ついに故郷へ 3
ヒカルゴやアストルの首脳はオルダヤではやはり歓迎されていないのか、晩餐会どころか夕食会なども開催されず、ホテル内のレストランで自腹での食事となります。首脳たちは昼食も取らずに会談が続けられていたし、ハットたちはヒカルゴから持参したカップラーメンが昼食でした。なのでみんなかなり空腹なのですが、レストランのメニューを見てその価格付けに驚きました。だって、ヒカルゴ国内のレストランで同じものを食べる場合より桁が一つ多いのですから。
アストルも物価は高いと言われる国ですが、それでもオルダヤのこのホテルのレストランの価格は異常に高いと映ったようで、
「これだけの値付けになる相応の根拠があるのだろう。一口食べればその根拠は明らかになるはずだ」
そう言いながら出されたディナーを口に運ぶジェンキンズ大統領。
「これは我々からお金を巻き上げるためだけに値付けされたものだな。このレベルならば我が国の冷凍食品の方が味は格段に上だが、価格は一〇〇分の一以下だ。チカリヤとはさっさと手を切り、我が国と手を結べばお互いの国がもっと幸せになれるぞ」
ハットたちはそのあまりにも法外な価格に手が出せず、パスタやピザ、サンドイッチなどで夕食を誤魔化すように済ませた。
「今から演説に行くのね。特殊警察隊とアストルの警備隊の合同警備チームが同行するとはいえ、本当に気を付けてね」
「パガーノ大統領、私とブルそしてハットは、オルダヤを自由にするために脱獄して今まで生きてきました。やっとそのスタートラインに立てることができます。これまでのご支援に感謝します。では行ってきます」
ペトが代表してパガーノ大統領や長官たちに挨拶した。
その様子を見ていたジェンキンズ大統領が近付いてきて、
「だからハットが前に出て挨拶しなきゃいけないだろ、このチームのリーダーなのだから」
「大統領すみません……」
「ハットは相変わらずだ。オルダヤを正常に戻すのだと言う気概も相変わらず熱いしな。私は君たちに賭けているぞ、今晩の演説でオルダヤが流れていきそうな方向をガラッと変えてくれ。君たちならばできるはずだ、民衆に勇気と希望とガッツを与えてきてくれ!」
「大統領……、あの……、オルダヤでも美味しいアストルの冷凍食品が食べられるように頑張ってきます」
「ハット、お前にしてはなかなか頑張った返しじゃないか! アストルの冷凍食品だけではなく農産物から工場製品までが、このオルダヤで普通に買えるように民衆の心を動かしてくれ、頼んだぞ!」
「頼んだわよ、オルダヤの安定は我がヒカルゴにとっても本当に重要な事項。あなたたちの発信には人々を動かす力がある。どうかオルダヤの人々に自らが動く力を授けてください。そして、本当に気を付けて!」
両大統領から激励を受けた三人は、警備チームに周囲を囲まれながらレストンランを後にした。
ハットたち三人はそれぞれの部屋に戻って着替えようとしたのですが、ハットは違和感を覚えた。ハットは邪魔になるからとスーツケースをベッド横のスペースに必ず置くのですが、ベッドとライティングデスクの間に無造作に置かれていたのです。
部屋の前で待ってくれているヒカルゴの特殊警察隊に中に入ってもらい、理由を説明するとすぐに部屋の中の探索が始まった。今度は盗聴器が取り付けられた形跡はなかったのですがスーツケースの中をかなり荒らされており、ハットは泥棒が入ったのかなと思ったのですが、
「物盗りじゃないですね、すぐにわかる場所にお金の入った財布が残されている。これはハットさんを陥れるための作戦ですよ」
特殊警察隊は、白い粉末の入った小さなチャック付き袋をスーツケースから取り出した。
「え? これは?」
「何かを盗まれるのではなく、入れられたんですよ。麻薬をね」
ハットの部屋の特殊警察隊がアストルの警備隊へ連絡し、ペトのスーツケースからも麻薬を発見し、ブルの部屋ではベッドの裏側から盗聴器が発見されました。ブルの部屋に三人が集まっていることがわかったから、ベッドの裏に仕掛けたのでしょう。ヒカルゴやアストルの訪問団が使用している部屋すべてを調べると、さすがに大統領や長官クラスの部屋は付きっきりで警備されているので異常はありませんでしたが、その他の部屋からは麻薬だったり多額のオルダヤ紙幣などが見つかりました。
ホテル内の巡回を強化しているので、ホテルの従業員に扮して部屋に潜入しているとしか考えられず、ホテルの関係者であっても客室に近付かないように、国として命令するしかありませんでした。
