくれた方や、配信で見てくれた方へのお礼の発信など〝業務〟が残っているためでもありますが、これだけオルダヤ政府や洗浄党から狙われているとなれば、一人で部屋にいては危ないのではないかというペトの意見に従い、狭いシングルルームに三人で固まって過ごすことにしたのです。
SNSへの発信のほか、イタロ・アソールなど元刑務官たちのほか、オルダヤの友人や知り合いからのメールへの返信、SNSへのリプライへの返信など演説から帰ってきてからの方が忙しく、この様子では徹夜が確定的な状況でした。
深夜の一時ごろ、三人はそれぞれがノートパソコンと格闘していました。そんなブルの部屋のドアをノックする音が。ブルがドアスコープを覗くとアストル国家安全保障庁の分析官リリックが立っていました。
「ペトやハットもここにいるの?」
「リリックさん、三人で固まってますよ。どうしたんですか、こんな時間に?」
ブルは部屋へリリックを通した。
「大統領が激怒しちゃって、朝にはオルダヤを出国するそうなのよ。パガーノ大統領も怒っちゃって帰ると言ってるし」
「盗聴器のことなどでジェンキンズ大統領がお怒りなのですか?」
「ペト、そうなのよ。オルダヤとこれ以上交渉したところでどうにもならないって。いったん冷静になる時間を作るためだと思うけどね」
「そうなんですか、やっとオルダヤを普通な国にするためのスタートラインに立てたばかりなのに……」
「ハット、そのこともあると思うんだけど、大統領はヒカルゴに立ち寄ってから帰るらしくて、あなたたちと話をしたいって言ってるの」
「アストルの大統領が俺たちと?」
「そうなの、ブル。大統領に何かお考えがあってのことだと思うけど、とにかくヒカルゴに着いたら話し合いたいから、それを伝えてほしいと言われたの」
リリックは用件を伝えると部屋を出て行った。
「あと何時間かしたらヒカルゴに戻るんだな」
「僕たちだけで残ると言っても無理なんでしょうね」
「現状のオルダヤは洗浄党が牛耳っているから盗聴でも何でもしたい放題だし、厳重に警備されていないとすぐに捕まって処刑されて、ヒカルゴには行方不明とかなんとか言って片付けられるだろうね」
「結局は僕たちオルダヤに来ただけで、何もできなかった。本当に何も。SNSで発信することしかできない僕たちには、何かを動かすほどの力はないってことなんですよ……」
「ハットの言うとおりだな。俺たちなんて何かが起きるきっかけになれるかどうかのレベルで、最終的に国を動かすのは権力を持った政治家だけなんだぜ。SNSで関心を集めることはできても、結局はそれだけってことだな」
「まあ、ヒカルゴに戻ったら、また地道にSNSの発信業務に勤しむ以外に、私たちにはできることはない……」
朝にはヒカルゴへ戻ることをSNSで発信すると、いつものように逃げ帰るのかといったリプライが届きましたが、それ以上に理由を問うリプライが多く届きました。三人の部屋に盗聴器が仕掛けられたり麻薬をカバンに入れられるなどの被害はその都度発信していましたが、大統領や長官クラスの部屋にも同様のことがされており、身の危険を感じ憤った大統領の命令によりオルダヤを出ることも綴りました。
そして最後に、
「近いうちに必ずオルダヤへ戻ってきます。僕たちの目的が果たせるまでは……」
そう書き込みました。
朝、ホテルのレストランで食事を取るジェンキンズ大統領は意外にも上機嫌でした。笑顔で話をしながら朝食を口に運びます。
「盗聴器も監視カメラもチカリヤ製で、おそらくだが入手した内容はチカリヤ本国にも送られているだろう。いくつかの部屋から出てきた麻薬もおそらくチカリヤの物だろう。結局この国はすでにチカリヤの自治体の一つということだ。これはオルダヤへの最終の警告だ、チカリヤとすぐに手を切れ、さもなくば君たちは見たくもない凄惨な光景を目の当たりするぞと、洗浄党の連中に言ったら顔が真っ青になっていたよ」
今回のオルダヤ訪問を打ち切ると通告した時に、ジェンキンズ大統領が首相で洗浄党党首のヒロム・ヨウラのほか幹部たちに突き付けた話のようです。顔が真っ青になったというのは話を盛っている面が多々あると思いますが、大統領は躊躇せずに容赦ない攻撃を浴びせるのは事実ですから、洗浄党幹部が慌てているのは事実のはず。
「ハットはいるか?」
ハットは大きな声で〝はい〟と返事すると、食べるをやめて足早にジェンキンズ大統領の席へ移動した。
「ハット、悪いが全世界に向けてSNSを発信してくれ。〝オルダヤはすぐに自由な国へと解放される〟と、頼んだぞ!」
「はい……」
「それと、ヒカルゴに戻ったら少し話をしよう。オルダヤに関する話だから文句はないだろ?」
「はい、わかりました」
朝食を食べ終えると部屋に戻って帰国の準備をし、一〇時過ぎには機上の人となりオルダヤから離れた。