今の状況をSNSで速報し、演説場所への到着が遅れることも伝えたハット。
〝演説時間間際になって怖気づいたのか〟
〝もっとうまい作り話を創作しろ!〟
と言ったリプライもありましたが大半は、
〝待っているから気を付けて来てください〟
〝洗浄党がいま何をしているのか、それをやると洗浄党の今後がどうなるのかがわかっていないみたいだな〟
といった肯定的なものがたくさん投稿されました。
部屋から駐車場までの移動も警備チームに囲まています。車に乗り込み駐車場から出たところで手を振る人たちが。おそらくオルダヤ訪問団が宿泊しているホテルはここだろうと見当をつけ、ハットたちが出てくるのを待っていたのでしょう。車のガラスにはスモークが張られ、さらに警備チームなどの車もスモークが張られるなどカモフラージュしているから、ハットたちがどの車に乗っているのかはわからないはず。それでも歩道に立って懸命に手を振る人たち。
ハットたちは若い人だけが支援してくれているように感じていましたが、意外と手を振る人たちの年齢層が広い。まさしく老若男女が懸命に手を振っています。その様子を見て負けられない、絶対に勝たなきゃ、諦められない、粘らなきゃ、そんな感想を三人は持ちました。
車で五分ほどの距離にあったマーシュ中央公園。公園に向かう道中はずっと手を振る人たちがいました。まるでマラソンランナーに声援を送っている人たちのようで、中にはお手製の小さな旗やうちわを振る人も。
〝ハット、ペト、ブル、君たちにオルダヤの未来を託した!〟
そんな文字が書かれた横断幕もありました。
「ペト、ハット、すごい声援だぞ。なんか夢でも見てる気分だぞ!」
「同じオルダヤ人に声援を送られているなんて……」
「ずっと待っていたんだ、洗浄党に真正面から異議を発信する人間を。なのに、僕たちみたいな脱獄囚に頼らざるを得ないなんて……」
感激と緊張と重圧。
それぞれにこの光景を見た感想を口にしましたが、まだスタートラインにも立っていません。みんなの前で第一声を発する、それこそがオルダヤを自由な国にしていくためのスタートラインですから。
車から降りる時も警備チームに囲まれたままで、公園にどのくらいの人が集まっているのかはまったく見えません。ただしその声援からかなりの人が集まっていることは感じ取れる。前を歩く警備隊員の背中に手をやりながら三人はゆっくりと進んで行き、公園へ入ると大声援が送られる。
警備チームが三人から少しだけ距離を取るように離れると、観衆からハットたちの姿を見ることができ、さらに大きな声援が送られてきた。ただし急遽決まった場所での演説ですからトラメガ(拡声器)以外に用意できたものはなく、観衆と同じ高さで話をするしかなかった。
最初にトラメガを持ったのはハットです。
「みなさん……」
そこまで話すと数人の男たちがハットに近付いてくる。警備チームがすぐに三人を囲んで近付いてくる男たちにショットガンを向けた。近付いてくる男たちは手に持っていた荷物をすべて地面に置き、両手を上げて警備チームに叫んだ。
「怪しい者じゃない。急に決まった演説だから何も用意できていないと思って持ってきたんだ。荷物をチェックしてくれればわかるよ」
持ってきた荷物はワイヤレスマイクや頑丈そうな高さ五十センチほどの台で、公園内にはすでにスピーカーを何カ所かに置いているという。合同警備チームがチェックして特に怪しい点はなかったので、ハットたちに近付くことを許可した。
「ハット、俺たちとの約束を守ってくれたんだな。だから俺たちも少しばかりの手伝いをしに来たんだよ」
ニコッと笑うその男性を見てペトが思い出したようだ。
「ひょっとするとイタ? イタだよね! 生きていたんだ!」
「ああ、俺はあの日海岸には出ず所定の場所にいたから助かったんだよ、すぐにクビになったけどね」
その男はイタロ・アソール、ガルドラ刑務所で刑務所長代理アダム・シンズ派の刑務官だった。三人の脱獄計画を実際に立案した人で、当日は海岸に出なかったので処刑は免れたが、シン派の刑務官なので退職か処刑かの二択を刑務所長だったメリー・イグリーに迫られたのです。
荷物を持って来たりスピーカーの設置を行ったのもイタと同じくガルドラ刑務所の元刑務官。みんなハットたちがオルダヤを正常な国に戻してくれるはずと信じ、これまで生きてきた人たちだった。




